チュパカブラ・ハンター

MIROKU

チュパカブラ・ハンター

 真夏のプールサイドに剴と翔の姿があった。


 大学の応援団長の剴と、生徒会長の翔。二人は祖父同士が兄弟であり、遠い親戚にあたる。


「お待たせー」


 剴と翔が振り返れば、そこには二人の美女がプールサイドに立っていた。


「ど、どう?」


 ギテルベウスは照れ臭そうに翔の方を向いた。緑色の髪をした欧州系美女のギテルベウスは、真っ赤なビキニであった。


「も、もう少し胸があればなー」


「な、何よ! せっかくビキニにしたのに!」


 ギテルベウス渾身の右フックが翔の頬に炸裂した。いつもの事だ。


 そして、剴とゾフィーの間には厳かな雰囲気が漂っていた。


「剴さん、ど、どうですか?」


 頬を染めた黒髪ショートヘアのゾフィー。彼女は黒いマイクロビキニだった。


 女性もうらやむ堂々としたバストの持ち主であるゾフィーを前に、剴はわなわな震えていた。


(我が生涯に一片の悔い無し……!)


 剴はプールサイドから太陽を見上げ、そして拳を突き上げた。


 プールサイドに集まった女性陣が、ちらほらと剴を観察していた(※カッコいいから)。


「い、いきましょう剴さん」


「う、うむ」


 ゾフィーは剴と腕を組んでプールサイドを静静と歩き出しだ。まるでバージンロードを行く新婦のような厳かさだ。


 剴もまた新婦と共に新たな人生へ向かう新郎のように厳粛たる顔つきで歩き出した。


 二人の歩みを邪魔する者はいなかった。剴とゾフィーは無人の野を行くがごとく、プールサイドを進んだ。


 二人の関係を示すのには間違っていないが、プールに遊びに来ているという面では間違っている。


「アニキ、何やってんだあー!」


「あんたら結婚式やってんじゃないのよ!」


 翔とギテルベウスのツッコミを半ば無視した剴とゾフィー。


 その時だ、プールサイドに悲鳴が響いたのは。


「た、助けてくろー!」


「チュパカブラだあー!」


「チュパカブラだと?」


 剴はゾフィーを背にかばい、声のした方向へ振り返った。


 だが、そこには親子が戯れる姿があったのみだ。


 緑色の着ぐるみに身を包んだ子どもが、父親と母親を襲いかかるふりをしている。


 声を小さく、と注意したいが微笑ましい光景ではあった。


「……チュパカブラって何よ?」


「さあ……」


 ギテルベウスは翔に抱きついていた。そういう一面は魅力的だ。


「迷惑な……」


 剴は苦笑した。そんな彼はチュパカブラを知らない。応援団長の彼は神代から続く武術の遣い手だが、世俗に疎すぎるのだ。


「知らないんですか剴さん? えっへん、じゃあ私が教えましょう! チュパカブラは……」


 意外にゾフィーがチュパカブラを知っていた。


 彼女はお姉さん気取りで(実際ゾフィーは剴より二歳年上だ)剴にチュパカブラをレクチャーする。


 その間、剴はゾフィーのビキニの深い谷間に視線を奪われていた。硬派の剴も巨乳に弱かった。いや、ゾフィーに弱いのだ。






「バカな、チュパカブラなんかいるわけがない!」


 市長は言った。区内でたびたび起きている猟奇事件――


 女性下着を盗む緑色の謎の生物について、ネットではチュパカブラではないかと騒がれているが、市長はチュパカブラなど信じない。


 信じるのは金と権力だけであった。


 そんな市長もチュパカブラを知る事になる。






 剴と翔、ゾフィーとギテルベウスは一しきりプールで遊んだ後、昼食にする事にした。


「さすがハワ○アンズだ、水着の姉ちゃんがいっぱいだ」


「あんたは何を見てんのよ! ……ここってハワイ○ンズだったっけ?」


「剴さんは何が食べたいですか? 和食? 洋食?」


「お、俺はゾフィーさんが食べたい、あ、いや! ゾフィーさんが食べたいものが食べたい!」


 と、楽しげな四人。


 その時だ、ウォーターパークの天井を突き破り、何かがプールへと落下したのは。


 水しぶきが飛び散る。ウォーターパーク内の客達が視線を向けた。


 水面から姿を現したのは一体の異形だった。


 それは宇宙服を着た人間のようだった。


 プールに着水したそれが、宇宙服を脱ぎ捨てれば、中から現れたのは水着のような衣服をまとった美しい肢体の女である。


 白い肌を持つ麗しき女性だが、手には長槍のような物を手にしていた。


「そんな、私が食べたいなんて……」


「い、いや、違うんだゾフィーさん!」


「いやあ、硬派な兄貴も変わったなあ…… 女ができると男は変わるもんだな」


「あんたはどうなのよ? いつまでもチャラ男のままなの?」


 剴とゾフィー、翔とギテルベウスの四人は謎の女には全く注意を払わない。


 謎の女はイラッと来たらしく、肩に装着していたプラズマキャノンを(威力最小に調節して)発射した。


 剴達のすぐ側で爆発が生じて、大量の水しぶきが舞い上がった。


「た、助けてー!」


 次いでプールパークに響いたのは女性の悲鳴だった。


 女子更衣室に現れた不気味な生物が、プールサイドに現れる。


 それは緑色の体色を持ち、身長二メートルを越えていた。


 まるで仮面○イダーに登場する着ぐるみ怪人のような造形をした生物こそ、謎のUMAチュパカブラであった。


 ――チュパカー!


