第30話 クリスマス

「もしもし母さん? ぼくだけど」

昼が過ぎた頃に目が覚めたジェイミーは、彼の母へと電話をかけていた。

「どうしたの。自分から連絡よこすなんて珍しいじゃない」

電話の向こうの母は、いつもの通りカラッとした元気な声だった。

「あー……その、単刀直入に言うけど、図書室の地下って見て良いものだった?」

その質問に彼の母は一呼吸置いて、またいつもと変わらない様子で返した。

「見ちゃった?」

「ちょっとしか読んでないけど、大分まずいものだったりする?」

「うん~~~にゃ~~~~君が成人するまでは、隠しておこうと思ってたんだけどな~」

「そっか……」

「見ちゃったものは仕方がない。帰ったらちゃんと説明するわ。この家が古くから負っている使命のこと」

「うん」

ジェイミーはここからもっと色々なことを聞きたかったが、母は次の話題へと話を切り替えてしまう。

「それはひとまずおいといて、鎮龍祭の準備はちゃんと済ませた?」

「……薬品の点検と、魔法具の準備は終わらせてあるよ。いつも通りにやれば良いんでしょう」

「ええ。隣で見せてたからやり方はバッチリよね」

「多分大丈夫」

「あっちの領主にも手紙寄越してるから、そう困ることもないと思うけど……まあ、頑張って!」

「はいはい」

「それとクリスマスも近いけど、今年はどうするの?」

「クリスマス……クリスマスかあ。早いね」

ジェイミーは壁のカレンダーを見やって、ぼんやりとそう思った。

「カミラちゃんも今年は家に帰れないんだから、クリスマスのお祝いやってあげなきゃだめよ」

「そっか。クリスマスって毎年何してたっけ。父さんが死んでからはもうめっきりじゃない」

「家の中にツリー飾って、チキンとクリスマスケーキとプレゼント! 毎年やってあげてたのに忘れちゃったの?」

「やってない期間の方が長いよ」

「それはそうでした」

てへへと電話の向こうで笑う母にため息をつく。

この魔法島の中でクリスマスというのは、魔法族にとっての異教の祭りである。その行事が浸透し始めたのは勿論戦後のことで、元の宗教のニュアンスみたいなものはあんまり伝わっておらず、ジェイミー達はチキンとクリスマスケーキを食べる日だとなんとなく思っていた。サンタクロースがやってくるというのもあまりよく理解していないのである。

「ねえ、女の子にプレゼントあげるのってどうしたら良いと思う?」

「そんな事言われても、お母さん若い子の欲しい物なんてよくわからないわよ。その子がどういう子なのかよくよく考えてあげるのがいいんじゃない。心のこもったプレゼントってそういうものでしょう」

「それはそうかも……まあ何か考えておくよ。帰ってくるのっていつになりそうなの」

「早くて2月ね。遅くなるようでも3月までには」

「了解。身体に気をつけて」

「ありがと。あなたも頑張りなさいよ」

そうして電話は切れてしまった。ジェイミーは結果的に何も教えてもらえなかったので、なんだかもやもやした気分だったが、母はいつもこんな感じなので仕方がないと割り切った。帰ってくれば地下室の説明はしてくれるだろう。


それよりも日が近いクリスマスのほうが気がかりだった。カミラに何をしてあげられるだろうか。

父さんが生きていた頃はクリスマスにパーティーを開いて、使用人も近所に住んでいる人も皆集まって楽しく食事をしたりしたんだっけ。それも随分と遠い記憶で、今パーティーを開くような気分にはなれない。

きっとユアンやクロードくんを呼んだら来てくれるだろうけど、彼らにはもう家庭があるのだ。

今年は二人でこじんまりとした会にしようとジェイミーは思った。

そうと決まればネット通販のサイトを開いて、チキンの予約を取る。他にもクリスマスのごちそうになりそうな食材を頼んだ。ケーキも予約をしてしまおうと思ったが、カミラがどんなケーキが食べたいのかわからないのでひとまず保留だ。

