vol.7

 それから数週間後のバレンタインデー。僕は過去最多のチョコをもらい、待ち合わせてた沙優里と一緒に下校した。心なしか機嫌の悪い彼女と、美味しいと評判のスイーツ店に入ってケーキを頼む。

「これさ、賀茂先輩効果なんだって」

 チョコが入った袋を見せて、僕は微笑む。

「クラスの子が話してた。沙優里が好きになる相手だから、二割増しぐらいイケメンに見えるらしいよ」

「それ、微妙に失礼だよね」

「全くだよ。それで沙優里からのチョコはいつもらえんの?」

 僕が出した手を軽く叩いて、私の部屋に置いてるよと微笑む。最近、週二ぐらいで泊まりに行ってて、さすがにあの両親も呆れてるんだけど。

「沙優里って案外、野獣だよね」

「きよらに開発されたから」

 嘘ばっかり。一ヶ月前まで童貞の僕に何を言う。

「播磨もチョコ貰ってたよ」

 眉をキュッと寄せて、そうと頷く。また怒らせたかな。

「まさかと思うけど、あげてないよね?」

「その冗談、つまらないよ」

 笑って彼女の頬を触る。少し赤くなって、

「前は可愛いって感じだったけど、最近のきよらはかっこいいよ。男っぽさが表に出てきた感じ」

「なら安心しなよ。播磨はもう全然絡んで来ない。教室でも女子とばっかり話してて、僕たちとは縁を切った感じなんだ」

「そうね。お店にも来ないよね。ママさんたちも会いたいって、こないだ話してて申し訳ないなって思うもん」

「それは僕たちの話だから。沙優里が気にしなくていいんだよ」

 播磨のことはずっと観察してて、いつ話しかけられても大丈夫なように準備している。でも何となくだけど、このままずっと僕に接触しないような気がしてた。一生友達でも構わないと言ってた癖に、人は平気で嘘をつくものだ。

 だけどもそれから数日後、僕はカウンターの中で播磨と並んで立っていた。父が足の骨折で入院してしまい、店は夜間営業のみにして播磨が料理を担当し、僕はアシスタントとして彼の用意を手伝うことになったのだ。

「きよら。冷蔵庫から卵」

 播磨に指示された僕は、卵を出してボウルに割り入れた後で渡す。彼は小さなフライパンで卵焼きを作り、サンドイッチを作る手際もなかなか良くて驚く。

「俊作くん、ナポリタン一つ」

 笑顔の沙優里がやって来て、僕を軽く睨む。何もしてないのにと思いつつ、播磨から離れようとしたら腕をつかまれた。

「ちょっと味見して」

 僕の口にパスタを入れて、どうかなと播磨が聞いた。父の作る味に似ていて、美味しいと答える。

「ちょっと俊作くん。職権乱用」

 沙優里が気づいて目を吊り上げた。急におかしくなって笑うと、播磨も楽しそうに笑う。彼の笑顔を見るのは久しぶりで、かなりホッとした。

「ごめんな」

 レタスを洗いながら、播磨が謝る。

「一生離れないって言ったのに。こんな機会がなかったらまだ話してなかった」

「ううん。無理しなくていいよ。僕たちのこと、見たくないよね」

「いや、そんなんじゃない。……ずっと後悔してたんだ。どうしてあの時、別れようなんて言ったのか。俺から言うべきじゃなかった。きよらが決めるべきなのに、俺はおまえを手放した」

 もう二度と、離れる気はないから。

「きよらがそばにいるのを許してくれるなら、だけど」

「もちろんだよ。播磨は大事な友達だもん」

「良かった」

 ホッとしたように彼は笑い、またパスタを茹で始めた。


「じゃあ、俊作くんと仲直りしたんだね」 

「うん」

 沙優里の部屋で裸の彼女と向かい合わせに座り、僕は微笑む。いつ見ても綺麗な体で、こんなに素敵な人が彼女ってやっぱりラッキーだよなとしみじみ思う。

「播磨って変な奴でさ。僕に関する夢が百以上あるんだって。その中の一つが、うちの養子になって店を手伝うこと、らしいよ」

 両親が播磨に料理を任せたのは、そんな彼の想いを知ってたから。

 僕は何も知らなかったけど、随分前から父にうちのレシピを教わり、家で練習してたらしい。

「それであんなに上手だったんだ。なんか、すごいね。きよらのこと、そこまで好きなんだ」

「うん。敵わないんだ。僕はあんなに人を好きになったこと、一度もないなと思う」

 沙優里の乳首を軽くつまんでみる。記念にビデオを撮らないかと提案され、いざ撮影ってなったら変に照れてしまって、裸のままつい雑談していたのだ。

「……私も同じね。きよらの為に大学を諦めるとか、そういうの無理だもん」

「普通はそうだよね。播磨が変なだけだよ」

「悔しいな。彼に負けてる気分」

 僕のを触り、彼女はしゃがんで口を付けた。いつもより丁寧に舐めてる様を、僕は携帯電話で撮影する。

「ヤバいなあ。すごくエロい」

 気持ち良すぎたので止めてもらい、沙優里に携帯電話を渡す。彼女の足を開き、同じようにしゃがんで舐めてあげる。

「ちゃんと撮ってる?」

 顔を見上げると、うんと真っ赤な顔で頷く。いつもより感じてるのかグショグショで、そのまま電話を持たせて中に入る。悲鳴をあげてすぐにいったらしく、彼女の手が震えて電話が落ちた。慌てて拾い、繋がってる部分が映るように動く。

