背を押す者

 荒れ狂う暴風が収まり、傷一つないエルフの男が再び姿を見せる。余裕な顔を歪めようとレオンは必殺の一振りを放つが、鉄壁の魔力防壁は砕けない。


「邪悪に神の鉄槌を。『聖雷』」


 魔を払う雷も届くことはなかった。


「前に比べて強くはなっているが、それだけだな。吹けば飛ぶ、弱き人間に変わりはない」


 男の周囲に魔力が集まった瞬間。極太の光線となって辺り一帯に降り注いだ。


「ヴィクター。努力は認めるが、その程度エルフの真似事以下だ」


「だったら。敵に打ち勝つ力を『神の恩寵』」


 オリビアの魔力が二人の体を覆う。真似事だと言われるのなら、威力を増せば本物に匹敵する。オリビアは聖女なのに割と脳筋だった。


「この力があれば」


「行くぞ、ヴィクター。舐められたまま終われるか」


「放て『瞬遷 全水魔砲フルバースト』」


 超高水圧の水が大量に放たれ、男を完全に捉えた。先ほどの魔法を軽く凌駕する、全てを削り取る極大の攻撃。だがエルフの男は何事もなかったかのように表情を一切変化させない。


「おりゃぁ」


 レオンの剣も軽く防がれ、一筋たりとも届く気配は感じられない。


「修行して、強くなったと思いあがったか?強くなったと言うのならわかるだろう。いかに手加減されていたのか」


(フルバーストの威力は防壁を破った『火隕石』に匹敵するはず。それが一切の効果がないってことは。クソ。早くオットーたちを探さないといけないのに。どうやってこいつを退けるんだよ)


 諦めが三人の心を支配するようになったことを感じ取ったエルフの男は口を開く。それは酷く冷淡で愉悦を孕んでいた。


「お前たちには期待していたのだがな。つまらない。私が直々に相手をする必要を感じない。こいつらに任せるとしよう」


 指が鳴らされると、男の背後から緑の体色をした魔物が十体現れた。


「ゴブリンか」


「でも十体程度、今の俺たちなら」


 手を出してくる様子がないことを確認してから、三人は目線をエルフからゴブリンの一団に移した。


「hんぐいあるぁ」


 意味の通らない、言語とも言えない、泣き声でもない、謎の声が後方にいるゴブリンの一体から発せられた。


「命令かな」


「考えるのもいいけど、突っ込んできてるこいつらを先に対処しないと」


 接近戦で高威力な魔法は使えないと、ヴィクターは剣を抜き魔力を流し込む。オリビアは魔物にのみ高い効果を発揮する聖魔法を放つ準備を整える。優秀な剣士であるレオン、魔剣の力にオリビアの魔法が合わされば、短刀で戦うゴブリンなど敵ではなかった。一匹、二匹と動きを封じて、とどめを刺していく。


「ぬkふがるさlらぅ」


 さっきより大きく、謎の声が戦場に響いた。


「なんで!!」


「うそだろ!!」


 オリビアとヴィクターの目には信じられない光景が映っていた。


「魔法を、それも一般魔法を魔物が使うなんて」


 ゴブリンの手元で魔力が集まり、火の玉が徐々に成長していた。理解不能の声は、呪文の詠唱または技名だったのだ。魔物が魔法を使うこと自体はよく見られ、何も不思議なことではない。しかし、一般魔法となれば話は異なる。肉体に刻まれた特殊魔法や魔物の使う魔法と違い、明確な目的意識、繊細なコントロール、想像力、状況に応じて呪文などの詠唱と、知能を持たないとされる魔物には本来不可能なものなのだ。だが、目に映るそれこそが事実だ。


「わけわからないけど。不可侵の不可侵を此処に『魔力防壁』」


 ヴィクターは困惑しながらも、放たれる魔法を防ぐべく『魔力防壁』を展開した。動揺が影響して万全の強度ではなかったが、ゴブリンの洗練されいない魔法を受け止めるのには十分だった。


 刹那感じる違和感。だが戦況が追求を諦めさせる。片手剣を持ったゴブリンが数体指揮しながら、レオンを攻撃していた。いくら弱兵といえど強固な連携はそれだけで脅威となる。