そしてインターネットの美味しそうなものを眺めていると、「ぐう」とお腹が鳴りはじめる。起きてから何も食べていないので、お腹が空いてしまった。

とりあえずなにか腹に入れようと思い、ジェイミーは寝間着のままキッチンにやってきた。


キッチンの中は甘い香りが漂っており、カミラがホットケーキを焼いていた。

「おそようございます。先生も食べますか?」

「うん。食べる」

ジェイミーは食器棚から自分の皿を持ってきて、コンロの横へ置いた。

「母さんに地下室のこと電話してみたんだけどね、結局詳しいことは帰ってきてからだってさ」

「それは残念です」

カミラはホットケーキのプツプツと生地に泡が浮いてきたので、それをフライ返しでひっくり返す。

「それと1月に南部で祭りがあるんだけど、一緒に来る?」

「行かなかったら私は屋敷に1人ですか?」

「いや、学院の寮に預けるよ」

「なら行きます。お祭りってどんなものなんです?」

「出店が出たり、ステージで楽団のコンサートがあったり色々。ぼくの方は色々準備があるから、そっちの方は行けないけど。一人で見て回れる?」

「回れると思いますが、準備って何をするんです?」

1枚ホットケーキが焼き上がったので、カミラはそれを皿に移す。

「古龍を眠らせるために毒薬を注入するんだよね」

「お祭りなのに?」

「元々古龍が寝静まったことを祝う祭りだからね」

「なるほど。興味深いです。私も立ち会えないんですか?」

「それはちょっと難しいかなあ」

「残念」

カミラはあっさりとした声でそう言うと、2個目のホットケーキを焼き始めた。

立ち会わせろとごねるかと思ったが、すんなりそれを受け入れたので意外だった。

「もっとごねるかと思った」

「ドラゴンにはあんまり興味ないので。できるならば不老不死の儀式の材料に鱗の一つでも剥がして持ってきてほしいですが、他が手に入らないならば仕方がないでしょう」

「案外潔いんだね」

「案外とはなんですか、案外とは」

「ふふ、ごめんごめん。あとクリスマスになにか予定はある?」

「家に帰れるなら帰りたいですけど」

カミラは少し寂しそうな声でそう言った。それを受けてジェイミーは「それは難しいかな……」と返す。

彼女が魔法の資格を取り終わるまで、この島から出ることは出来ないのだ。家族もこちらに渡航してくるには沢山の手続きが必要で、長くいるには魔素中毒の症状が必ず発生してしまう。その事をわかっていても帰りたいとこぼすのだから、いつもなんとも無いような顔をしているが、カミラは寂しい思いをしているのかもしれないとジェイミーは思った。

