秋の小石

 事務所はそこはかとなく怠い空気に満ちている。サクラさんは天候の好き嫌いがはっきりしていて、雨の日は露骨に元気がない。長雨だと報じられているのに、毎日晴れませんかねと口にするのは、気晴らしも兼ねているのだろう。櫻田は曇天も雨天も好ましく思うが、他人の好き嫌いに逐一干渉しても特に意味はないので、サクラさんがやる気を出さない分の仕事を黙々と消費する。一般例に漏れず、この時期は所謂閑散期だということもあって、カタカゲさんもそこまで引き締めるようなことは言わない。外見や見た目どおりの言動からは想像しづらいが、櫻田は一度だけ怒れるカタカゲさんを見たことがあるので、締めるところは締める人なのだろうという認識だ。花粉症のゴトウさんが春の風物詩であるように、毎日おはぎを食べるカタカゲさんは秋の名物である。その背景はと言えば、ゴトウさんのライフワークにある。


***


 雨はすっかり上がっていて、おまけに雲一つもなくなって、見事な秋晴れだ。ずっと続いていた長雨が冗談のようだが、予報によればこの快晴の方が、ひと時のものらしい。急に帰ってよいと言われても、櫻田のような人間は逆に宙に浮いたような気持ちになる。とりあえず家の方へ向かって歩き出してはみたものの、ひたすらに暇でしかない。努めてゆっくり歩いてみたり、帰る前にいつものスーパーで買い物を済ませてみたりする。家の鍵を開けていると、町のスピーカーから夕焼け小焼けが流れ出した。盆栽の記録でもつけるかなどと考えながら無意識にまっすぐ部屋の奥へ向かい、川側の窓を開ける。

 世界が一瞬で色づいた。

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【本文サンプル】ひとひとつ 言端 @koppamyginco

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