彼女

 あなたは知らないと思う。


 私が、桃のゼリーが好きな理由。


 それはね―――




 ―――あなたとの、思い出の一つだからだよ……?





 15年前、私と彼がまだ十六歳で高校二年生だった頃の話。


 彼―――■■くんとは、一年生の頃に同じクラスで、それからずっと仲良くしていた。


 ■■くんは……イケメンで、運動も出来て成績も良かった。


 だから―――


「ねぇ……■■くんに色目使うなって言ったよね?」


 ―――女子からの嫉妬も多く、虐められる事もあった。



 だけど―――



「おい、虐めなんてつまらない真似してんじゃねぇよ」



 ―――それを助けてくれたのも彼だった。




 まだ、その頃の■■は年相応な喋り方で……今の落ち着いた雰囲気は無かったなぁ……





 それから一ヶ月程が経ったある日、私は体調を崩した。


 親も出かけていて、兄弟姉妹がいない私の家には、誰も居なかった。



 ―――寂しい。



 ―――苦しい。



 寂しさと苦しさに悶える中、玄関の方からチャイムが鳴る。


 ふらふらとした足取りで玄関に向かう。


 一応、警戒のつもりでチェーンを掛けて、扉を開けると―――




 ―――やっぱり、彼がいた。




「……えっ? ■■……くん……?」


 なんで……? 私がそう口にするよりも前に、彼は心配した様子で私に声を掛ける。


「ちょっ! なんで■■が出てきたんだっ!? 親はっ!?」


 少しの警戒を残したまま、チェーンを外した私は、彼を招き入れる。


 途中、何故家を知っていたのか? 何故来たのか? と問い詰めると、彼は―――


「え? なんでって……■■が来て欲しいって連絡してきたんだろ?」


 ―――と言っていた。


 どうやら、無意識の内に彼に『見舞いに来て欲しい』と連絡してしまっていたらしい……えっ?


 連絡してしまっていたらしい……えっ?


 私は、取り敢えず口を閉じた。


 頬が熱い……体調が更に悪くなってしまったのかもしれない。





 もっと詳しく話を訊くと、私の連絡を受けた彼は、私の友人達に家の場所を訊き回っていったらしい。


 ……気を遣ったのか、相手はちゃんと彼氏持ちに絞ってくれたようだけど。


 見舞いに来てくれた彼は、同時に色々と買ってきてくれた。


 お金は出すと言ったのだが、拒否されてしまって私は少し落ち込んでいた。


「ははっ、元気出せよ……まぁ、病人相手になに言ってんだって話だけど……」


 そう言った彼がレジ袋から取り出したのは、吐き気を抑える薬(私の症状に吐き気は無い)とウォーターボトル商品名という飲み物(私の苦手な飲み物)と、桃のゼリー・・・・・(私の苦手な果物と苦手なお菓子)だった……わざとやっているの……?


 思わずそんな事を考えてしまった私は、きっと悪くはないと思う。





 それから暫くして、■■くんは帰った。


 どうやら、レジ袋の中身は焦っていたのが理由だったらしい……飲み物とゼリーは自身が好きな物だったかららしいが……えっ? 私に喧嘩を売っているの……?


 けれど―――




 ―――お見舞いに来てくれたのは……嬉しかったかも……




 私と彼の距離が縮まったのは、この日がきっかけだった。





 それから15年が経過して、彼とは結婚をしていて、子供もいる。




 ―――凄い…幸せだなぁ……




 まだ幼い娘と、可愛らしい寝顔を見せる彼を見つめる。




 ―――あぁ…やっぱり、彼を好きになって……彼を愛して……良かったなぁ……




 そんな想いを胸に溢れさせた私は、彼の隣に再び寝転がる。


 行儀良く仰向けに寝転がる彼の腕を取って、広げさせる。


 それを枕にすると、もう片方の腕を掴んで私の上に乗せる。


 彼に抱きしめられるような形になった私は、溢れるような幸福に包まれながら、すぐ近くにある彼の唇に自分のものを重ねる。


 そして、ゆっくりと瞼を降ろして……一言呟く。




 ―――海斗、愛してるよ。





 彼女が亡くなったのは、それから数日後の事。


 享年三十一だった。




===================================


 彼との墓での語らいの3年前の事。



 軽くなんとなくで書いてみただけですので、前話程の熱量はありません。

 ですが、それに負けない程の想いは込めました。

 人生経験は浅いですが、想いの大切さは理解しているつもりです。


 海斗にとっては……それはただの〝彼女の好物〟だったのかもしれない。

 けれど―――

 ―――彼女にとっては……それは、〝思い出の始まり〟であり、〝彼との始まり〟だったのかもしれない。


 ……という事が伝わっていただければ、ありがたいです。

 自分からは普通の事でも、相手にとっては〝思い出〟なのかもしれないですからね。

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【短編】君の事が忘れられなくて ――― あなたとの思い出をただ偲ぶ ――― 奈落/ハム輔 @oowkkousk

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