バランスボールに二人乗り5
うたた寝
第1話
何をやっても髪型が決まらない日、って無いだろうか? 聞いといて何だが彼女は無い。髪のセットなど生まれてこの方したことが無い。寝癖さえついていなければそれでOKである。髪型に強い拘りがあるようであれば、千円カットではなく美容院に行っている。
一方、美容院に行くタイプの彼の方は美容院に行っているだけあって、髪型には並々ならぬ強い拘りがあるらしく、シャワーを浴びてからというもの、髪をワックスでセットしては水で流してリセットして、を繰り返している。セットする髪がことごとく気に入らないご様子である。
「う~ん……」
再びセットした髪を洗面台の鏡で見て考え込む彼。セットし直そうか考えている顔である。正直、さっきのと今ので何が違く、何に悩んでいるのか彼女にはサッパリ分からないが、本人が悩んでいるのだから余計なことは言わずに黙っておくことにする。
とはいえ、
「そろそろ出ないと間に合わないよ~?」
「分かってます!」
彼女の声にこちらを見ないで返事をする彼。時間が迫っている自覚はあったらしい。それもあって焦っている部分もあるのだろう。
友人のホームパーティーにお呼ばれしている二人。出発30分前に起きた彼女と違って、彼の方は十分な時間を持って起きていたハズなのだが、どういうわけか現在出発前に待たせているのは彼の方である。
準備万端な彼女はソファーに座って足をブラブラさせていると、彼は彼女の方を見て、
「……ってかさ」
「ん?」
「普通こういう準備って女子の方が長いもんじゃないの?」
「だって準備終わったも~ん」
30分前に起きた彼女ではあるが、起きて15分くらいは食事とトイレに使ったことを考えると、実質出掛ける前の準備は15分で済ませている。髪のセットでその倍は使っている彼からすると信じられない時間である。
「髪のセットは?」
「シャワー浴びてブラシで溶かした」
「………………」
「………………」
「……えっ? 終わり?」
「えっ? 他に何が?」
寝癖無いっしょ? とばかりに髪を見せてくる彼女。さっきも言ったが、彼女の髪型のチェックなど寝癖が無いかどうかくらい。髪型に悩まなくてもいいように短い髪型にしている、という部分もある。
「……メイクは?」
「日焼け止め塗った」
「……それはメイクと呼ぶの?」
「えっ? 呼ばないの?」
呼ばないような気がする彼だがどうなのだろうか? 世間一般的には呼ぶのだろうか? 広義で言えば、顔に何か塗ればメイクなのだろうか?
準備が早くていいですね~、と彼は気に食わない髪型のセットを再びリセットしようとすると、
「え~っ? まだやるの~っ? 何でも良くな~い?」
彼女から非難の声が聞こえてきた。待たせているのは彼なので文句も言えないのだが、
「人の髪型だと思って投げやりだな……」
もうちょい興味を持ってくれてもいいもんだ、と彼がセットした髪を蛇口の水でリセットしようとすると、
「だってどんな髪型だってカッコいいじゃん」
「………………」
頭を蛇口の下に突っ込み、水を出す直前で聞こえた声に彼は固まって彼女の方を見る。
「ん? 何?」
キョトン、としている彼女。どうやら彼の準備をさっさと終わらせたくて言ったお世辞、という感じでは無さそうだ。思っていたことがポロっと口から零れたのだろう。
「………………」
蛇口の水は出さずに顔を上げた彼は、
「よし、行くか」
「あり? セットし直さないの? ああ、いや、全然いいんだけど」
下手なことを言って、まだセット&リセットを繰り返されても困るので、彼女は彼の気が変わる前にさっさと玄関へと向かうことにする。
が、そんな彼女の背後で衝撃の光景が映っていた。
彼女が玄関で靴を履いて振り返ると、何と彼が帽子を被っていたのである。それを見て彼女は驚愕する。
「えっ!? セットした意味っ!!」
「あっ……」
言われて彼も思ったらしく、自分の奇行に固まっていた。
基本的には彼の方がしっかりしているハズなのだが、たまに妙な所で抜けていたりする。
まぁ、そんなところも可愛いよね、と彼女なんかは惚気たりもするが。
バランスボールに二人乗り5 うたた寝 @utatanenap
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