第14話
丘の
わたしとチハルはそのベンチに並んで腰を下ろし、丘に散らばる落ち葉を眺めていた。
「……ねえ、アビーが言ってたこと覚えてる? わたしは『攻撃系の魔法しか使えない』って」
「うん、覚えてる」
「あのね、魔法にはたくさん種類があるの。手を触れずに物を動かしたり浮かしたりする魔法とか、アキトがわたしに使ったような回復魔法とか、それから、壊れた物を修理する魔法とか……とにかく、たくさん。でもね、わたしは攻撃魔法しか使えないの」
チハルは、もどかしそうに自分の両手を見つめた。
「攻撃魔法……つまり、傷つけたり壊したりする魔法だけ。他の魔法を使おうとしても、なぜか失敗しちゃうんだ」
「そうなんだ……」
「魔法学校の生徒だった時には、魔法に失敗して、授業中に何度も教室の備品を壊しちゃった。それに……例の、銅像を壊したっていう事件もあった。そのせいで、アビーや他の生徒達から『危険人物』って言われるようになって……学校にいるのがどんどん嫌になって、結局、学校を辞めちゃった」
「……」
「学校を辞めた後、アキトに弟子入りして、魔法の練習を続けて……攻撃魔法は上達したんだけど、他の魔法は相変わらず全然ダメ。失敗しちゃうの」
わたしは黙ったまま、チハルの話に耳を傾けていた。
チハルの苦悩が伝わってきて、わたしまで泣いてしまいそうだった。
「……アキトいわく、わたしは無意識のうちに『自分には攻撃魔法しか使えない』って決めつけて、自分で自分の力を抑え込んでるんだって。だから思い込みを消して自信を持てば、他の魔法も使えるようになるはず……って、そう言われたんだけど、うまくいかないんだよねえ」
チハルは溜息をつき、悔しさを紛らわせるように足を揺らした。
「あ~あ、せめてグレイと戦った時に、もっと活躍したかったなあ! グレイを弱らせたのはジェシカのポシェットビームで、捕まえたのはリーゼルとアキト。わたしは、なーんにもできなかった……攻撃魔法を活かすチャンスだったのに」
「何言ってんのよ。グレイがボードゲームから飛び出してきた時、魔法を使ってエディとサラを助けてくれたじゃない」
「そうだけどさ……カッコ悪いよ、わたし」
「チハル……ん?」
その時、わたしは膝の上に置いたポシェットに、小さな違和感を覚えた。
「あっ、
ジャックオーランタンに付けられた肩紐の一部が、切れかかっていた。
かろうじて繋がっているが、今にも千切れてしまいそうだ。
(いつの間に……?)
ひょっとすると、ジャックオーランタンがビームを発射した時に、紐がその衝撃を受けたのかもしれない。
「ポシェットの紐、切れかかってるね……」
チハルが、わたしの隣からポシェットを見つめた。
「うん。紐が切れたらバッグが落ちちゃう。気づいてよかった……あっ」
わたしは、あることを思いついた。
「──チハル」
「なに?」
「ポシェットの紐、魔法で直してみて」
そう言って、わたしはチハルにポシェットを差し出した。
「ええっ!?」
チハルは、座ったまま飛び上がりそうなくらい驚いた。首をぶんぶん横に振るばかりで、ポシェットを受け取ろうとはしない。
「む、無理だよ~!! ジェシカ、今の話聞いてなかったの!?」
「ちゃんと聞いてた。思い込みを消して自信を持てば、使えるかもしれないんでしょ? 失敗してもいいから、挑戦してみてよ」
「うっ……」
チハルは切れかけた紐を見て、それから恐る恐るわたしの目を見つめた。
「……もし失敗したら……ポシェット壊れちゃうよ?」
わたしは肩をすくめた。
「いいわよ」
「失敗しても怒らない? 笑わない?」
「怒らないし、笑わない。当たり前でしょ……あのね、チハル」
わたしは不安そうなチハルの目を、しっかりと見つめ返した。
「わたしは今日まで、魔法界の存在を知らなかった。自分が魔法界に行って、本物の魔法使いと出会うことになるなんて、思いもしなかった。別の世界なんて存在しないし、行くこともない。それが当たり前だと思ってたの。でも、わたしはこうして魔法界に来て、魔法使いの女の子と友達になれたわ」
「ジェシカ……」
気恥ずかしくて、わたしはやや早口になった。
「つまりわたしが言いたいのは、自分の思ってることが絶対だとは限らないってこと。自分の中にある常識なんて、簡単に
わたしはベンチに置かれたチハルの手に、そっと自分の手を重ねた。
「……変えることができるって、信じてみてよ。わたしも一緒に信じるから」
「信じる……」
その時、チハルの瞳が
「……わかった、やってみるよ」
その表情を見て、わたしはそっと手を離した。
チハルはわたしからポシェットを受け取ると、膝の上に置き、紐に手をかざした。
そして目を閉じ、意識を集中させた。
わたしは、心の中で必死に応援した。
(頑張れ、チハル……! 頑張れ!)
チハルは目を開くと、ハッキリとした声で言った。
「お願い、直って! リペア(修復)!」
何も起こらない。
わたしとチハルはそろって息を呑んだ。
(……大丈夫、チハルなら絶対できるはず!)
「リペア!」
チハルはもう一度唱えた。
次の瞬間、紐の切れかけた部分が、淡い光に包まれた。
小さくて
(あっ……!)
光は少しだけ大きくなった直後、音もなく消えてしまった。
そして、光が消えたあとには──。
「! 繋がってる……! ちゃんと直ってるわよ、チハル!!」
ポシェットの紐を見て、わたしは思わず叫んでしまった。
切れかけた部分が、繋がっていたのだ。
ジグザグに縫い合わせたような継ぎ目が見えるが、しっかりとくっついている。
「成功、した……?」
チハルは呆然と紐を見つめている。
「そうよ! 成功したのよ!」
「……使えたんだ……わたしにも、攻撃系じゃない魔法が使えた……!」
チハルは喜びを噛み締めるように、ゆっくりと言った。
そして、感極まってわたしに抱きついてきた。
「できたよ、ジェシカ! 本当にできた!!」
勢いよく動いた反動で、チハルの膝に置かれたポシェットが落下しそうになる。
「! ちょ、ちょっと! ポシェットが!」
「ああっ、ごめん!」
チハルは慌てて離れると、落ちかけたポシェットを掴み、照れくさそうにわたしに返した。
「はい、返すね。えへへ……せっかく直したのに、危うく落としちゃうとこだったよ」
「もう……喜びすぎなのよ」
わたしはポシェットを受け取り、直りたての紐を肩にかけた。
そして、今度はわたしから、チハルを抱きしめた。
「直してくれてありがとう。それから、おめでとう。よく頑張ったわね」
「ジェシカ……! お礼を言うのはわたしの方だよ。ありがとう、ほんとに……ありがとう!」
そう言って、チハルはわたしを抱きしめ返した。
互いをぎゅーっと抱きしめると、感じる体温の分だけ、もうすぐお別れなんだという寂しさが込み上げてきた。
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