ホット・スクランブル!!
田辺電機工業
第1話 ホット・スクランブル!!
それは冷たい雨がしきりに降る暗夜だった。
テントを叩く雨の気配は、今朝から一向に変わっていない。
雷ではなく爆轟による轟音が、遠くから響いていた。
ここはある前線から20km後方の位置にある兵站集積地域、そこに建て並ぶ大小のテントは兵站に係る者たちの宿営施設だった。
私たちは管制灯火のオレンジ色の薄明りの中で、いつ来るかもわからない出番を待っていた。
暖かすぎるストーブのおかげで、テント内の居心地は悪くなかった。
このまま出来ることなら仕事に就きたくない。
私は必死に眠気に抗っていた。それは一酸化炭素中毒にかかっているからではない。。緊急出動の無線がいつ鳴るのか分からないからだ。仕事として、少なくとも割り当てられた待機時間内では起きて待っていなければならない。
だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに高いびきをかいているものがいる。私の目の前の簡易ベッドに横たわっている身長180cm超えの巨大女『桟 のぞみ』は、気持ちよさそうに自慢のふさふさのポニーテールに顔をうずめて眠っていた。
何度も起こしてそのたびに叱るのだが、眠ってしまう。私は諦めてこの年上の後輩を寝かせることにしたのだ。もう少し寝かせれば、寝起きもマシになることだろう。
「1分隊2班、1分隊2班、HQ,HQ!!」
無線から大音量が不意に飛び出した。
1分隊2班とは私たちのことだ。
「HQ、HQ、2班2班。」 私は憂鬱な気持ちでこれを返した。
「推進補給命令を下達する。第34区域で戦闘機動中の
本部から命令が下達される。
私は憂鬱でたまらなかった。温かすぎるこの快適なテントを出て冷たい雨に打たれるなんて考えたくもなかった。
「はぁ~......復唱。34区の高機1に対して12.7mmリンクを2箱,84mmを2本、......ホット・スクランブルね。」
大体緊急と言われてるものは急ぎじゃない。最近は人手不足だから誰でもなんでも緊急でものを取りたがる。そのしわ寄せは私たちにくるのだからたまらない。
「こら!起きなさい!!起きなさいったら!!!」
私は激しく相方をゆすった。こういう時は叩いてもダメだ、振動が一番効くのだ。
「う、うにゃー......。」
「仕事よ!いつもの!!」
「えー行くのー?」 相方は大きなあくびをした。のんきなものだ。
「当り前じゃない!もうバイクに積んでる物品そのまま34区に持ってくだけよ!はやく!!雨衣着て!!!」
「うーい。」
マイペースな後輩を叱りながら私も雨衣を着用した。泥がついてガサガサの透湿防水雨衣は着心地がすっかりよろしくない。
「この天候だと光量不足だからNVG(暗視ゴーグル)は足手まといよ。肉眼で行くわ。」
「うん、いらないいらない、あれ重たいし。んで、うちはフルフェイスでいくね。」
「当然よ、顔に傷がついたら再就職は無理よ。」
私たちはメットをかぶり、それぞれ自身のバイクに駆け寄り、勢いまたがった。
私は比較的低シートの250ccオフロードを普段用いており、今回は84mm砲弾を左右の什器に取り付けていた。
一方、のぞみは1400ccの大型ツアラーバイクを普段使用しており、今回は、12.7mm弾を満載した箱を左右に取り付けた装いをしていた。
私たちはキーを捻り、エンジンを始動した。アイドリングを安定させるために、ややアクセルを煽り気味に開ける。ドコドコというエンジン音とビューというエンジン音が、異なるリズムで闇を切り裂く。
のぞみが前進準備良しの手合図を送ってきた。
「目標34区、前進!」 私が出発の合図を告げ、後輩を先導するように走り始めた。
しばらく目的地に至る暗い廃墟の通りを走っていると、のぞみが無線越しに話しかけてきた。
「ねぇ、あきらちゃん、寒いねぇ。」
「......のぞみはグリップヒーターついてるでしょ。こんなルーチン、とっとと早め に終わらしたいわ。」
「それにしても飽きもせず戦うよね。高機の人たちって。」
「......のぞみは知らないだろうけど、高機パイロットって人のようで人じゃない扱いなのよ。......まぁ部品というか物品扱いなのよ。」
「どういうこと?」
「戦闘に関するリアルタイム処理を、人間の脳みそで行うために生体パーツとして装備品の一部に組み込まれているの。あの人たちは、一応私たちと同じ人間だけど、人生っていうものが認められないのよ。」
「......じゃあ、自分の意志とは関係なく戦わせられているってこと?」
「そういうことね、まぁ私たちもそうなんだけどさ、悲惨さが違うね。」
「そんなことしてまで、今の戦争にこんな兵器を運用する必要あるのかな?」
