最終話
どちらからともなく、わたし達は互いの体を離した。
いつの間にか、わたしの目には涙が浮かんでいる。
「ねえ、来年の……ハロウィンの夜がきたら、また会える?」
チハルは涙目になりながらも、笑顔で頷いた。
「うん、人間界まで会いに行くよ、絶対!」
「一年に一度の夜だけなんて、短すぎるわよっ……! もうっ!」
「ジェシカ……ううっ、わたしだって、寂しいよぉ……!」
わたしとチハルは、幼い子供のように涙を流し続けた。
涙はなかなか止まってくれない。
やがて鼻をすすりながら、チハルが宣言した。
「……わたし、決めたよ。もっといっぱい修行して……できるだけ早く、上級魔法使いになる!」
「? 上級魔法使いに?」
「あのね、聞いたことがあるの。実力のある上級魔法使いは……ハロウィンじゃなくても、人間界へ行くことができるって!」
わたしは目を丸くした。
「! それって……ほんとなの!?」
「うん! 魔法界と人間界の
チハルの両目から溢れる涙が、希望に満ちた輝きを放った。
彼女はわたしの手を取り、ぎゅっと握りしめた。
「今は一年に一度しか会いに行けないけど……上級魔法使いになれば、いつでもジェシカに会いに行ける。わたし……頑張るよ!」
わたしはチハルの手を握り返した。指を絡めると、新たに涙がこぼれ落ちた。
上級魔法使いになるまでの道のりは、簡単なものではないだろう。
しかも、チハルは『本当にすごい上級魔法使い』にならなくてはいけないのだ。
どれくらい時間がかかるのかは分からない。
それでも、チハルなら絶対に実現できるはず。彼女と手を繋いでいると、不思議なくらいそう信じることができた。
「……うん、待ってる。待ってるから……上級魔法使いになって、会いに来てね。チハル……!」
「約束するよ、ジェシカ!」
わたしとチハルはもう一度、ぎゅっと抱きしめ合った。
──────────────
やがて、アキトが迎えにきた。
エディとサラは無事に人間界へ帰ったようだ。
カフェに戻ると、店内にはわたし達しかいなかった。
「……よし、これでいいだろう」
カフェの床に描かれた魔法陣を見て、アキトが満足げに言った。
「この魔法陣で、人間界に帰れるんですか?」
アキトが魔法で描き出した、不思議な
人間界でチハルが発動させたものと似ているが、少し絵柄が違うようにも見える。
「ああ、今はまだハロウィンの夜だし、この魔法陣は特別なものだ。人間のことも送れるようにしてある。問題なく、君を人間界に帰すことができるよ」
「そうですか……あの、ありがとうございます、アキトさん。いろいろとお世話になりました」
「これくらいはどうってことない。君も……ご苦労だったな」
アキトは静かに微笑むと、わたしにしか聞こえない声で「チハルのこと、ありがとう」と付け足した。
先ほど、チハルがアキトとリーゼルに『物を修復する魔法が使えたの!』と誇らしげに報告していた。
おそらく、そのことを言っているのだろう。
「いえ、わたしは……別に何も……」
言葉に迷っているうちに、アキトはスッとその場を離れてしまった。
「ワンッ!」
アキトと入れ替わるようにして、リーゼルがわたしのそばにやってきた。
どうやら、リーゼルもわたしを見送ってくれるようだ。
わたしはリーゼルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「元気でね、リーゼル。アキトさんと一緒にグレイを捕まえてくれて、ありがとう」
「クーン……」
リーゼルは尻尾を
寂しがってくれている──のだろう。
「……魔法陣の中心に立ってくれ。その状態で魔法陣を発動させれば、君は人間界に帰れる」
アキトに指示された通り、わたしは魔法陣の中心に立った。
「ジェシカ……」
魔法陣の外から、チハルがわたしに声をかけた。
一度は止まった涙が、また彼女の目元に浮かんできている。
「今夜のこと、忘れないでね……! 来年のハロウィンに、会いに行くからね!」
「忘れるわけないでしょ! せっかく忘れないでいいって言われたんだから……絶対に忘れない!」
わたしはしっかりとチハルを見つめた。彼女の姿を目に焼き付けるように。
「……それじゃあ、魔法陣を発動させるぞ」
「待って!!」
魔法陣に向けて手をかざしかけたアキトを、チハルが制した。
チハルはわたしのもとに駆け寄り、そっと顔を寄せてきた。
そして、わたしの
「約束……絶対守るから……!」
「うん、信じてるよ。可愛い魔法使いさん」
わたしは、そっとチハルの髪を撫でた。
「「じゃあ、またね!」」
わたし達は同時にそう言った。
チハルは名残惜しそうにわたしを見つめてから、スッと魔法陣の外に出た。
それを確認し、アキトが魔法陣に向けて手をかざした。
紋様全体が輝き出す。
光は徐々に大きくなり、わたしを包み込んでいった。
今夜はもう泣かないと決めたのに、涙が一気に溢れてきて、わたしはぎゅっと目をつむった。
そして目を開けた時、そこはもう魔法界ではなかった。
──これが、わたしとチハルの別れ。
忘れられないハロウィンの思い出と共に、わたしは人間界に帰還した。
家に着いたら、パパとママに『帰るのが遅い』って怒られるだろうな。
それから、パーティーに行けなかったことを、ケイティに謝らなくちゃ。
そうやって、わたしはわたしの世界の、日常に戻っていく。
わたしは最後にもう一度、涙を拭った。
この先何が起こるかは、まだ分からない。
でも、わたし達は絶対にまた会える。
次に会った時、チハルはきっと、素敵な魔法をたくさん見せてくれるだろう。
今度はわたしがチハルに、人間界の話をするのもいいかもしれない。
(……チハルは『すごい上級魔法使いになる』っていう目標を見つけたのよね)
今のわたしにはまだ、将来の夢や目標のようなものはない。
でも、何かを始めたい、夢中になれるものを見つけたいっていう気持ちが、ふつふつと湧き上がってくるのを感じる。
(次のハロウィンまでには、わたしも……)
自分の夢を見つけることができるかもしれない。
その時はチハルに報告しよう、胸を張って。
(……なんだか、ワクワクしてきちゃった!)
わたしの心は今、満月のように輝いている。
『ガールミーツワンダーハロウィン』
~終わり~
ガールミーツワンダーハロウィン 胡麻桜 薫 @goma-zaku-12
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