「寮に帰るのも嫌ですし、何も予定はないですよ」

「ぼくも予定はないんだ。カミラの家はクリスチャン?」

「そうですけど、敬虔な信徒ってほどではないですよ。あんまり神は信じていません」

「なるほど。ちなみに今年は久々にクリスマスツリーを飾ってみようかと思うんだよね。手伝ってくれる?」

久々という言葉にカミラは少し驚いてジェイミーの方を見る。

「久々って……毎年飾らないんですか?」

「父さんが生きてた頃はやってたけどね。うちはクリスチャンじゃないから……ホットケーキ焦げちゃうよ」

カミラが長く生地をひっくり返さないでいるので、ジェイミーがフライパンを覗き込んで注意をする。

フライ返しでひっくり返したホットケーキは少しだけ焦げ目がついていた。

「……これは私が食べますね。そういえば宗教の話はあまりしたことがなかったですけど、異界の信仰や、エルフ特有の信仰があるって感じですか?」

「まあそんなところ。異界の神様を信仰してるよ」

「それって、よその宗教行事をやってもいいんですか?」

「異界の神様はたくさんいるから、別に一個くらいよその神様の行事やってても何も言わないよ。そこの所結構ゆるいんだ」

「へえ……」

「異界の神話とかを調べてみるといいよ。あと、クリスマスのケーキ頼もうと思うんだけど、なにか希望はある?」

「いいんですか?」

「どのみちごちそう作るつもりだし。あったほうが良いでしょ」

「だったらいちごのショートケーキが良いです」

「オッケー」

カミラは少し焦げたホットケーキを皿へ移したが、ジェイミーがそれをひょいと自分の皿に入れてメープルシロップをかけてしまう。

「あっ! 私が食べるって言ったのに」

「焦げてない方食べな」

「も~!」

ホットケーキにフォークを突き刺して、ぱくぱくと食べるジェイミーを見てカミラは呆れた顔をしたあとに、ちょっとだけ小さな彼のことをお兄ちゃんみたいだなと思った。



12月24日。

魔法島は完全にクリスマスムードというわけでもなく、クリスマスの飾り付けが並んでいるのは東と北の地域だけである。

北の学生街に合わせて並んでいる商店街とショッピングモールをはしごしながらカミラは途方に暮れていた。

ジェイミーにあげるプレゼントが全く思いつかないのである。

ジェイミーはああ見えて物凄く立派な屋敷に住んでいて、ほしいものは何でも自分で買えてしまう。趣味はゲームと園芸らしかったが、カミラはゲームには疎かったし、園芸用品も半端なものを選んで結局使われないというのもなんだか嫌だった。

かと言って実用的なものを考えても彼の好みは全くわからない。カジュアルな服をよく着ているが、彼のサイズに合わせて服を選ぶと子ども用になってしまう。店頭にあるものはどれもこどもらしいデザインのものが多く、これを贈るのは流石に失礼だろうと思った。

自分のお小遣いの範囲であげれるものとなると、あとは本くらいしか思いつかなかったが、スプラウトヴァージュ邸の図書室の蔵書量を見るに、カミラが選んだ本がすでに家にある可能性も否めない。

そんな事を考えながら、クリスマスの音楽のかかる店の前をうろうろしていると、すっかり日は落ちてしまいバスの最終便の時間になってしまった。カミラは肩を落とし、結局収穫無しに屋敷に戻ることにした。


一方ジェイミーの方とはいうと、カミラへのプレゼントは案外すんなり決まってしまって通販で頼んでしまっていた。

彼女は勉強する時、何年も使っているであろうプラスチックの小汚く汚れたシャーペンや、ボールペンを使っている。一度、なにか思い入れのある物なのかと聞いたが、そうでもないらしく単に物持ちがいいそうなのだ。

だったらこれを期にちょっといい筆記具をあげたら彼女は大切に使ってくれるのではないかと思って、ジェイミーは赤色のペン軸に金色の金具がついたボールペンとシャーペンのセットを購入した。そしてついでに、カミラが時刻を確認するときにいつもスマホを使っているので、電子機器が使えないときのことを考えて時計も贈ることにした。シンプルなデザインの銀色の腕時計である。ジェイミーの金銭感覚からすると安い買い物であったが、カミラからすると高い買い物であることは一応ここに記しておく。


ジェイミーは頼んだ荷物が全て届いたのを確認して、食材達は冷蔵庫へ、カミラへのプレゼントは自室に仕舞った。

そして今は伐採したもみの木を居間に運んできて固定したところである。アドベントの時期を大分過ぎていたが、習慣がないので仕方のない。倉庫の遥か奥の方からクリスマスの飾りを引っ張り出し、脚立をせっせと運んでいるところだった。