「なんで前より強いんだ」


「恐らく魔法と片手剣のゴブリンは、上位個体のような存在なんだろう。まずは普通のから一体一体確実に仕留めよう。魔法は僕が防ぐ」


「了解!」


「わかった」


 レオンが振り下ろした剣を二体のゴブリンが、短剣を合わせ防ぐ。しかし力を得たレオンの前では無力。力任せに破り、一体の首を落とし、もう一体は胸を一突きにする。


 仲間の仇を打とうとしたのか、剣士のゴブリンは指揮を放棄、レオンへと突貫した。強烈な一振にレオンもついて行き、激しい鍔迫り合いが起こる。


「力押しでぇ」


 徐々に押し込まれ劣勢だとわかると、剣士のゴブリンは後ろに下がった。そのタイミングで魔法使いのゴブリンから、レオンに火の魔法がいくつも降り注ぐ。


(複数同時展開。高度な技術までも使うのか。ほんとになんなんだ。とはいえ、今はレオンを)


「不可侵の不可侵を此処に『魔力防壁』」


 魔法と魔法が触れ合い、ヴィクターに感覚が伝わる。


(やっぱり何か引っかかる)


 背後から足音を消して一体が近づいてくることにヴィクターは気づいていない。


「危ない。魔を祓え『退魔の矢』」


 ゴブリンは聖なる光に頭を貫かれヴィクターに刃を突き立てる前に息絶えた。


「ありがとう、オリビア」


「気をつけて」


「剣士は何とか俺が抑える。魔法使いの対処と雑魚を頼む」


「わかった。なるべく早く済ませる」


(瞬遷)


(瞬遷)


(瞬遷)


 散らばる魔力から突如現れるヴィクター、そして魔剣の一振り一振りが、確実にゴブリンの命を奪う。


「魔の一切を祓い清めよ『滅魔の雨矢うし』」


 魔を滅ぼす光の矢が雨のように降り注ぐ。オリビアはそのすべてを完璧に制御し、ゴブリンのみを的確に撃ち抜いた。


「これで残りは……」


 剣士のゴブリンは圧倒的不利を悟り、レオンとの戦闘を中断し、魔法使いゴブリンへと合流した。


「ぐぎゅぃぎぃ」


 放たれた魔法はヴィクターとオリビアが、突撃する剣士にはレオンが対応しゴブリンの反撃を軽くいなす。


(よし。取り巻きがいなければ、かんたんに防ぎきれる。だけど、どうしてこんなに心が乱される)


 既視感、最悪の予想、加速する悪夢。三人の脳裏に浮かんでいる可能性を誰も口にすることはない。口にすれば受け止めなければならなくなる。その恐怖から逃げていた。


「どうした。突然戦い方が消極的になったのではないか?」


 圧倒的強者であるエルフの男が、感情の機微を見逃すわけがなかった。男がニヤニヤと下品な笑みを浮かべていることが、三人の最悪を加速させる。それでも口にはせず、ゴブリンの攻撃を防ぎ続ける。


「もう気づいているのだろう。そんなに私の口から真実が聞きたいか。それとも口にしたくもない真実を察したか」


「やめろ」


 ヴィクターの制止を男が聞き入れる義務もなければ理由もない。


「探していたのは剣士の男と、稚拙な魔法を使う男ではないか。違うかヴィクター?」


「やめろ!!」


 男が知るはずのない情報、最悪の予想はほとんど確信へと変わる。


「ちょうどいい所にいたからな、捕まえてゴブリンに改造させてもらった。そこらの人間で作るより、元が強いといい結果になるらしい。それにしてもヴィクターの知り合いだったとは。私も運がいい」


 マジシャンが種を明かすような、晴れやかな笑みで絶望は宣言される。


「このクソ外道が!!絶対に殺す」


「絶対に許さねぇ」


「なんで、なんで、なんでなの『聖光不条理への涙』」


 感情のままに放たれたオリビアの魔法をいとも簡単に躱す。


「そう、怒るな。だが自らの手で殺したくない感情には理解を示そう。私も好き好んで同胞殺しがしたいタイプではないからな」


 パチンと男が指を鳴らすと、電池が切れたロボットのように、オットーとトーマスであったものは地面に伏した。すぐに近づく三人を男は止めようとも、攻撃しようともしない。完全に脅威ではないと認識していた。


「やはり強者の制御は完璧ではないな」


 男の想定では、魔力の供給を切った瞬間、息絶えるはずであったが、三人が駆け寄ってなお息があった。


「オットー」


「トーマス」


「私よ、二人とも返事をして」


 呼びかけも

 願いも

 風に流れて無常に消える。


 絶望と怒りを携え男の方へと向かおうと、亡骸に背を向け立ち上がった瞬間。まるで意識があるかのように立ち上がり、その緑色の小さな手がヴィクター、レオン、オリビアの背中を押した。


「約束は守るよ」


「絶対に勝つから」


「ありがとう」

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