世界がモノクロに見えた

桜小町

第1話 春が嫌いだ。

世の中に たえて桜の なかりせば

春の心は のどけからまし


桜の見頃を迎えていながら、風で散りやしないかとソワソワするから、全く桜がこの世から消えたら、どんなに穏やかでいられるだろうという気持ちを詠んだ歌らしい。


実際、桜なんてなければいいのにと思う。

桜を見てしまうとあの出来事が蘇ってしまう。

散っていった桃色の絨毯が血飛沫に見えてしまう。だから春は嫌いだ。


空気は若干の涼しさが残るのに、太陽が温かく包み込むおかげで、不気味だけど過ごしやすい。そんな春が嫌いだ。


あの事件から2年の月日が経った。

家の近くの桜が誇り咲き、生温かい風により散っていく。そんな景色を見るたび、胸が痛む。

春は過ごしやすい?ふざけるんじゃねえ。

桜は血飛沫に、この春の暖かい気候は悪寒に、変換されてしまった結果、残るのは絶望しかない。


新しい生活に向けて希望を見出す春。だけれども、血飛沫が舞った春から、希望は半永久的に消えた。二次方程式は解ける。関係代名詞も、江戸幕府五代将軍の名前も知っている。

それなのに、将来の夢とか、目標とやらは分からない。いや、失った。いや、そんなものは存在していなかった。あの時から今まで生きているが、この状態は、「生きる屍」とも言える。


こんな世界は白黒モノクロでしかない。

今、桃色の桜を見ている。自分の体はこの世界を色があると認識している。白黒テレビの世界を生きているわけではない。

だけど、自分の心がこの世界を色がついたものだと認識することを許してくれない。


全て、が悪い。


あれのせいで、償いきれない罪を背負った。

あれのせいで、希望を失った。

あれのせいで、自分も屍となった。


人生を楽しむ権利、気概を剥奪された。

あの事件から2年....なぜか二周忌というものは存在しないらしい。不思議だ。


何がしたいのかわからない。

反芻する記憶、屍としての自覚、眼前に広がる血飛沫、これらが一気に蘇る。


だから春は嫌いだ。


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