vol.8

 そして十年後。

 同窓会へ着ていく服を考えてたら播磨がやって来て、

「何やってんの。昨夜、スーツ出してただろ? リビングの棚に掛けてる奴」

「へ?」

「覚えてないのかよ。ったく。おまえいつも、沙優里ちゃんに任せきりなんじゃねーの?」

「ああ、うん。そういえば何もしない」

 ワイシャツを着ていたら、きよらはこれだからと大袈裟にため息をつかれた。

「そんなんで会社、大丈夫なのかよ」

「大丈夫だよ。優秀なスタッフが大勢いるし。僕と沙優里は経営者兼、広報として今後も頑張るだけだよ」

 僕は今年の春に大手アパレルメーカーを辞めて独立し、夢だった自分のブランドを立ち上げた。そして拠点を地元に移し、地域の商店やアメリカの大手メーカーなどとコラボした商品を作り、全世界に販売している。

「まあでも。あのきよらが社長とはね。沙優里ちゃんと学生結婚した時も驚いたけど、いつも想像の斜め上を走ってくよな」

「僕も播磨のことは、ずっと感謝してるんだよ。うちの店を継いでくれてさ。チェーン店まで出してくれて。両親も本当に喜んでる」

「バカ。お互い褒め合ってどうすんだよ」

 播磨が笑って、僕の肩に腕をかけた。

「まあでも。おまえが戻ってくれて嬉しいよ。これは前にも言ったけど、やっぱりおまえ以上に想える相手にはまだ出会えてないからさ」

 僕の髪を軽く撫で、播磨はおでこにキスした。

「でも、見合いしたじゃん」

「あれは、おまえのママが仕組んだんだよ」

 照れたように頭を掻いて、播磨はリビングの方へ歩いていく。いつ見ても彼の背中は寂しそうで、思わず僕は目を逸らした。


 同窓会場に行くと花田がいて、

「あ、来た来た。みんな、きよらがやって来たぞ」と腕を引っ張られた。佐原さん、森川さんも近づいてきて、

「待ってたわよ。賀茂先輩の旦那さん」

「ママさんモデルとの結婚生活、今日はたっぷり聞かせてよ」

 あっという間に囲まれて、みんなと話をする。しばらくして落ち着き、播磨のいる場所に移動したら、

「お疲れ。みんなおまえと会えるの、楽しみにしてたんだよ」と労ってくれた。

「播磨はよくみんなと会ってるの?」

「そうだな。地元にいる奴は会いに来てくれるよ」

「そっか。でもさあ、みんな僕より沙優里の話ばっか聞いてくるんだぜ。今はうちのブランドのイメージモデルってだけなのに」

 僕がふくれっ面すると、播磨は頭をポンと撫でた。

「子供を産んで引退するまで、有名な雑誌のモデルだったんだ。きよらより人気があるのは当たり前だよ」

「まあね。知名度が高いのは有難いんだけど。もう少し僕のことも構ってほしいというか……」

「きよらっ」

 高宮くんが走って、僕にハグしてきた。そうそう、こういうのを待ってたんだよ。

「きよらとはこないだも会ったけど、スーツ着るとまたかっこ良いなあ。もうコスプレはしないのか?」

「しないよ。それ僕の黒歴史だから」

 口の前で人差し指を立てる僕に、可愛かったのにと残念そうな顔をする。

「まあ子供もいるし、する訳ないよな。じゃまた後で」

 忙しそうに去って行き、他の友達の輪に入っていく。しばらくしてまた名前を呼ばれ、笑顔の島咲くんと握手した。

「こないだ家に来たんだってね。みつるから聞いて、会えなくて残念だったよ。あの時はツアー中で、移動が多くて」

「ああ、高宮くんから聞いたよ。最近、頑張ってるんだってね」

「お陰様でいい感じだよ。と言っても、まだいつものバーでバイト生活だけどね」

 島咲くんはインディーズのバンドでベースを弾いている。一度だけ高宮くんと一緒に聴きに行ったけど、すごくかっこ良かった。

「プロの夢、絶対に叶えてよね」

「うん。その時はドームツアーに招待するから」

 にっこり笑って、島咲くんは高宮くんのいる場所へと歩いていった。この二人も色々あって、高宮くんは数年前、島咲くんと別れて塩ノ谷さんと結婚した。でも一児をもうけた後すぐに離婚し、今は島咲くんと一緒に暮らしている。

 ふと気になって塩ノ谷さんの姿を探す。

 元夫とその彼氏のいる場所で、彼女は今どんな気持ちでここにいるのだろうか。

 探しきらないうちに、花田に呼ばれた。

「きよら。一人で何してんだよ」

 花田がやって来て僕の腕を引っ張る。振り返って播磨を見ると、彼はいってらっしゃいと微笑んで手を振った。ずっとそばにいるって言ったくせに。浮かんでくる涙を指で弾く。笑っている播磨の姿は足元から徐々に消え、やがて見えなくなった。


