第二話「廃れた帝国」
テューレル帝国。別名『廃無の帝国』。かつては経済も治安も流通も安定していて、いつの日も多くの人が動き、賑わい、生き生きとしていた。だがある日、その時代の国王が病で急逝すると、後継ぎとしてあの皇女が帝国の玉座に腰を掛けた途端に、帝国は破滅の道へと進んだ。そして終いには片思いをしていた者に首を刎ねられ――
その皇女こそ、『暴虐皇女』フィーナ・リル・テューレルである。これは、そんな悪辣極まりない皇女が後に『テューレルの英姫』へと返り咲くまでの物語。
◇
「んんっ……」
砂が混じった風の痛みと寒さでふと目覚めた。今は天井が無くなっているが、かつては帝国の象徴だった城。そう、ここはかつて私が23年間を過ごしたアレクレッド城……
「……って、うぎゃあああ!!!」
フィーナは目覚めた途端に絶叫した。あの狭間の巫女服の女性の方が言ってた『輪廻転生』とやらが本当にできてしまうのだから。フィーナ自身、口では信じ切ってはいたものの、内心全く持って信じていなかったのだ。
「え、ほんとだ! ほんとに私生まれ変わっちゃいましたわ!! ちゃんと私だししっかり首もついてるし……こんな事ほんとにあるなんて信じられませんわぁぁ!!」
色々とすごすぎて舞い上がってしまう。あの人……アカネさんは実質死人を蘇らせられたのだから。
「――って、あれ?」
フィーナはふと違和感を覚えた。
「この城って……アレクレッド城、ですわよね? この風景前に見たことがありますわ……」
フィーナが幼い頃、この地で巨大な戦争が起きた。その時に一度、アレクレッド城は崩壊してしまったのだ。フィーナは当時ずっと召使いと共に逃げ続け、戦争が終わるとすぐにここに戻ってはこの部屋で密かに過ごしていた。
「――あれ、という事は……?」
フィーナはボロボロのベッドから降り、隣に置いてある鏡の前に立つ。かなりボロボロでヒビもすごいが、見えない事は無い。
「やっぱり……小さいわね、私」
フィーナの違和感は当たっていた。身体が小学生並に小さくなっていた。声も少し高くなっているのもそれが理由かもしれない。
「きっと私、皇女になる前の世界……過去の自分に生まれ変わったに違いないですわ!」
つまり、今私は前世の記憶を持ったまま前世に生まれ変わっているのだわ!! ……と謎の確信を抱きつつ、フィーナは過去の記憶を振り返る。
「この時は確か、召使いさんに拾われて……小さな家に連れてこられましたわ。そこで今ぐらいの頃から城が修復するまでずっとひっそり過ごしてましたわね……」
過去の記憶と共に、自然と懐かしさが蘇る。貧しい生活だったけど、あれはあれで楽しい生活だった。
「そういえば一時、お金が無さ過ぎて周囲に生えてる雑草や虫を食べさせられそうになった事もありましたわね……! もし同じ場面に遭遇したとしても、もうあんな思いは金輪際したくないですわ!!」
過去に会ったトラウマもふと思い出し、フィーナは右拳を力強く握りしめながら、とりあえずそれだけは回避しようと誓った。
「一先ず、このまま待てばきっと召使いさんが私を見つけて拾ってきてくれるはず……今はただ待つことにしますわ!」
前世の記憶を信じ、フィーナはベッドに寝転がって召使いさんが来るのを待つことにした。
――が、しかし。
「うぅ……召使いさんいつ来ますの……?」
あれから過去を振り返ったり寝てたりして約3時間は経過してる。それでも召使いさんは帰ってこない。
「おかしいですわね……前世の記憶だと、もう日が沈む前には来てくださいましたわ。なのにもう夕方を過ぎると言いますのに足音すら聞こえませんわ……」
徐々に不安が走ると同時に、日は沈んでいく。
不安と違和感を感じている間に、もう夜になってしまった。
「やっぱり変ですわ……明らかにおかしいですわ!」
フィーナは悟った。ここは確実に前世のテューレルではないと言う事に。
「今すぐ外の様子を見たい所ですけど……もう夜遅いですわね。後の事はとりあえず明日考えますわ!」
何かもう、考えるのが面倒くさくなった。今はもう休みたい気持ちが強くなった。
「明日起きたらすぐにでも……今度はこちらから召使いさんを探してみせますわ……」
一刻も早く見つけられる事を祈りながら、私は寒さと空腹に耐えながら眠りについた。
――それからしばらくして、事態は予想外の展開へと動き出した。
「――マジでいるのかぁ? こんな廃墟みてぇな城に人がいるなんて」
「マリナ様のご命令とはいえ、流石にこんなとこで生きてられたらそれこそ奇跡もんだよなぁ」
「――!!」
男の声が聞こえ、フィーナはふと目を覚ます。
(人ですわ……って、何か思ってたのと違いますわね!? 今の声間違いなく兵士ですわよね! しかもマリナって私の帝国に何度も戦争してきたあのグラム帝国の王女様ですわよね! これはもしかしなくても見つかったら殺されますわ!!)
