彼女
あなたは知らないと思う。
私が、桃のゼリーが好きな理由。
それはね―――
―――あなたとの、思い出の一つだからだよ……?
◇
15年前、私と彼がまだ十六歳で高校二年生だった頃の話。
彼―――■■くんとは、一年生の頃に同じクラスで、それからずっと仲良くしていた。
■■くんは……イケメンで、運動も出来て成績も良かった。
だから―――
「ねぇ……■■くんに色目使うなって言ったよね?」
―――女子からの嫉妬も多く、虐められる事もあった。
だけど―――
「おい、虐めなんてつまらない真似してんじゃねぇよ」
―――それを助けてくれたのも彼だった。
まだ、その頃の■■は年相応な喋り方で……今の落ち着いた雰囲気は無かったなぁ……
◇
それから一ヶ月程が経ったある日、私は体調を崩した。
親も出かけていて、兄弟姉妹がいない私の家には、誰も居なかった。
―――寂しい。
―――苦しい。
寂しさと苦しさに悶える中、玄関の方からチャイムが鳴る。
ふらふらとした足取りで玄関に向かう。
一応、警戒のつもりでチェーンを掛けて、扉を開けると―――
―――やっぱり、彼がいた。
「……えっ? ■■……くん……?」
なんで……? 私がそう口にするよりも前に、彼は心配した様子で私に声を掛ける。
「ちょっ! なんで■■が出てきたんだっ!? 親はっ!?」
少しの警戒を残したまま、チェーンを外した私は、彼を招き入れる。
途中、何故家を知っていたのか? 何故来たのか? と問い詰めると、彼は―――
「え? なんでって……■■が来て欲しいって連絡してきたんだろ?」
―――と言っていた。
どうやら、無意識の内に彼に『見舞いに来て欲しい』と連絡してしまっていたらしい……えっ?
連絡してしまっていたらしい……えっ?
私は、取り敢えず口を閉じた。
頬が熱い……体調が更に悪くなってしまったのかもしれない。
◇
もっと詳しく話を訊くと、私の連絡を受けた彼は、私の友人達に家の場所を訊き回っていったらしい。
……気を遣ったのか、相手はちゃんと彼氏持ちに絞ってくれたようだけど。
見舞いに来てくれた彼は、同時に色々と買ってきてくれた。
お金は出すと言ったのだが、拒否されてしまって私は少し落ち込んでいた。
「ははっ、元気出せよ……まぁ、病人相手になに言ってんだって話だけど……」
そう言った彼がレジ袋から取り出したのは、吐き気を抑える薬(私の症状に吐き気は無い)と
思わずそんな事を考えてしまった私は、きっと悪くはないと思う。
◇
それから暫くして、■■くんは帰った。
どうやら、レジ袋の中身は焦っていたのが理由だったらしい……飲み物とゼリーは自身が好きな物だったかららしいが……えっ? 私に喧嘩を売っているの……?
けれど―――
―――お見舞いに来てくれたのは……嬉しかったかも……
私と彼の距離が縮まったのは、この日がきっかけだった。
◇
それから15年が経過して、彼とは結婚をしていて、子供もいる。
―――凄い…幸せだなぁ……
まだ幼い娘と、可愛らしい寝顔を見せる彼を見つめる。
―――あぁ…やっぱり、彼を好きになって……彼を愛して……良かったなぁ……
そんな想いを胸に溢れさせた私は、彼の隣に再び寝転がる。
行儀良く仰向けに寝転がる彼の腕を取って、広げさせる。
それを枕にすると、もう片方の腕を掴んで私の上に乗せる。
彼に抱きしめられるような形になった私は、溢れるような幸福に包まれながら、すぐ近くにある彼の唇に自分のものを重ねる。
そして、ゆっくりと瞼を降ろして……一言呟く。
―――海斗、愛してるよ。
◆
彼女が亡くなったのは、それから数日後の事。
享年三十一だった。
===================================
彼との墓での語らいの3年前の事。
軽くなんとなくで書いてみただけですので、前話程の熱量はありません。
ですが、それに負けない程の想いは込めました。
人生経験は浅いですが、想いの大切さは理解しているつもりです。
けれど―――
―――彼女にとっては……それは、〝思い出の始まり〟であり、〝彼との始まり〟だったのかもしれない。
……という事が伝わっていただければ、ありがたいです。
自分からは普通の事でも、相手にとっては〝思い出〟なのかもしれないですからね。
【短編】君の事が忘れられなくて ――― あなたとの思い出をただ偲ぶ ――― 奈落/ハム輔 @oowkkousk
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