第2話 戦場のエンデューロ!!

 甲高くドロドロとした排気音にパンパンという単発的な爆発音のアジタートが、夜の崩壊した街に響く。


 私たちは高機パイロットを救助するため、爆発音のほうへバイクを走らせていた。

 この爆発音はパイロットが危険な状態に陥っているのと同時にまだ生きていることを知らせていたからだ。


 街は火砲により至る所で崩壊しているため、急ぐ私たちの眼前にがれきの山が道をふさいだ。



「ここは私が行く、のぞみは迂回して5km先で合流しよう!」


「オッケー!」



 巨大なバイクをスライドターンさせて夜の闇に消えるのぞみの後姿を見送ると、私はがれきの内、一番低いコンクリの塊に向けてバイクを激しくけしかけた。



「......エンデューロ!!」



 ゴツゴツとがれきの上で右に左にハンドルを強引に切りながら、時にはアクセルを全開にし、バイクと一心同体となり気合いと根性で障害を昇り切った。


 がれきを昇り切ると爆発音とともに散発的に明かりが遠い位置に見えた。

 恐らくあそこが私たちの目的地だろうと思った。


 私はがれきを一気に駆け降りると再び走り続けた。



(......アンタがどんな奴かは知らないけど......生きてて!)



 私はなぜだかまだ見ぬパイロットの無事を必死に願わざるを得なかった。

 それはのぞみに話した通りの事情を知ってたからかもしれないし、見殺しにすることが私の道徳観にそぐわなかったからかもしれない。


 焦燥感がアクセルを開かせ、回転数と排気音の高まりが焦燥感をさらに煽る。


 闇雲に走る中突如、目の前が光に包まれた。



「う、わっ......!!」



 内臓がふわりと浮き立つ無重力の感覚

 その一指弾、背中に感じた大きな衝撃と爆発音が同時に骨を揺さぶった。



「爆轟ッ......!?」



 私はそう解釈すると同時に、ビル柱に身体を強く叩きつけられたことを理解した。

 そして、なお態勢を整えようと一息を吸おうとしたが



(息がっ......できないっ!!)



 肺が、身体が言うことを聞かない。

 先ほどの衝撃で内臓が激しく痙攣しているためだった。



「はっはっ、はっはっはっ......!」



 私はわずかな酸素を求めて必死で呼吸を繰り返した。

 通常なら痙攣が収まるまではそう長い時間は要しないはずだった。

 だが、呼吸をすればするほど苦しさが増す一方で、一向に楽にはならない。



「......っ、っ、っっっ!!??」



 涙で視界が見えなくなり、絶望感が一気に私の心を支配した。

 そして夜の闇が心の闇を増幅し、ついには視界が黒く染まった。



(死ぬ......?) 意識だけがネガティブな方へ動く。



 私は......私は............私は..................。





 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・






「............ガオォォォォォッ!!ガ、ッガッガオオオオオッ!!!」


「ッ、はっ!?」



 けたたましい獣のような叫び声で私は闇からたたき起こされた。


 そして目の前にはアスファルトがものすごい速度で流れていっていることに気が付いた。



「......はぁっはぁっ......いっ......?ど、どうなってる?」


「あきらちゃんっ!!」



 のぞみの声が後頭部から聞こえた。



「えっ!?」



 私は声の方向を向こうとした。

 すると、腰をぎゅっと締め付けられる感覚に気が付いた。



「今動いちゃだめだよ!!」


「あ、あんた一体......!?」



 私はそういい終わると、目の前に流れるアスファルトから全てを理解した。

 のぞみは私を小脇に抱えて右手のみで大型バイクを繰っていた。

 先ほどのけたたましい獣の叫び声は、その操りやすさを考慮して低いギアを高回転で回していたからだった。

 そしてガクガクとABS特有の振動が猛烈に起きていた。リアブレーキのみで速度を強引に抑制しているからだった。



「このままベースに帰るから!」


「パ、パイロットは......!?」


「命は大丈夫!後ろにしがみついてもらってるッ!!」



 宙ぶらりんになってるこの姿勢からはリアシートの様子は見えないが、パイロットがタンデムしているようだった。

 私は命が助かったことよりも、パイロットの無事を聞いて安心した。



「はぁ......。」


「苦しい?もうちょっと我慢だよ!!」


「だ、大丈夫よ......。」



 私はのぞみの馬鹿力というか、人一人を小脇に抱えて、かつタンデムしながら大型バイクを操縦するというその途方もない度胸にあきれるやら感動やらで複雑な気持ちだった。

 のぞみは女の子、というにはあまりにも背が高くおおらかな性格をしているのは分かっていたが、ここまでするものとは思わなかった。



「......どうして置いて行かなかったの?」


「へ?あきらちゃんを?」


「そーよ......!」


「やだなぁ、女の子にそんなこと言わせちゃだめだよー!」


「私も女の子でしょうが......!」


「ずっと傍にいてほしいから、だよ?」


「......え、あっ!?それどういう意味よ?」


「そういう意味だよ?ねぇ、もっと速度出しちゃうね!」


「答えになっ......あわわわーーーっ!!」



 グンッと速度が増し、私は強制的にGに黙殺させられた。

 しばらく風とGにシバかれていると見覚えのある灯りと鉄条網が見えた。



「ベースだ!君ももう少し、頑張って!!」


「パイロットも危ないの?」


「わかんない、でも絶対急いで治療が必要だよ!」



 そう言いながらバイクを走らせていると鉄条網とフェンスに覆われた簡素な営門の前に到着した。

 のぞみは無理やり前後ブレーキで制動し、エンストの状態で営門の前に停車し、走り寄る守衛に叫んだ。



「前支1分隊2班、桟のぞみその他重傷者2名!救護所はどこです!?」


「通れ!!救護所はそこのテントを左折すれば、そこだ!」


「ありがと!!エンストしたからバイクここに置いといて、こっから歩いていくよ!」


「待て!おい誰か手伝え!!」



 サーチライトでこちらを照らしていたもう一人の守衛がこちらに駆け寄ってくると、私に肩を貸して立たせた。



「歩けるか?大丈夫か?」


「......えぇ、どうも。私よりもこの子を......。」



 私はついにリアシートに目を転じた。

 そこには白いつなぎのようなスーツに身を包んだ白銀の長い髪の少女がうなだれながらのぞみにしがみついて座っていた。

 何の不思議か分からないが、透明感のある肌色からぼんやりと光が放たれているように見え、それが何か神聖な生き物を見た気がした。



「......この子、を......。」 私はそのあまりの神聖さに言葉を失いかけた。


「この子は私が運ぶね!しっかり、もう少しだよ!」



 のぞみはそんなことはお構いなしに、パイロットの少女をおんぶすると救護所に向けて駆けだした。



「君もだ!いくぞ!」


「え、えぇ......ありがとう。」



 私は守衛に支えられながら粗末な電灯に針のように映される小雨の中、泥濘の道をのそのそと救護所に向けて歩き始めた。


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