「沙優里ヤバい。もういきそう」

「……やだ。もうちょっとして」

「中に出すよ」

「まだダメ。……もっと動いて」

 甘い声を聞いていたくて、わざと話しかける。繋げたままよいしょと持ち上げ、僕は寝転んで彼女を上に乗せた。そして沙優里に動いてもらって撮影を続ける。この角度がやっぱり一番エロいなあと思ってたら、いくと言って彼女は体をぐっと反らせた。

「いったの、沙優里?」

「うん。今日はダメ。何度でもいっちゃう」

 とても色っぽくて、そろそろ僕も我慢が出来なくなる。

 彼女を四つん這いにさせて、後ろから入るところをゆっくり撮影した。アップで見るとエグいので、少し離して撮影するけどブレてそうで加減が難しい。

「きよら、それダメ。奥に当たってる」

 ゆっくり深くが良かったのか、沙優里はまたいった。最初に比べて、かなり声が出るようになったな。そういう意味では開発してるのかも。なんて考える余裕もなくなるほど締められて、

「沙優里、締めすぎ。もうマジでいくから」

 電話を彼女に持たせて下から撮ってもらい、いく前にまた電話を受け取って射精した。

「なんかすごいの撮れたよ」

 クタクタになってる彼女の横に寝転び、僕は動画を再生する。待ってと彼女は止めて、

「またしたくなるから今日はやめよ? ねえ、きよら。私、春からあなたがいなくて大丈夫かな。絶対に恋しくなると思うと、怖くなってきちゃった」

「夏休みに帰って来れば? でもその頃にはもう、新しい彼氏出来てるんじゃないの?」

 自分の言葉に自分で傷つく。沙優里が他の男に抱かれるのを想像して、胸が裂けそうな痛みを感じた。でもこの想像は多分、百パーセント現実になる。春になれば沙優里はいなくなり、お互い違う相手と今みたいな事を繰り返すんだ。

「そんなこと言わないで」

 彼女は泣いていて、僕にぎゅっとしがみつく。

「きよらと離れたくない。……好きなの」

「そんなの僕だって」

 長々とキスし、沙優里の涙を拭う。さっきの動画の中では言ってなかったことに気づき、もう一度録画ボタンを押す。沙優里にキスして好きだよと告げると、私も好きと彼女は恥ずかしそうに笑った。


 それから一週間後に父は退院した。でもまだ調理場には立てなくて、播磨に引き続き手伝ってもらうことになった。最初に比べて手際も更に良くなり、普段の店並みには回せるようになってて、父も播磨を大絶賛した。

「このままうちに来てもらえたら、本当に助かるんだけどなあ」

 父の言葉に照れる播磨を見て、

「でもそれじゃ、父さんの仕事が無くなるよ」とつっこみを入れる。

「それなら店内の手伝いも、兼ねたらいいだろ? 春になれば沙優里ちゃん、いなくなるんだし」

 あ、そういうこと言うんだ。僕が睨んだのに父は気づいて、

「播磨くんが良ければってことで。まあ、考えといてよ」と彼の肩に手を置いて、松葉杖でカウンターから出ていった。

「今、彼女とはどんな感じ?」

 播磨が尋ねて、僕はうんと下を向く。

「考えないようにしてるし、前よりも仲良しだよ。でもやっぱり辛いな。遠距離って手もあるけど、それはなるべくしたくないから」

「なんで?」

「新しい世界に進むのに、足枷にはなりたくないでしょ? たくさんの人と出会う筈だもん。過去は思い出にして、アルバムに入れればいいよ」

「大人な発言」

 播磨は笑う。でも、綺麗ごとにも聞こえると言う。

「本当に好きだから離れるのか、本当に好きなら遠距離続けるのかは、微妙なとこだよな」

 播磨はいつも熱くて、僕にはそれが羨ましい。

 ふうっとため息をついて、カウンターに肘をつく。そのタイミングで高宮くんと島咲くんがやって来て、僕はテーブル席に案内した。

「きよら、コスプレ辞めたんだってな」

 島咲くんが微笑んだ。前よりも更に綺麗になってて、これが恋の力なのかと驚く。

「うん。もう必要ない」

「わかる。僕ももう、するつもりないよ」

 隣の高宮くんがニヤついてて、妙に腹が立つ。

 それから沙優里の話になり、不思議な気分だよと島咲くんが笑う。

「みつると付き合ってる時は、彼女のこと大嫌いだったけど、きよらの相手ってなると好感度が上がるんだよな。昼休みに仲良く弁当食べてるじゃん? あれも見てて微笑ましいよ」

「もうすぐ学校に来なくなるから」

 俯くと少し泣きそうになる。卒業式まであと僅か。沙優里が向こうに行くまで、もう一ヶ月もない。

「今しか出来ないことをしようって、二人で計画立ててるんだ。とりあえず毎日一緒に下校するとか、春休みには一泊旅行するとか。ホワイトデーに遊園地で遊んだり、沙優里が春から住むアパートを見に行って、大学も……」

 話してるうちに悲しくなってきて、僕は両手で顔を覆う。ヤバい。号泣しそうだ。

 隣の席に誰かが座って、僕の肩を引き寄せる。

「ちゃんと、いい恋してるじゃん」

 播磨の声が優しくて、僕は子供のように泣いた。


 それから一ヶ月後。沙優里は笑顔で旅立った。

 その一年後に僕は東京の専門学校に進学し、彼女と同居を始めた。

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