アロワナの跳躍
高黄森哉
アロワナ
「私も昔、アロワナを飼っていたんです」
中年の男は告げた。
「それで、もしかして跳んでしまったんですか。私が飼育していたアロワナのように」
「はい。その通りです。そして、死んでしまいました」
アロワナが跳ぶ、というのは、水面から空中へジャンプする、という意味だ。あの銀の魚は、身体を巧みにくねらせて加速をし、水槽から外へ向けて、大脱出をすることがある。こう書くとあたかも、それが一般的かのように聞こえて奇妙かもしれないが、実際、その魚がそうやって身投げすることは、それほど珍しいことではない。
「今まで五匹のアロワナを飼いました。飼育にあたって、アロワナの脱走を防止する案をいくつかためしました」
「今まで何を試しましたか」
「最初はまず、部屋で急な動きをしないことです。急な動きに驚いて、アロワナが、飛び出すのではないかという仮説です」
「最初、試したこと」ということは、一匹目のアロワナが死んだ後の話なのだろう。もし、一匹目が死ななければ、試す必要もない。
「結果はどうしたか」
わかりきったことである。もし、それで、成功したならば、あと三匹も魚を飼う必要はない。
「ダメでした。私が椅子にじっと座っていたのに、気まぐれにジャンプしました。キャッチしようとしましたが、駄目でした。着地の時、頭が九十度折れてしまった。これを鯖折りというんですかね」
鯖折りというのは、サバを吊った後、血抜きをするために、えらに指を突っ込んで、喉元をぱっくりと割るように、首を折ることである。
「次はどうしましたか」
「虫がいけないという話だったので、部屋を密閉しました。虫を追いかけて空中へ飛び出すんじゃないか。虫が入らないように、扉を二重にしたり、それでカバーできない部分を補うべく、ハエトリソウとウツボカズラ、モウセンゴケを部屋の隅に置きました」
「どうなりましたか」
わかりきったことである。もし、成功したなら、あと二匹も魚を飼わなくてよい。
「ダメでした。私はじっとしていたし、ハエはいなかったのですが、魚はやはり気まぐれにジャンプをしました。キャッチしようとしましたが失敗しました。ああいうのを鯖折りというんですよ」
鯖折りというのは、サバを吊った後、血抜きをするために、えらに指を突っ込んで、喉元をぱっくりと割るように、首を折ることである。
「次はどうしましたか」
「水面の揺らぎが虫に見えるのかもしれない、という話を小耳にしまして、波が立たないようなシステムを構築しました。浄水機の排水管を水面よりも下にしたり、曝気するだけの水槽を贅沢にも設置したりしました」
「どうなりましたか」
わかりきったことである。もし、それでいいのなら、あと一匹、魚を飼わない。
「ダメでした。私はじっとしていたし、ハエはいなかった、そして水面はまるで鏡のように水平でしたか、魚は気まぐれにジャンプしました」
「鯖折りになりましたか」
「はい。鯖折りになりました」
鯖折りというのは、サバを吊った後、血抜きをするために、えらに指を突っ込んで、喉元をぱっくりと割るように、首を折ることである。
「それで、最後の一匹はどうしましたか」
「最後は外界と接触を断ちました。外界の刺激に対する反応が原因ならば、外界を見せなければよいのです。私は水槽に監視カメラを設置して、鑑賞することにしました」
「どうなりましたか」
どうなったのだろう。アロワナはどうなったのだろう。今も元気に泳いでいるのか、それとも鯖折りになってしまったのか。それとも、その両方なのか。
「ダメでした。ただ一つ進展があったとすれば、魚が鯖折りにならなかったことです。というのも、アロワナは、餌を食べずに死んだのです。ですが、死んだことには変わりはありません」
「なぜですか」
「自殺だと思います。水槽は退屈ですから。自殺が人間の専売特許だとは思いません。アロワナが跳ぶのは、アロワナが退屈だからだと思います」
男はそう結論付けた。そして、最後に付け加える。
「次はもう飼いません」
アロワナの跳躍 高黄森哉 @kamikawa2001
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