輪廻の皇女〜死と転生から始まる、英姫の廃国逆転劇〜

Siranui

第一話「輪廻の皇女」

 パチパチと火の粉が飛び交う音。崩れ落ちる壁やシャンデリアが紅蓮の如く赤く燃え上がる。徐々に肌に感じる炎の痛み。何かが焦げたような、絶望の芳香。


「さっさとあの令嬢を引き摺り下ろせ!」

「断頭台へ招待してやれぇ!!」

「これは国民の怒りだ……永遠とわにその身に刻めぇ!!!」


 民が石等を投げて割れた窓ガラスから聞こえる怒号。憎悪。復讐心。全部が全部、私――フィーナ・リル・テューレルの身体及び精神を切り裂いて、抉りぬいて、背中まで貫く。


「ひっくっ……ぐすっ」


 私はただ泣いていた。幼い頃からずっと首にかけていた深紅のペンダントを両手で握りしめながら。外にいる人々の罵声が耳に入る度に大粒の涙をポロポロと零していた。


(……分かっている。いや、分かってしまった。私はとんでもない過ちを数え切れない程犯してしまったことを。身分が下の相手を虫けら同然に扱ったり、国民や家族、召使い達の気遣いも微塵もなく、好き勝手な事していたことも)


 私は誰よりも偉く、慕われている存在だと思っていた。皇女というポジションを利用して、子供みたいにわがままになったり、気に入らない人を勝手に解雇したり、他の貴族を見下し、我が国の裕福さでマウントを取ったりしていた。


 無論、訪れた結末はその真逆だった。徐々に国民から反感の声が聞こえ始め、今でも『暴虐皇女』なんて呼ばれたりもしている。

 でも私は抑えるどころか確実にその数を増やしてしまった。火に油を注いでしまった。そして終いにはこの通り死刑判決を下された。


「ぐすっ……何でっ……何でこうなったのぉぉ!!」


 後悔が心に深く滲む。これでもまだ23歳なのだ。まだ人生の半分も生きてない。どうせならもうちょっと長く生きたかった……なんて、もう言える口では無い。むしろとっととこの世を去りたい。


 ……と、思ったその時だ。


「――ここにいたか、フィーナ・リル・テューレル。長らく隠れていたようだが、もうかくれんぼも終わりだ」

「……!」


 恐怖で縮こまる。白髪青目の若々しい青年……スレッド王国王子で、今はフィーナ反逆軍団長のアルヴェル・スレッド。普段は誰にでも心優しい、私が唯一恋心を抱いた男の人。私とは正反対の人が、私の首元に刃をかける。恐らくその剣で私の首を刎ねるつもりだろう。


 ……決まった。私の死に場所は、ここ。幼い頃からずっと過ごしてきた、この巨大な自室。


「フィーナ皇女、最後に言い残す事はあるか」

「ぐすっ……殺すなら、殺しなさいっ! 最後くらい貴方達の要望に答えてあげるわ! それと……」


 どうせ死ぬんだ。だったら最後まで、『暴虐皇女』を貫くまで。そしてたった一時の、彼のヒロインを貫くまで。


 そう決心し、私はより強くペンダントを握りしめながら彼への想いを伝えた。


「――貴方をずっと、好いていましたわ」

「……そうですか」


 そんな私の愛の告白を素っ気なく返し、アルヴェルは右手の剣を大きく振りかぶった。


「――感謝します、フィーナ皇女。では……」



 ――大人しく地獄に落ちろ。



 刹那、アルヴェルの剣が私の首を通る。直後、ザシュッ……と首を刎ねる斬撃音が聞こえた。


 ――斬られた。殺された。過去に私が恋をした、たった一人の青年と最悪の展開で対面し、私は死ぬ。赤い絨毯がより赤く滲み、頭部の断面から鮮血を床に垂らしながら転がっていく。取り残された首から下はそのまま倒れる。両手でずっとペンダントを握りながら。


 こうして、『暴虐皇女』フィーナ・リル・テューレルは23歳という若さで命を絶たれた――







 ――と、思っていた。



「――フィーナさん!」

「ひゃああっ!!!?」


 突然自分の名前を呼ばれ、かなり大きな声で叫んだ。

 ……って、え? 今私、喋ってる……?


「あ……えっ……?」


 何で? 私あの時アルヴェル王子に首を斬られて死んだはず……


「ふふっ、ようやくお目覚めになられましたか、皇女様♪」

「あ、貴方は……?」


 目の前に現れた、巫女服を着たピンク髪の少女。勿論今まで生きてきてこの人とは出会った事が無い。まず何より私がいつも通り話せたり出来てるのかが分からない。

 とにかく今は何もかも分からない。


「何が何だか分からない顔ですね。それもそうですよね、何故ならここは『死生の狭間』なのですから」

「……はい?」


 死生の狭間。死後の世界と現実の間にある世界。そんなの物語でしか聞いた事がありませんわよ!?