 播磨が亡くなって、もう二年が経ってしまった。

 今でも嘘みたいで、どこかで信じきれない。お葬式の時に顔も見たけど、作り物みたいだったし。ただ会えない事実が続いてる感じで、寂しくて仕方がない。


 高校を卒業した後、僕たちの間にも色々な事があった。

 上京して最初の夏休み、帰省した僕は播磨とよく遊んだ。一緒に暮らし始めたものの、沙優里とはすれ違いが続き、もう別れようかと思い始めた頃だった。

 一人暮らしを始めた播磨の部屋は居心地良くて、誘われた時も特に迷わなかった。ごつくて硬い体に腕を回すのも、最初は照れくさかったけど、慣れてしまえばそうでもない。ただお尻の違和感は消えなくて、それだけが不満だった。

「今思うとさ。ロミジュリ効果って奴だったんだよな」

 ベッドの上で、ひとりごとみたいにつぶやく。

「なんていうの、遠距離っていう障害があってさ。春からの新生活の不安とか期待とか、そういうのとごっちゃになって舞い上がってた。でも上京してみたら沙優里はほとんど家にいないし、新しい居場所で楽しそうにしてて、僕との温度差がかなりあって。僕の方も、本当に好きだったのかよくわからなくなってさ」

 播磨は微笑んだ。いつもみたいなニヤニヤじゃなくて、柔らかい笑顔。

「今はしばらく会わなくても、別にいいやって感じ。昔からそうなんだよな。相手に対する執着心が薄いっていうか」

「よく言ってたな、それ。恋って何? みたいなこと」

 播磨は笑って僕の髪を撫でる。

「沙優里ちゃんと今度、ゆっくり話してみろよ。おまえの勘違いで、ただ本当に忙しいだけかもしれないし」

 僕の唇を触って、軽く甘噛みする。他人事みたいな言い方が癇に障り、

「何それ。沙優里と僕が別れなくてもいいの?」

「もちろん。俺はもう、こうしてるだけで充分幸せなんだよ。きよらが腕の中にいて、甘えるような声を聞けて。それで俺は満足なんだ」

 高校の時と変わらないその言葉は、僕を少し苛立たせた。

 夏休みが終わり、結局沙優里とよりを戻した僕に、あいつは何も言わなかった。

 でも僕はそんな播磨に甘えた。沙優里とうまくいかない時だけ奴の家に泊まり、彼女と仲直りしたら連絡すらしなかった。

 いつも言いなりで、嫉妬も独占もしない播磨を本気で怒らせてみたかった。余裕ぶってる仮面を脱がせたい。そう思ってたのに一度もうまくいかなかった。


 あれは高宮くんの結婚式から数ヶ月後のことだろうか。上京した播磨に呼び出され、会社の近くで彼と会った。式の時より随分痩せてて、それがとても気になった。二軒目のバーで播磨は、沙優里の妊娠について触れ、本当に良かったと嬉しそうに笑った。

「播磨は結婚しないの?」

 わざとらしく聞いてみたら、意外な言葉が返ってきた。

「……実はおまえのママに仕組まれて、一度だけ見合いさせられたんだよ。でも俺はそもそも、女に興味がないみたいだ。それがわかって、色々と腑に落ちたよ」

 寂しそうな横顔で、播磨はお酒を飲んだ。

「性癖を受け入れたら簡単に彼氏が出来たよ。悪いな、きよら。そういう訳で、もうおまえとはセックスしないよ」

 驚いて口を開けた僕に、

「つまり、今日で終わりってことだよ。おまえもそろそろ、沙優里ちゃんに本気で向き合えよ。もうパパになるんだしな」

 動揺したままホテルの部屋に入ると、播磨は普通にキスしてきた。

「……僕を諦めるの?」

「うん。シャワー、先に行っておいで」

 照れたような笑顔で僕から離れる。改めて彼を見た。背が高くて、髪もサラサラでかっこいいなと思う。

 スーツを脱いでから、今夜は帰れないと沙優里にメールを入れた。繁忙期は会社に泊まる日もあるせいか、不審がらずに了解と返ってきた。

 バスルームで諸々の準備をしていたら、

「今日は俺が下で」と播磨が入ってきた。

「あ、そうなんだ」

 いつもと違う播磨を見て、僕はまた緊張した。

 さっきの言葉は本気なんだろうか。ちゃんと聞きたいのに、播磨はしゃがんで僕のを舐め始めた。しかも根元中心のじれったい舐め方で、だんだん我慢出来ず、

「播磨っ。あんまり焦らすなよ」

「どうしてほしい?」

「……口に入れて、先も舐めて」

「ふうん。じゃあちょっとだけね」

 播磨の口の中で強く吸われて、ああっと声をあげてしまう。気持ちよさに悶えていると、

「ベッドに行こうか」と言って僕を軽々と抱き上げた。横になった僕の上に乗り、慣れた感じで自分の中にゆっくり入れる。播磨の中は熱く吸いつく感じで、まだ半分しか入ってないのに僕は射精してしまった。

