画皮のアトリエ

朽木桜斎

仕置き絵師の日常

「はれ~っ!」


 ポストへ新聞を取りに行った祖母・鹿井セツかのい せつを、中型バイクが張り倒すように幅寄せしていった。


「おばあちゃん、大丈夫!?」


「あたた、こ、腰が……」


 大けがではないとはいえ、打ち身をしたセツは腰をさすっている。


「おのれ~」


 鹿井羅紗かのい らしゃは激怒した。


 わたしの大切なおばあちゃんをよくも……!


 彼女は持っていたタブレット端末を起動した。


「イマニ、ミテロ……」


 羅紗は指先を走らせ、ディスプレイ上に獰猛な山犬の絵を描いた。


 線画の目が赤く光り、平面からすばやく飛び出す。


「クラッシュ・エ~ムっ!(やっちまえ!)」


 山犬の影は周囲の色彩を取り込み、たちどころに下塗り、そして陰影をつけられる。


「うお?」


 バイク野郎のうしろから、凶暴なビーストが追いかけてくる。


「ひ、ひえ~っ!」


 男は操作を誤り、中古車販売店の廃タイヤの山の中へとつっこんだ。


 何事かと物見のモブがぞろぞろ集まってくる。


「おい、救急車!」


「警察も!」


 たいしたけがはしていない。


 そうなるように、羅紗が加減したからだ。


 怨は同じぶんだけ返す。


 それが彼女の信念だった。


「ざまあ」


 羅紗はほくそ笑みながら、セツに肩を貸して家の中へ入った。


「羅紗ちゃん、やったね! 見事な仕置きだったよ~」


 ゼリーのような饅頭がうれしそうに飛び跳ねる。


画皮がひくん、これも世のため人のためなんだよ~」


 祖母を上がり場へ座らせ、彼女はそのおいしそうな生き物をポンポンとなでた。


 画皮は妖怪だ。


 羅紗が祖母と中国旅行をしたとき、ようわからんが取りついてきて、いまにいたる。


「ほんと、羅紗ちゃんはやさしいんだから。あんなクソ野郎、それこそ八つ裂きにしても飽きたらないのにい」


「おばあちゃん、それはわたしのポリシーに反するのよん?」


「天使だわ、天使。本来ならあんなやつは、犬の胃袋の中へでも入るのがお似合いなのにねえ。ほんと天使、エンジェルだわよ~」


「いいことしたらおなかがすいてきたわ。おばあちゃんの作ったあんみつが食べたいなあ」


「ほほほ、しからばかわいい孫のために腕を振るっちゃうわよ~」


「今日も素敵な一日になりそう。お絵描きお絵描き楽しいな!」


 なんでもない。


 これは「仕置き絵師」を自称する少女の、実になんでもない日常だったのだ。

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画皮のアトリエ 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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