3.星空を見上げて、ひとり
タバコの煙を吸い込むと、赤い埋もれ火が鼻先で揺らめいた。タバコを吸って大人ぶるなんぞどれだけ時代遅れだ、という気持ちはあるが、気持ちがどうしようもなくささくれだっているときは仕方がない。
カビないように吸湿剤といっしょの箱に放り込んでいたせいでだいぶ辛くなってしまったタバコの煙を吐き出しているうちに、多少は気持ちも落ち着いてきた。どうしようもなくどんよりした気持ちが、少しはましになる。
昼間に質問してきた訓練生は、今受け持っている中で一番の有望株の生徒だった。朗らかで、力強くて、能力があって、他人の気持ちに敏感で、そのうえで前を向こうとし続けられる。どうあっても、たぶん最後には英雄にしかなるしかないのだろうと思わされる人物。教えがいのある生徒ではある。
けれどなんというか、どこかあいつみたいなところがある。
たぶん、講話なんてなくても、自己犠牲について尋ねたらあいつと同じような答えを出すんだろう。
それも、それが英雄的なことだからじゃなくてそれが必要なことだからというだけの理由で。それが必要なことで、自分になにかあっても跡を託せる仲間がいるならば、自分以外の誰かのために自分の命を使うことができてしまうのだろう。
あの厄災を止められる人間はひとりきりでも、そのために動けるバディも一組きりでもないのだ。そのために使える特別な能力があるひともないひとも一緒になって組織を動かしている。誰かが斃れても、その灯火を拾い上げてくれるひとが絶対に来てくれる、俺と戸呂が作ったのはそういう組織だ。
だから結局、ひとり遺すなんて心配をしなくてもよくなったから、あいつは命を使うことができてしまったのだろう。
あいつは塔から溢れ出した厄災を止めるために、扉の向こう側に姿を消した。あちら側からしか閉められない扉を閉じるために。対処が遅れたために最終段階まで到達してしまった厄災がこれ以上の被害をもたらすのを止めるために。たくさんの人が、その人が住む家が、この世ならざる奇怪な物体へと捻じ曲げられることを阻止するために。
「すまないけど、あとを頼むよ。先生になるには君のほうが向いているみたいだからね。なぁに、ほかの扉からそのうち帰ってくるさ」
そんな軽口を朗らかに叩いていたくせに、表情だけは見たこともないくらいに寂しそうで。そんな表情をするくらいなら、そっちに行くものじゃないなんてとても言えなくて。
組織の訓練所は人家から離れた場所にあったから星空がよく見える。天の川を基準にして探せば蠍座の心臓もすぐに見つかった。指先でタバコを揺らすと、ぼんやりとした光が夜空をバックに揺れた。
「早く帰ってこい」
自己犠牲なんて許さない。自己犠牲なんてしていないって顔をして、一番最後の最後までそのことに気付かなかったやつの自己犠牲なんて。気付いてたのかもしれないけど、それでも手を止めなかったやつが犠牲を払ったなんて、認めない。
きっと、あいつもきっといつか帰ってくるのだ。
だから、アイツの墓に花は供えない。いつか帰ってくるようにと手だけは合わせるけれど。
墓前に花は供えない ターレットファイター @BoultonpaulP92
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