第29話 地下の謎

ジェイミーの特別授業も終わり、依然週2で学院に通って勉強会にもたまに顔を出すようになったカミラだったが、最近スプラウトヴァージュ邸の図書室で気になっていることがある。

禁書の棚には勝手に入るなと言われているので、入ることはしていないのだが、どう考えても屋敷の間取り的に有るはずの部屋がないのだ。この前屋敷をぐるっと地下室から西館を探索して思ったのだが、絶対この図書館の下には地下室が有るはずだ。地下の部屋は5つ有るが、不自然に長い廊下が発生する区間があるにも関わらず、それを挟む部屋のサイズはどれも同じ。

この謎が気になって、カミラは暇があれば一人でコソコソ図書室を調べて回っていた。そして恐らく禁書の棚の区域の何処かに地下へ通じる道があると見当をつけたのだ。

しかし、人様の家の地下室に勝手に押し入るのはまずい。だから、許可を取って自分の推論が正しいのか確認することにした。


夕飯の時間のことである。

カミラはジェイミーの作ってくれたグラタンを食べながら、話を切り出した。

「先生、図書室に地下室ってありますよね。入っていいですか」

「なにそれ知らないんだけど」

ジェイミーはカミラの方を見て、目を丸くした。

「えっ?」

カミラは「駄目だよ」と言われるだろうなと思っていたし、地下室があることの確認だけをしたかったので、予想外の返答に拍子の抜けた声を出してしまった。

なんと。住んでいる本人も知らなかったとは。

「うち、地下室5個しかないよ。半地下は東に有るけど……」

「いえ、恐らく隠し扉的なもので隠されている部屋が、もう一つあります」

「き、気になる……」

ジェイミーは手に持っていた木のスプーンを皿に置いて、目を輝かせた。

「私もずっと気になっていて、入ってもいいですか」

「……一族の秘密の何かみたいなのがあったらどうしよう!」

「わくわくしますね」

「正直ぼくも開けてみたい」


ということで、二人は夕飯を食べ終わると、図書室に直行した。まだまだ冒険がしたい年頃の子どもなのである。

長い廊下をワクワクしながら進み、図書室の重いドアを開け、部屋の奥にある禁書棚の近くにやってきた。

「私の推論では、禁書の棚の……この棚の奥に階段があると思っているのですが」

カミラはずらりと本が詰め込まれている木の本棚の向こうを指さした。

「なるほど」

「魔法でなにかするんですかね?」

「いや……」

ジェイミーは耳をそばだてると、禁書の棚のうちの一つの本を手に取った。

「この本から声がする」

「?私には何も聞こえませんよ」

「ちょっと待ってね」

ジェイミーは本を開いて紙面に耳をペタッとくっつけて音を聞いた。

「古代語でなにか言ってるんだけど、本当に聞こえない?」

「聞こえませんよ」

「じゃあエルフにしか聞こえない魔法か周波数なんだ」

「なんて言ってるんですか?」

「トランスパレンス・グローメンサ……?」


その言葉を口にすると、自分たちの立っている床が音を立ててそのまま下に動き出した。

「おわああ!」

「うわっ」

ゆっくりとした速度であったが、二人はバランスを崩しそうになり、お互いの肩や腰をとっさに掴む。

そうして床が一番底につくまでじっと待っていた。どすんと音がして地面が揺れると、辺りは真っ暗だ。

カミラは手探りでポケットから杖を探し当て、光を灯す。周囲は地下室と同じ石造りの壁だった。

通路の奥の方にどうやら空間があるようだ。


「進みますか?」

カミラの腰に引っ付いたままのジェイミーを見て尋ねると、彼はあわてて彼女から離れた。

「う、うん。進んでみよう」

石造りの通路をすこし進むと、見えてきたのは小さな本棚たちだった。

狭い部屋の中の正面奥には、礼拝堂にあるような立派な祭壇が有り、その中心には一冊の本が有る。それらを取り囲むように左右にも本棚が備え付けられていた。部屋の中は長年誰も立ち入っていないようで埃っぽい。