急いでベッドから降り、兵士達がこの部屋に来る前に逃げる事にした。目を擦りながら靴を探すべく歩き回り、偶然落ちてあった黒の色褪せたブーツを履き、フィーナはなるべく足音をたてないように部屋を抜け出した。
「はぁ、はぁ……!」
(もう、何なんですの! 生まれ変わった挙げ句殺されかける事なんてあります!? いやいや、まだ殺されるかは分かりませんけど……
でも敵国なら絶対殺すに違いありませんわ! あのマリナとかいうフカヒレ愛好女ならそうするに決まってますわ!!)
心の中で敵国王女の悪口を吐きながら、フィーナは崩れ果てた城内をひたすら走って出口へと向かう。
「私の部屋はこの城でもかなり奥にある……声が聞こえたという事はきっと兵士達も相当奥まで進んでいるはずですわ。ここはぐるっと一周して入口に向かえば……! あ、ついでに水や食料も確保しないとですわね」
必死に逃げながらあれこれと考えているその時、またもや予想だにしない現実がフィーナに襲いかかった。
「ひゃっ……!?」
揺れた。それもかなり大きく、身動きがとれない程に。至る所からガラスが割れる音が響き渡り、砂埃をたてながら城がまた更に崩れる。少し揺れが収まると、私はとりあえず近くの部屋に避難し、身を守るべくベッドの下に入る。
「じ、地震なんて聞いてないですわよ! ひゃああ!!」
また揺れた。今のより揺れが大きい。これは確実に城が跡形も無く崩れると悟った。実際に外壁が崩壊し、ベッドの上にブロックが落ちる音がした。
「うぅ……召使いさんが来るどころか殺されかけるし、突然の地震でこんな目に遭うし、もう最悪ですわあああ!!!!」
あまりの辛さに、理不尽さに泣きそうになる。この時フィーナは初めて思い知った。現実の厳しさを、理不尽さを。
「ぐすっ……世の中因果応報ですわっ……」
これは前世で好き勝手生きていた自分への戒めに違いない、自業自得だとフィーナは確信した。何度生まれ変わっても、決して犯した罪は消えないと。
ただぎゅっと力強く、フィーナは首にかけてある真紅のペンダントを両手で握った。何も願わず、祈らず、ただ握りしめていた。
――が、ついにその時は来てしまった。
ガチャッ――
「――!!」
扉の開く音がした。間違いない、バレた。あの2人の兵士達に。
「はぁ……もうやめようぜ? もうここまで来たら生きてる人いねぇと思うけどな」
「でもマリナ様のご命令には逆らえないだろ。一先ずこの部屋で最後だから徹底的に探すぞ」
そう言って兵士達は部屋の中を探り始めた。
「ちっ……壁がほぼねぇなこの部屋。人生きてたらマジですげぇぞ」
「いるとすれば子供だな……」
「お〜い、もうベッドくらいしか探すとこねぇぞ! どうせいねぇだろうけど……!」
兵士の一人がベッドをちゃぶ台返しをするかのようにどかす。
「っ――!!?」
「え……」
ついに敵国の兵士と目が合ってしまった。やばい、終わった。死ぬ。確実に殺される。
フィーナは絶望に陥った。死を覚悟し、目を瞑った――
「……おい、いるぞ! 子供がいるぞ!!」
「え、本当か!?」
「あぁ、しかも生きてる! それに赤いペンダント……恐らくフィーナ皇女だ! でもすっげぇ痩せてるぞ。よく生き延びたな……」
「そんな奇跡あるかよ! とりあえず運んで即刻保護するぞ!」
(……え? 今保護って言いましたわよね、この2人。それはとても有難いのですけど、もしかして今度はあのフカヒレ愛好女のとこでしばらく過ごさなきゃいけませんの!!? そんなの死んでも嫌ですわああああ!!!!!)
フィーナはあまりに予想外な展開に叫びそうになったが、あまりの空腹で声を出す気力も失っていた。その代わり、心の中でこれでもかと言う程絶叫した。
そのまま兵士の1人が軽々とフィーナを持ち上げ、アレクレッド城を後にした。
この時のフィーナは知るはずも無い。前世と今でのグラム帝国は全く違うものになっている事など――
輪廻の皇女〜死と転生から始まる、英姫の廃国逆転劇〜 Siranui @Tiimo
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