 チュパカブラは吠えた。


「ゾフィーさんに手を出すな!」


 剴が打ちこんだ手刀の一撃が、チュパカブラの脳天を打ち砕いた。


 愛する者を、守るものがある男は強かった。


「剴さん……」


 ゾフィーはうっとりした様子で剴の後ろ姿を見つめていた。


「おい、なんなんだよ、この展開は!」


「あたしら背景かっつーの!」


 翔とギテルベウスは必死で抗議するが、剴とゾフィーの愛のボルテージはマックスハートだった。


 謎の女は更にイラッときたらしく、長槍を振るって剴に突き進んだ。


「何事!」


 剴はゾフィーをかばって前に飛び出し、謎の女と交戦する。


 謎の女が繰り出した槍の穂先を、右に左にと巧みに避けて、謎の女へ間合いを詰める。


 ――チュバ……


 チュパカブラはプールサイドで息絶えた。奇しくも彼?の存在は、人間にとって最も強いものが愛だという事を証明した。


「はあ!」


 剴は謎の女に組みついた。その時、剴の右手は謎の女の胸に触れた。


「あ」


 応援団長硬派男子の剴は、一瞬の動揺に動きが止まった。


「何ヲスル!」


 謎の女、アナスタシアは頬を赤らめ剴にビンタを放った。


「剴さん……」


 ゾフィーの氷の微笑が周囲の空気すら凍てつかせる。


「だからなんだよ、この展開は!」


「ラブコメなんか女は好かないのよ! ガツンといきなさいよ、ガツンと!」


 翔とギテルベウスの必死のツッコミもなぜか虚しい。


 ギテルベウスはがんばってTバック水着だか、なぜか虚しい。


 プールサイドで息絶えたチュパカブラも虚しい。


 虚しくないのは突然の三角関係が始まった剴、ゾフィー、アナスタシアであった。







 一週間後、世界は変わった。


 世界中あらゆる地域でチュパカブラが出現し、人々を悩ませていたのだ。


「んぎゃー、チュパカブラ!」


 浴衣姿のギテルベウスはゴキ○リでも見たかのように、チュパカブラの姿に悲鳴を上げた。


「またチュパカブラかよ!」


 翔はギテルベウスを抱き寄せながら激しく叫んだ。


 今夜は花火大会である。翔はギテルベウスと共に花火見物に出向いていたが、まさか再びチュパカブラに遭遇するとは。


 今や何処にでも現れるチュパカブラに世界中が困惑していた。


「ゾフィーさん!」


 浴衣姿の剴はゾフィーを背にかばい、チュパカブラを見据えた。凛々しく勇ましい。


「剴さん……」


 浴衣姿のゾフィーは剴の背後で赤くなっていた。大きな胸が浴衣からこぼれ落ちそうになっている。


 花火大会見物に来ていた剴、翔、ゾフィー、そしてギテルベウスの四人はチュパカブラに縁があるようだ。


 周囲の人々が逃げ惑う中で、剴と翔はゾフィーとギテルベウスを守るべくチュパカブラから視線を離さない。


 ――チュパカ〜!


 花火大会の会場に現れたチュパカブラは、前回プールパークで遭遇した個体よりも大きい。


 二メートル半にも達する緑色の巨体に、真紅に輝く両目と、二足歩行する爬虫類のような外見。


 本物のモンスターだった。


「ハアアアー!」


 その時、夜空から舞い降りてきた麗しき人影がチュパカブラへ飛びかかった。


 異星からお婿さん探しにやってきた女戦士アナスタシアだ。


 武装したアナスタシアは、手にしたレーザースピアでチュパカブラを突き殺した。


 夜に閃いた芸術的な槍さばきであった。


 ――チュパカ〜!


 花火大会会場に次々と現れるチュパカブラ。彼らは花火大会に集まったバカップルへの嫉妬から怒り狂い、暴れ回る。


「ゾフィーさん、結婚しよう!」


「はい……!」


「あー、なんだ…… アニキも結婚するみたいだし、俺らも結婚すっか?」


「何なのよ、その投げ槍なプロポーズは! ……も、もちろんOKよ!」


 剴とゾフィー、翔とギテルベウスの結婚は決まった。大変な状況だが、だからこそ彼らは真実の思いに気づいたのかもしれない。


 アナスタシアは剴とゾフィーを眺めて、チクリと胸が痛むのを覚えた。短い間だったが三角関係はアナスタシアに心地よい充実を与えていた。


「人々は私が守る!」


 市長マック・ハガーが上半身裸で花火大会会場に現れ、手にした鉄パイプでチュパカブラを殴り倒した。


 チュパカブラを信じなかったマック市長だが、彼は今では世界中で有名な「チュパカブラ・ハンター」だ。


「フゥン!」


 マック市長はチュパカブラを捕らえると、キリモミ回転しながら夜空に舞い上がった。


 五メートル以上の高みに飛び上がったマック市長こそ、今宵の花火大会のフィナーレだったかもしれない。


 そしてマック市長は回転パイルドライバーでチュパカブラの脳天をコンクリートの地面に叩きつけた。


 だが、チュパカブラはまだまだいる。マック市長は鉄パイプでチュパカブラに戦いを挑む。


 なぜならばマック市長はチュパカブラ・ハンターだからだ。





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チュパカブラ・ハンター MIROKU @MIROKU1912

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