「ただいま帰りました」

冷たい風の吹きすさぶ外から、玄関ホールを超えて長い廊下を歩いたあと、居間のドアを開けてカミラは温かい室内に入った。

「おかえり~ちょうどいい所に! ツリーの飾り付け手伝ってくれる?」

ジェイミーがニコニコとそう言うのでカミラはプレゼントを選べなかったことに、チクリと胸が傷んだ。

「……はい」


電飾を杖で浮かして、上からぐるぐると巻いていく。ジェイミーは引っ張り出してきたクリスマスのオーナメントを手の届く場所から枝に引っ掛けていた。

「なんだか懐かしい気持ちになるなあ」

「そうですか?」

「父さんがクリスマス好きでね、こうやって小さい頃はちゃんとツリーの木を持ってきて飾り付けをしてたなと思って」

「私の家はちゃんと毎年やるので恒例行事ですね」

「そういえば、靴下置いとくとサンタクロースってやつがくるんだっけ? カミラの家には来たことあるの?」

「先生ってサンタが居るって思ってる人ですか」

「居るって聞いてるけど?」

その返答にカミラはまだサンタを信じてる人がいるとは、夢を壊してはいけないなと思った。

「ふふ。私が小さい頃はサンタが来てちゃんとプレゼントくれましたよ」

「ぼくのところには来なかった。地球の子にだけしかこないんだって母さんは言ってたけど本当?」

「そういう家もあるし、そうじゃない家もあると思いますよ」

「家によるんだ……」

「でも、お父さんとお母さんからはプレゼントを貰っていたんでしょう?」

「うん」

「だったら問題ないですよ」

「へえ……」

ジェイミーはなんだか釈然としない顔をしていた。それが面白くてカミラは吹き出してしまう。

「なんで笑うのさ~」

「いえ、何でも無いです」

「何かあるから笑ってるんでしょ」

「なんでも無いですってば」

そんなやり取りをしながら、もみの木はすっかりクリスマスツリー然とした姿に変わった。カミラがてっぺんに星の飾りをつけるとキラキラと輝く。これはどうやら魔力を感知して光る飾りらしい。

「綺麗ですね」

「立派なツリーになった。完璧!」


ジェイミーは散らかった箱を片すと、キッチンに立ちイブのお祝いの料理を作りはじめた。

カミラも横に立って二人で分担して夕食を作っていく。

「イギリス人ってターキーを焼くんでしょう? 一応作り方調べたけど、口に合うかな……」

「ここに来てからの食事は何でも美味しいので大丈夫ですよ」

「牡蠣とサーモンも買ったんだけどこれってどこのクリスマスの食べ物だっけ」

「それはフランスですね」

「へえ~」

それからはクリスマスに疎いジェイミーに、カミラがキリスト教のクリスマスのことや大体のヨーロッパ圏の習慣を教えたりなどしながら料理をした。

ジェイミーはそれをどれも興味深けに聞き「いつか外国のクリスマスも体験してみたいな」とこぼした。

夕飯のご馳走を作り終え、2人で食べるには多い量を食卓に運ぶ。

「作りすぎちゃった」

「明日も食べればいいじゃないですか」

「そうだね」

いつもより豪華な食事に舌を喜ばせながら、イブの夜はふけていった。


クリスマス当日。

ジェイミーは起きてきてから、キッチンでコーヒーを飲んでいた。

「……おはようございます」

ちょっと罰が悪そうな顔をしてカミラがキッチンの扉から顔を出す。

「おはよう。プレゼントツリーのところに置いてあるから」

「……ありがとうございます」

「? どうかした?」

「私、プレゼントの用意が出来なくって……」

「いいよ別に、そんなこと。ぼくがやりたくてやってるんだし」

「そういう訳には……」

「まあ、いいからさ。プレゼント開けてみてよ」

テーブルの上にコーヒーの入ったマグカップを置いて、リビングのツリーの所へ行くようジェイミーはカミラを促す。

ツリーの下には小さな緑の小包と赤い小包があった。

「2つもですか?」

「プレゼントって個数制限あるの?」

「多分ないですけど……」

緑の小包を開けると、シンプルでカミラの持っている服と相性の良さそうな銀色の時計が入っていた。高級そうな箱に丁寧に収まっているそれを見てカミラはジェイミーの方をむく。

「外でスマホ使えない時にと思って。普段から使ってくれると嬉しいなと思ったから……もう一個の方も」

赤い小包を開けると、これまた上等な箱にシャーペンとボールペンが2本収まっていた。

「先生、これってすごく高級なんじゃ」

「そんな事ないよ」

「本当ですか?」

「本当本当」

「……ありがたく使わせてもらいます」

「気に入ってくれた?」

「はい。どちらも私の事考えて選んでくれたんだなって」

神妙な顔をしていたカミラから笑みがこぼれる。それを見てジェイミーもほっとして笑った。

「こんな素敵なプレゼントもらってしまっては……私からも何かを贈りたいんですけど、あなたの欲しいものが全然分からなくって。一度は買いに街へ出たんですけど、結局ダメで」

