最終話 世界と運命は変わり、ふたりの旅は続く

 もうすぐ、一年が経つ。

 肩に触れるくらいだった銀髪は、胸のあたりまで伸びていた。


「この色にも、もう慣れちゃったな」

「綺麗でいいと思う」

「はーいはい」

「照れなくていいのに」

「照れてません」


 隣を歩くレンが微笑む。私はどうにも、この感情に慣れることができないみたいだった。

 私たちは食料や生活必需品を手に入れるため、住処から近い町までやってきている。一カ月くらい前になんとか落ち着いたところだ。


 今となっては、誕生日当日に誘拐されたことが懐かしく思えてしまう。


「いろいろあったね。こうして平和でいるのが不思議なくらいだ」


 レンが青空を見上げて呟く。彼の言う通り、本当にいろいろなことがあった。一年がこんなにあっという間に感じたのは、生まれて初めてだ。


「そうね。レンが軍に捕まった時はどうしようかと思った」

「その節は、お世話になりました」


 うなだれるレンに、私はにやりと笑ってみせた。

 ある時、軍の罠にはめられて捕まったレンは、王都まで連れていかれてしまった。相変わらずの変な自己犠牲で、私だけ逃がして。

 当然、そんなことを許せるはずもなく、私はレンを助けに王都まで向かった。覚えたての身体強化の魔術がとっても役に立ったことは、今でもよく覚えている。


「まさか、王城をあれだけ破壊するとはね」

「あれは、だいぶお恥ずかしい」


 王城の地下に閉じ込められたレンを助けるために、私は必死だった。使える魔力すべてで身体強化をしようとした時、魔力を直接的な力へと変換できることに気付いた。

 そして、初めてのことで加減なんてわからない私は、王城の半分近くを吹き飛ばしたのだ。ちょうど人の少ない夜でよかったと思う。昼間だったら、大変なことになっていたかもしれない。

 それ以降、私はレンと並んで戦うことができるようになった。例えば、人を襲おうとしている魔物退治とか。


「まぁ、おかげで命を拾ったのは確かだ。感謝してるよ、ユーナ」

「あー、聞こえないー」

「素直に聞けよ」


 他にも、レンとの騒がしい思い出はたくさんある。

 私が感情を抑えられず壊してしまったレンの別荘は、合計でみっつ。

 銀の魔女を狙ってきた魔術師を撃退した回数は、十回以上。

 魔物は何体倒したか数えられないほどだ。


 全部が良い記憶ではないけど、どれもこれも、私にとってはかけがえのないものだ。レンにとっても、そうだったらいいなと思っている。


「あっ、ユーナ、ちょっとこっち」

「なに?」


 何かを見つけたレンが、私の手を引き道の端にある露店へと向かう。以前は魔力を伝える手段だったけど、今は自然に手を握っている。そんな些細なことが嬉しくて、私は彼の手を握り返した。


「ほらこれ、どう?」

「どうって言われても」


 レンが手にしたのは、緑色の石が飾られた髪紐だった。屈託なく笑う彼の瞳によく似た色。


「もうすぐ誕生日だから、前祝い」

「前祝いって」

「もちろん、当日も祝うよ」


 私の返事を聞かず代金を払うと、レンは髪紐を私に差し出した。

 

「前さ、伸びてきて邪魔って言ってたからさ。それに、似合うと思って」

「髪、戻るのに」

「その時は、また似合うのを探そう」

「うん、ありがと」


 好きな相手からの贈り物に喜ばないはずはなく、それでも照れくさく思ってしまう私は、なんとかお礼の言葉を口にした。

 髪を後頭部で束ね、もらった髪紐で括ろうとするけど、なかなかうまく結べない。それもそうだ、もともとくせ毛の私はこんなに髪を伸ばしたことがなく、結んだこともないのだ。


「んー、難しい」

「後ろから失礼」

「あっ……」


 レンの大きな手が私の髪を撫で、長い指が私の髪をく。むず痒いような、背筋がしびれるような、不思議な感覚だった。


「はい、できた」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 涼しくなった首筋を撫で、レンを見上げた。改めて、私はこの人を好きだと認識した。


「ねぇ、レン」

「ん?」

「勝負って、覚えてる?」

「うん、覚えてる」


 レンが銀の魔女を求める目的を語った際、私が一方的に言い放った勝負という言葉。あの日以来、口に出したのは今が初めてだった。

 惚れた方が負け。敗者は勝者の意見に従う。簡単な勝負だ。

 私はレンの復讐じみた願いを止めたかった。先祖から続く恨みなんて、今を生きるレンには関係のないことだ。どうせ銀の魔女の力を手に入れたのなら、自分で自分のために使ってほしい。そんな気持ちをうまく説明できず、勝負なんて言い方をしてしまった。


 旅の中で、彼にその考え方を植え付けたジンさんという人にも会った。ジンさんも同じく、子供のころから教え込まれ続けていたみたいだった。考えが凝り固まり、他人の意見に耳を傾けない老人がそこにいた。

 ただの田舎娘である私には、それがとても異常で、とても哀しく思えた。


 ただし残念なことに、勝負は私の負けだ。正直なところ、レンが好きで好きでたまらない。いや、愛している。こればかりはどうしようもない想いだ。

 さりげない優しさも、どこか抜けているところも、魔術師としての優秀さも、追いつめられると自分を犠牲にしがちなところも、見た目の美しさも。好きなところを挙げれば、本当にきりがない。

 だから、とっても悔しいけれど、レンが望むのならば世界を変えてもいいと思っている。その隣に私を置いてくれるのなら。


「あのね、私レンのこと……」

「俺の負けだよ、ユーナ」

「へ?」


 あまりにも間抜けな音が口からもれた。口をぽかんと開ける私に目を細めて、レンが言葉を続ける。


「この一年、いろいろあってさ。いろんなことを知ったし、いろんな人と出会ったよ。で、思ったんだ」

「なにを?」

「俺は別に王にならなくてもいいかなって」

「え、いいの?」


 自分の願い通りのことを言われたのに、思わず聞き返してしまう。王になると私に語った時のレンは、それほど真剣だったのだ。ただ、今も同じくらいまっすぐな目をしていた。


「旅をして、困っている人を助けたり、悪い魔術師を捕まえたり。あ、なるべく殺さないけど。そういう生き方もいいなって、今は思ってる」

「そっか……」

「で、ここからが本題。本当はもう少し後に言うつもりだったけど、今でもいいや」

「本題?」


 レンは歩きながら私の手を握った。いつもより熱い気がした。


「その旅にさ、ユーナにも付き合ってもらいたいなと。できればずっと。銀の魔女とか関係なく」


 顔は前を向いたまま、レンはちらりと私を盗み見た。

 この一年間の旅で、私だけでなく、レンの世界も変わっていたらしい。

 紺碧の瞳は、出会った頃よりも輝いて見えた。まるで、おとぎ話の王子様のようだった。


「いいよ。小柄でグラマラスだけどね」


 もちろん、私の答えは決まっていた。




銀の魔女は愛を知る ~世界を変える力を持つ少女と世界を変える宿命を持つ魔術師の些細な恋物語~ 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀の魔女は愛を知る ~世界を変える力を持つ少女と世界を変える宿命を持つ魔術師の些細な恋物語~ 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