「……ごめん」

「いいよ。俺も出ちゃった」

 ティッシュで前を押さえて、播磨が恥ずかしそうに笑う。後始末した後、播磨に腕枕されて少し話をする。

「うちの両親、すごく喜んでるよ。播磨が店を継いでくれて、デパートの中にチェーン店まで作ってくれたってさ」

「俺なんて大したことしてないよ。きよらは独立する夢、着々と進めてるんだろ?」

「うん。遅くても二年後には、地元で会社を起したいと思ってる」

「沙優里ちゃんと学生結婚した時も驚いたけど、きよらは俺の想像の斜め上を走ってくよな。こんなに華奢で、一見ひ弱そうに見えるけど、誰よりも男気のある奴だと尊敬してる」

「そんなに褒められると気持ち悪いな」

 顔を上げると待ってたかのようにキスして、

「そろそろ二回戦やろーぜ。俺の中、気持ちよかっただろ?」

「……うん」

 また元気になった僕は、今度は自分から播磨の中に入った。突いてるうちに播磨がすごく悶えだして、その顔のエロさに早くもいきそうになる。

「ああ、きよら……すごくいいよ」

 締めつけが強くて、動くのが大変だ。何度も痙攣するように播磨がいった後、僕は体位を変えてみた。後ろから強めに腰を振り、まるで絞られるように射精する。これ、やばい。癖になりそうなぐらい気持ちいい。

「播磨……。おまえの体が良すぎて、全然続かないよ」

「三回戦やる?」

「ん。でももうちょっと、休憩してからにして」

 その時の嬉しそうな笑顔を、僕は一生忘れない。

 それから数日後、播磨は恋人と練炭自殺を図った。理由なんて誰にもわからない。ただ僕にわかったことは、あの日播磨は、別れを告げる為に会いに来たってこと。時々思う。播磨にとって、そして僕にとってもあの夜は、永遠に忘れられない時間になった。もう取り戻せない時間、それはいつか色褪せてただの思い出の一つになる。早くそうなればいい。こんなことになるなら播磨を選べば良かったと後悔している僕を、誰か戒めてくれないだろうか。


 同窓会の次の日、母と話をした。いつもの席に播磨は座っていて、僕に向って微笑んでいる。

「俊作っていつもあの席なのよね」

 母にも同じ姿が見えるようで、不思議そうに首を捻った。

「ここで働いてる期間の方が長かったのに。学生服の俊作は、ここでずっときよらを待ってるのかしら」

「うん。待ってるかもしれないね」

 泣きそうな気分だったけど、僕は頷いて母を見る。

「高校の時、僕に別れを告げたのをずっと後悔してたみたいだから。そう思うとさ、播磨を選ばなかった僕が、あいつを殺したようなものだよね」

「ん? それはどうかな」

 父もやって来て、カウンターにコーヒーを置く。

「あいつの自殺の理由は今でもわからん。多少はきよらの影響もあるかもしれんが、きっとそれだけじゃないよ。コップの水が小さな一滴を加えただけで溢れるように、何かがあいつの決意を後押しした筈なんだ」

「それに気づけなかった私たちにも、罪はあるのよね」

 母はため息のように呟いて、

「一番近くで俊作を見ていたのに。きよらの後悔と同じよ。救えなかった罪はとても大きいわ」

「俊作に関わった奴はみんな同じように後悔して、今も傷ついてるんだ。きよらだけが苦しむことはない。終わってしまったことは、もう取り戻せない。生きてる者は前を向いて歩いて行かなきゃ」

 それがあいつへの供養になるから。

 顔を上げると父も母も泣いていた。僕も目を押さえて嗚咽を堪える。いつも適当なくせに、こういう時だけまともなことを言ってずるいよ。

 店のドアが開いて、沙優里と息子の作弥が入ってきた。両親が飛ぶようにカウンターから出てきて、作弥の元へ近づく。播磨がどうしてるのか気になって、いつもの席を見ると、もうあいつの姿は無くなって、置いた筈のないペアのネックレスがテーブルに残されていた。

                                       END

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女装男子の僕と一生離れない彼 千花 @Chihana229

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