「じゃあ一緒に選んでよ」

「クリスマスじゃどこも店が閉まっているんじゃないですか?」

「それは島の外の話でしょう。25日でも営業している店ばかりだよ。予約したケーキを取りにどのみち街には行くつもりなんだ」

「分かりました」

「お昼頃に家を出るからね」

「はい」

こうしてカミラはジェイミーと一緒に北の街へまた出かけることになった。


クリスマスの街は人で賑わっていた。

冷たい風が頬を撫でていくが、広場に飾られた大きなツリーの木のオーナメントはキラキラと輝きながら揺れている。

ドイツのクリスマスマーケットよろしく屋台が立ち並び、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。

北の町は学生が多く暮らしているので、若いカップルたちが腕を組んで歩いていたり、子どもたちが屋台のお菓子を開封したりと忙しない。酒を飲んでクリスマスソングを歌って酔っ払っている大人たちも居る。

「先生、何がほしいとかあるんですか?」

「うーん特には何も。適当に店に入ってカミラがピンときたものを頂戴よ」

「むむむ……じゃあとりあえずここの店で」

小さな雑貨屋にカミラが入っていくので、ジェイミーもあとに続いた。

カランコロンと店のベルが鳴る。

店内を一通り見て回ったけれど、ピンとくるものはなかったらしい。カミラが首をふるのを5回ほど別の店でも繰り返して、とうとう商店街の端っこまで来てしまった。

「次こそは……!」

「そんなに気負わなくていいのになあ……へくしゅん!」

ジェイミーはダウンジャケットを着ていたが、防寒具は持ってこなかったらしい。くしゃみをしている彼を見てカミラはピンときた。

実用的なものを貰ったのだから、こちらもそれを返せば良い。

最期の端っこの店は幸い服屋と雑貨屋が半分半分入っているような店だったので、マフラーがすぐに目に入った。

「先生、マフラーと手袋って持ってないですよね」

「確かに。探せば屋敷のどっかにあるのかもしれないけど、ここ数十年は出番がなかったからなあ」

「何色が良いですか」

「カミラが選んで」

「ええ~……」

そう言いながらカミラはベージュのチェック柄のマフラーを手に取った。マフラーの色に合わせてもこもこの温かそうな手袋も手に取る。

「これで」

店のレジへ行き、ラッピングはどうするかと聞かれたが、ジェイミーがそのままつけていくと言ったので、値札を取ってマフラーは彼の首に収まり、手袋も彼の手に収まった。

店から出ると、先程よりも冷たい空気が全身を包んだ。

「ありがとうね。温かいよ」

「こんなものでいいんですか」

「カミラから貰ったっていうのが、嬉しいからね」

そしてジェイミーはふと何を思ったか、右の手袋を外すとカミラの右手にはめて、手を繋いで自分のポッケの中へ手を入れた。

「こっちのほうがもっとあったかい」

にへ、とこどもっぽく笑うジェイミーを見て、カミラは呆れたようにため息を付いた。少し恥ずかしかったので誤魔化しだ。

「……そうですね。ケーキ取りに行きますよ」


ケーキ屋はクリスマス当日ということもあって混んでいた。店のショーウィンドウの中にはキラキラとした甘いケーキたちが、少しまばらに並んでいる。端の方にある宝石のようなお菓子はなんだろう。異界のものだろうか。そうカミラが気を取られてる間に、ジェイミーが予約の旨を伝えると思っていたよりも大きな箱が店の奥から出てきた。

「私、ショートケーキでいいって言ったのに」

「ホールのケーキを二人じめなんて、中々出来ないよ。こういう日にやらなくっちゃ」


手をまた繋いだまま、二人は屋敷に帰るためにバス停へと歩き出す。夕焼けに染まりつつある空の中には一番星がきらめいていた。

「そういえば、クリスマスなのにこれ言ってなかったね」

ジェイミーは思い出したように言葉を続けた。

「メリークリスマス!カミラ」

ニコニコと満面の笑みでそう言う彼を見てカミラも笑う。

「メリークリスマスです。先生」


クリスマスの夜が終わるまで、まだ長い。

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スプラウトヴァージュの交差点 実川みのる @sanekawawa

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