ジェイミーは恐る恐ると言った様子で、本棚の背表紙に目を凝らす。


「物凄く古い医学書……?なのかな」

「やはりノヴレッジの古代語ですよね」

カミラもジェイミーの横に立って、背表紙を眺めた。

「読めるの?」

「完璧とまでは行きませんが、単語のニュアンスでなんとなく」

「ぼくもそんな感じ。これ、開いたらなにか起こったりしないよね?」

「ここまで侵入者が来る想定をしていないんじゃないですか。エルフにしか突破できない仕掛けだろうし」

そう言ってカミラは一番怪しい祭壇の本を手に取った。分厚いと思っていたが、ページそのものが厚いだけでそうたくさんページ数はないようだ。

「これは医学書ではないようですよ。なにかの儀式……?の本ですかね」

カミラはペラペラと古い本のページを傷つけないように、ゆっくりとめくった。専門用語が多すぎて、何が書いてあるかまでは読み取れない。


「なにか分かる?」

「なんにも……」

そう言いかけた所で、ページの単語に引っかかる。「不老不死」とハッキリと読める箇所があった。異界語と異界の古語でこれらはまだ共通した意味を持っているのか、はたまた違う意味を指すのか分からなかったが、カミラは強くこの本に惹かれた。

「先生、この本って……」

ジェイミーがカミラの照らす杖の先の文字を読み取る。

「上に持って上がって読んでみよう」

「いいんですか?」

「僕も気になるし」

ジェイミーは祭壇の古い本を手に持ち小部屋の外に出ようとする。しかし、入り口に差し掛かろうとした所で、見えない膜のようなものに弾かれて尻餅をついてしまった。


「大丈夫ですか!?」

「あいたた……現物を持っては出れないようになってるみたいだね。仕方がない」

ジェイミーはスマホを取り出すと、カミラに本を杖で照らしておくように指示した。

「こういう古い警備の魔法は科学技術の対策殆どないからね。写真で撮っちゃえばいいよ」

ページをめくってパシャパシャと本の内容をスマホの中に収めていく。

その光景を見て、改めてカミラは現代技術に慣れ親しんだ人が先生で心の底から良かったと思っていた。発想が柔軟だ。ここから出る為の魔法を頭の中で何十通りか考えていたものの、どれも試すには不確定要素が多く不安だったのだ。

彼の言い分は正しく、スマホで撮影した本の中身は入り口の検閲をすり抜けてもと来た場所へとやって来ることが出来た。地上へと続く床は、再度二人が乗ると勝手に魔法が発動して上の方へ登ってくれた。誠に便利なことである。


「データで保持しとくと流出が怖いからね。ちゃちゃっと印刷して写真は破棄しちゃおう」

「そうですね」

ジェイミーは図書室の奥の読書スペース兼研究スペースへ足を運んだ。カミラもそれについていく。

プリンターを起動すると、写真を二人分印刷するのは手慣れたものだった。

「はい。カミラも読みたいでしょう」

「いいんですか?この家に伝わる秘伝の何かなんじゃ……」

「二人で翻訳したほうが早いし、君はべらべらとそういう事を他人に話すような人でもないでしょう」

「墓まで持っていきます」

「なら問題ない」

異界の古語辞典を2つ持ってきて、その日はカミラも珍しく夜更かしをした。何度か秘密の地下室を往復して、専門用語自体が何を指すのか関連書籍であろう本を翻訳して上に上がってくるのを繰り返し、2人の頭脳を持って本の前半部分、第一章の翻訳が終了したのは朝の5時を回ってからのことである。