「そして私は、その死生の狭間で全ての命を護り、この狭間を管理し、死者をあるべき場所へ導く者……あ、名前はアカネと申します」

「……」


 何かもう、未知が過ぎて声が出ない。でも、この場所を管理しているなら、この『死んだはずの私が生きている現象』について何か知っているのかもしれない。


「あ、あの……アカネさん、でいいかしら? その……何で私はこうやっていつも通り話せたり出来ますの? 先程私、首を斬られて死んだのですわよ?」

「そうですね……今の皇女様は言わば『抜け殻』の状態。簡単に言うと『肉体から抜けた魂そのもの』です」

「あー……だから今の私は首が斬られて無いのですわね」

「そうです! 斬られたのはあくまで皇女様の肉体であり、どれだけ傷ついても魂そのものの貴方には傷一つもつかないという事です」


 なるほど……納得。とりあえず私がこうして話せる理由は分かりましたわ。あとは……


「あと……何故私はここにいるのですの?」

「先程も申しましたが、私は死者をあるべき場所へ導く者です。ですが、皇女様をここに呼んだ理由はもう一つあります。それは『皇女様にはもう一度、その人生をやり直してもらいたいのです』。世に言う輪廻転生……と言うものです♪」

「……へ?」


 思わず情けない声が出る。それも無理ない。だって、一度死んだ人間にもう一回人生やり直せと言われてるようなものなのだ。


「い、嫌ですわよ! あんな思いしてまた死ぬのなんて御免ですわ!! いや、これはもしやあまりにも酷すぎる人生だからやり直せという意味で……!?」

「ふふっ、そういう意味ではありませんよ。ですが、貴方が過ごしてきた人生で、貴方の裏で糸を引く者がいまして。その望み通りの結果が今の貴方なのです」

「え、ちょっと待ちなさい! 裏で糸を引いてるってどういう事かしら!? それと何でそんなの分かりますの!?」


 相当焦っているフィーナ皇女に、アカネはふふっと微笑みながらその問いに答える。


「2つ目の質問については、秘密です♪ これは私以外の誰にも知られてはいけないものですので。いわゆる機密情報というものです♪

 それで、1つ目の質問ですが……皇女様はずっと前から嵌められていましたの。自覚は当然無いと思われますが、何者かが皇女様を合法的に死に追いやるためにずっと影で糸を引いていました」

「え……」


 じゃ、じゃあ私それに最初から気づいてたらあんな風に最悪な場面で好きな人に殺されたり、国民から反感を買ったりしていなかったって事かしら!?

 それでもし本当にもう一度やり直せるなら、絶対にそうしたいですわ!!


「――アカネさん」

「はい……?」

「私、もう一度この人生やり直したいですわ!! もしその影で糸を引いてる人がいるってのが本当なら、私とても納得出来ませんわ!! あ、もし出来るならですけどぉ……」


 急に自信が無くなり、フィーナ皇女は両手をもじもじさせる。やり直すとは言っても今度は皇女じゃないかもしれない。下手したら人間以外、はたまた動物以外の何かに生まれ変わるかもしれない。


 そんな不安に陥ったフィーナ皇女に、アカネは優しく皇女の肩を叩く。


「ふふっ、大丈夫ですよ。私は命あるもの全てに悔いを残さずに導くのがモットーですので。皇女様がご満足頂ける人生を送れるまで、私が何度でも貴方を導いて差し上げましょう! さぁでは、こちらの台に横になってください……」

「え、えぇ……」

(本当にあそこに帰れるのかしら……)


 多少不安だが、この人を信じてフィーナ皇女は真っ白の長方形の台に仰向けになる。そして目を瞑る。


「――――」


 すると、アカネは何かぶつぶつとまじないのようなものを唱え始めた。きっとこれが生まれ変わる儀式のようなものだと信じ、そのまま謎の台に身体を預ける。


「――では、いってらっしゃいませ、皇女様。ご満足いく人生を全う出来ますことを」

「えぇ……ありがとう、アカネさん。少し信じられないかもですけど……次は笑って死んでみせますわ!」


 少しどころか信じてすら無いわよ生まれ変わるなんて!! と思いつつも、せめて次こそは満足いく人生を送ると心に誓い、フィーナ皇女は死生の狭間から消えた。


「――期待してますわよ、皇女様♪」


 こうして、フィーナ・リル・テューレルは輪廻転生という形で第2の物語に足を踏み入れる事となる。

 果たしてそれは過去の現実への復讐か、帝国復活への奮闘か。或いは、黒幕にされるがままに翻弄される過去の二の舞か。



 ――どの結末に転ぶかは、全てこれからのフィーナ皇女次第である。

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