「時代が求めたのよ。戦争の局地化が進み過ぎた結果ね。戦争に関係ない多くの民間人の被害を局限化するという平和的な目的のために、少ない人間が犠牲になればいいと言ってるのが今の世間よ。」
「もっとやりようはあると思うけどなぁ......。」
「どこで間違えたんでしょうね、みんな......。」
つまらぬことを話しているうちに、目的地の34区に私たちは到着した。
しかし、支援要請をした高機はまだ到着していなかった。
「高機、まだきてないねぇ......。」
「まぁ交会交付は、どっちが先にいないといけないとかないから。......あのがれきにバイクと身体を隠ぺいして待つわよ。」
私たちはがれきに身を隠し、気配を殺した。
気が付くと降り続いた雨はあがり、雲の隙間から月明かりが漏れていた。
雨音がなくなると、戦闘にまつわる射撃音や爆発音がより近く鮮明に聞こえた。
その内、爆発由来の閃光が辺りを照らし、いっそう大きな爆発音が散発的に轟いた。
「派手にやってるねぇ。」
「......変ね、あんなに大きな威力の炸薬みたことないし......敵を撃破したからか?」
先ほどの戦闘の喧騒があの爆発を機に嘘のように静まり返った。
その静かさがかえって不気味で、私たちは何かから隠れるようにいっそう息をひそめた。
「1分隊2班、1分隊2班、HQ,HQ」
本部からの無線通信が静寂を破った。
「2班、どうぞ。」 私は声を潜めて答えた。
「推進補給命令に関する変更命令を下達する。2130時点を以て、推進補給任務を中止し、直ちに帰投せよ。」
「なぜ?」
「補給対象の高機の安否が不明だからだ。」
「死んだと思っているのか?」
「先ほど壊滅的な攻撃を受けた結果、機体反応がロストしたことを受けての命令だ。」
「拙速じゃないのか?脱出したかもしれないだろう。」
「高機の周辺の爆発範囲から生存確率は絶望的だ。」
「...........。」
私は新たに命令を受領したものの、どうすればいいか分からなかった。
しかし確かなことは、何故かこの時、このまま帰っていいとはどうしても思えなかったことだ。
「......??」 その時のぞみが首を傾げ、ヘッドセットをかぶりなおした。
「のぞみ、どうしたの?」
「............なにか......聞こえる......?」
「HQ、待て!のぞみ、聞こえてる音をそのままマネして!」 私は予感した。
「......................................とーとーとーぽぽぽ、ぽぽぽとーとーとーぽぽぽ......。」 のぞみは聞こえる音をそのまま素直に発声した。
「......モールスだ......SOSよ!!」
「え、SOSって、高機の人かな!?」
「わかんない、でも音の不明瞭さからは短距離用緊急信号無線を使っている可能性が高い。高機はそれをサバイバルキットとして備え付けてるはずよ。」
「じゃあ、すぐに助けに行こう!」
「HQ、2班!変更命令の内容について意見具申をする!」
「不同意、最短距離で直ちに帰投せよ。」
「SOSが鳴ってて、人が生きてるかもしれないんだぞ!?」
「第一戦救護を行うには危険が過ぎる。ミイラ取りになる。高機パイロットと違って君たちは戦闘下においても人権が保障されている。」
「じゃあ私の人権はソイツにくれてやるわ!2班、雨戸その他1名は戦闘で負傷した高機パイロット救出のため、即刻前進する!おわりッ!!」
私は怒りにまかせ無線を無理やり終わらせると、バイクにまたがりエンジンを始動させた。
「あきらちゃんって、結構強引だよねぇ。」 のぞみはマイクの奥で笑みを含めながら言った。
「私のわがままに付き合う必要はないけど?」
「またそんなぁ、うちがついて行くって分かってて本部に2名で行くって言ったんでしょ?」
「..................。」
「もちろん、付き合うわ。そゆとこ大好き。」
「............ありがとう、
「えへへ......ところでさっきの信号の話だけど、発信者に近づくにつれて信号の音が大きくなったり明瞭になったりするんだよね?なら、探す方法は明らかだね。」
「その通り。爆発の閃光が見えた方向を目標に、分かれて前進しながら探すのよ。範囲はかなり絞れてるからどっちかが見つけられるはず!」
「了解!」 のぞみは小さく挙手の敬礼をした。
私は深呼吸して、命令違反の決心をした。
それは引き返すことのできないルビコン川だった。
「第2班は、高機パイロットに対して、第1戦救護を実施する。前へ!」
「前へ!!」
私たちはアスファルトにたまった水たまりをバイクで踏み砕きながら、暗夜に飛び込んだ。
*第1戦救護
敵の火力発揮による被制圧状況下で、味方の救出など応急救護の活動を行うこと。
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