「いやー………今日はこのくらいにしとこう」

「古代語って難しいですね」

「まあでも大まかに内容はわかったんじゃない?」

「それはそうですが……これ、勝手に読んでいい内容だったんですか?」

「よくないと思うよ」

本の内容はこうである。

外なる神から不老不死になる秘薬を受け取るための儀式の手順が丸々すべて載っていた。


「神様経由で不老不死になれるとは、考えが及びませんでした。これって地球でも通用する方法だと思います?」

カミラは隈ができた目をこすりながら言った。

「ノヴレッジの神様はノヴレッジにしかいないから、あっちに行かないと無理だろうね」

「ていうか、この儀式に必要な材料って、まだ手に入るものなんですか」

「古龍の鱗はどうにかなりそうだけど、月光の水晶はもう入手できるようなものじゃないし、その他も、名前だけでは具体的に何なのかわからないものばかりだね。あと、人間の生贄30人とかは流石に……」

「ですよね~……」

はるか昔の先行事例が見つかった所で、自分たちの時代で再現ができなくては意味がない。全ての材料が揃った所で、自分のために人を30人も殺すのは流石に許されないことだと思った。

カミラはガックリと肩を落として、印刷した紙をペラペラとめくっていく。

「ねえ先生、これって読みましたか?」

本の最後の方に現代の異界語で何かが記されている。それをじっと二人は見つめた。

『不老不死を終わらせる方法を、君たち、ひいてはその子孫が開発することを心の底から願っている。願いがかなった暁には、私の血を分け与えよう ――リチャード・オレリウス』

「スプラウトヴァージュ家が不老不死の研究に加担してた事は確かですが、このリチャードって誰でしょう……」

「不死の王リチャード・オレリウス……」

「誰か分かるんですか?」

カミラはジェイミーの方を向いた。ジェイミーはなんともいえない顔をしていた。

「古いおとぎ話だよ。かつて不死を手に入れた王様が、異国を征服して眠りにつくまでのお話」

「おとぎ話の王様が、不老不死のその人であると」

「そして、おとぎ話の通りならば、彼の血液を体内に取り込んだ者は、彼と同等の力を得ることができる」

「なるほど。この人をとっ捕まえるのが一番早そうですね」

「そんなにうまくいくかなあ。まだ生きてるかも分からないし」

「生きてますよきっと。それにスプラウトヴァージュ家に関わりがあることは明白じゃないですか」

「まあ、うちの家系が何をしてきて栄えたのか、なんとなく分かってきた気がするけど」

ジェイミーは古龍の眠り薬のことを頭に思い浮かべていた。スプラウトヴァージュ家には他の薬品と比べ、眠りに関する薬の研究書が膨大に蓄積されている。おとぎ話の時代から不老不死を永遠の眠りに誘う薬を開発しているとするならば、それは納得の行く話だった。

「不老不死を殺す薬かあ……」

「伝わってたりしないんです?」

「眠り薬は沢山知ってるけど、それが不老不死を殺すための薬の副産物なのかどうかは、母さんに直接聞いてみないと分からないかな」

「なるほど」

そこでカミラは大きな欠伸をした。柱時計を見やると、時刻は朝の6時手前だった。

「もう朝かあ」

ジェイミーもカミラにつられて大きなあくびをする。

「今日の授業は……」

「今日はお休み! 起きたら母さんに電話してみるよ」

「了解です」

スプラウトヴァージュ家の大きな秘密の一端を知った二人は、それぞれ自分の部屋へ帰っていった。

ジェイミーは、自室のベッドに倒れ込むと、カミラがもし本当に不死の王と出会って、不老不死になってしまったらと、果てしなく長い命に思いを馳せた。

きっと、永い永い命の果てに待つのは孤独だ。リチャード・オレリウスは自分と違う時を生きる命と共にあることが寂しくはないのだろうか。それとも、彼とともに生きる永遠の命を分け与えた人が居るのだろうか……。

まどろむ思考はそこで途絶え、ジェイミーは眠りに落ちた。

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