第13話 術と力
日が落ちつつある。外は薄暗くなり、だんだんと周囲が見えなくなってきた。点在する建物に隠れながら、私たちは村の外を目指していた。
「んぅー」
私は思わず呻き声をあげた。
レンの後をついて歩き出したはいいけど、すぐに不安が湧き上がってくる。軍を相手にどう対応すればいいのだろうか。さっぱり考え付かない。魔物の存在を感じないだけが、せめてもの救いだ。
魔力による探知では、何人いるかまではわかってもどんな人がいるかまではわからない。それは、まともな魔術でも銀の魔女が放つ魔力でも変わらない。
軍と言うなら、きっと武器を持っている。でも、具体的にどうなのかは、見てみないと何とも言えない。そもそも私は、軍の人なんてこれまで見たことがないのだ。
「これからどうするの?」
私が思う程度の不安なんて、レンならとっくに考えついているはずだ。情けないけど、素直に問いかけることにした。
「考えがある。とりあえず、接触してから」
「攻撃されない?」
「その時は、守るよ」
魔鉱による遠くからの攻撃はもう対処できる。ただし、普通の人に普通に襲われたら、私はなんの変哲もない小娘だ。いくらレンでも守り続けるのは難しいはずだ。守るならば、命を奪うことも必要かもしれない。
だけど、私はレンに人殺しをしてほしいとは思わない。
「殺さないでね」
「約束はできないけど、努力はする」
「ありがと」
「好かれないといけないからね」
「……ばか」
レンは私に背を向けたまま、冗談めかした返事をする。出会った時より大きく見える背中に抱き着きたい衝動に駆られるも、なんとか踏みとどまる。時と場所を選ばない感情は、とても厄介だ。
「隠れて」
レンの指示に従い、近くの小屋に身を隠した。そのすぐ後、金属同士が当たる音が耳に入る。村ではあまり馴染みのない音だ。農具をまとめて片付けた時に聞くくらいだろうか。
「何人いる?」
「五人。魔力小さいから、魔術師はいないと思う」
「少ないな」
「うん、奥にはもっといるよ」
「偵察だな。ちょうどいい」
小声でやりとりする間に、金属の音はすぐそばまで近寄っていた。もう、人が地面を踏みしめる足音まで聞こえてきた。
「ユーナ、さっきもらった魔力、最後まで使うよ」
「うん」
さっきの魔力と言うのは、怪我を治した時に渡した魔力だ。そんなにたくさんあげたつもりはないけど、それでもまだ残っていたらしい。
レンが魔術の行使を始めた。精神と魔力が絡まり、ひとつの目的に収束していく。
素人の私にはそれが何をしようとしているのか、まったく理解できない。唯一わかるのは、これまで見たものよりも遥かに複雑ということだ。
「よし、いってくる」
「いってらっしゃい」
レンは小屋の影を飛び出し、五人の前に姿を見せた。足手まといにならないよう、私は隠れたままだ。少しでも様子を探るため、彼の魔力に意識を向け続ける。
内容までは聞き取れないけど、怒鳴り声のようなやりとりが響いてくる。レンを発見したから仲間を呼んでいるのかもしれない。
私はレンを信じ、震える肩を押さえつけた。
「大丈夫、大丈夫」
大きく息を吸って吐いた時、レンの中にある私の魔力が弾けた。五つの小さな魔力は消えていない。攻撃的な魔術を使ったのではなさそうだ。
「ユーナ、出てきていいよ」
すぐにレンが私を呼んだ。何をしたのだろうか。恐る恐る、物陰から顔を出す。
「おう、驚かせて悪かったな嬢ちゃん」
レンの隣にいる大柄な人が、野太い声を私に向ける。暗がりの中で目を凝らすと、たくさん髭が生えているのが見えた。
体には金属の板に見えるものがぶら下がっている。さっきの音はこれだったのだろう。手には細長い棒を持っていた。
「どうした? あー、兵士見るのは初めてか?」
「え、ええと、はい」
この人たちは兵士と言うらしい。髭の人が言う通り見るのは初めてだ。
『ユーナ、話を合わせて』
「にゃっ!」
唐突に頭の中でレンの声がした。びっくりした私は、思わず変な声を出してしまう。
それを不審に感じたのか、髭の人が表情を窺ってきた。他の四人もこちらに顔を向ける。
「この人たちさ、銀の魔女ってのを探して王都からきた兵士さんなんだってさ。大変だよね」
「え、あ、うん。そうだね。お疲れ様です」
「おう、ありがとうな。まぁでも、結局ここにはいないみたいだな。とりあえず上に報告するわ」
髭の人は片手を上げて「じゃあな」と言うと、仲間と一緒に来た道を引き返していった。私には何が何だかさっぱりだった。
「ねえ、レン、どういうこと?」
「魔術だよ」
「それは知ってるけど」
あっさり言ってのけるレンに、私は頬を膨らませた。この人は、説明が上手いくせに説明を省く癖がある。
「魔力は人の精神で操る。これが魔術。なら、逆もできないかなって、前から思ってたんだよ」
「逆って、人の精神を魔力で操るってこと?」
「そういうこと」
ようやく説明を始めたレンは、私の質問に片目を閉じてみせた。
「でも、普通の魔力じゃこんなことできない。量が全然足りないからね」
「で、私?」
「そ。試しにやってみたら成功した。内心ビクビクだったけどね。もらった魔力も底をついた」
わざとらしく肩をすくめたレンは、大きく息をついた。ごまかしているけど、ビクビクしていたのは本当みたいだ。
「で、次は」
「もっと必要ってことね?」
「勘のいい女の子だ。そういうの好きだよ」
「はいはい」
レンに残っていた魔力で五人が限界。村の周囲にいる数えきれないくらいの兵士に魔術をかけるのだから、必要な魔力は想像もできない。今の私が出せる分で足りるのだろうか。
「足りるかな」
「大丈夫」
自信ありげに言い切ったレンは、両手をこちらに差し出した。私はそっと、その上に手のひらを乗せる。
「じゃ、お願い」
「うん」
伝わってくる彼の体温に、私の鼓動はどんどん早くなった。この感情は、やっぱり厄介だ。
気持ちの高鳴りに合わせるように、レンへと送られる魔力は増えていく。私の些細な恋心を見透かされているみたいで、恥ずかしい。
「そろそろ、やれそうだ」
「うん」
「でも、手は繋いでてほしいな」
「……ばか」
私の魔力とレンの魔術が周囲を包み、取り囲んでいる兵士たちの意識を変えていく。レンと繋がる温かさと同時に、私はあることを考えていた。
かつて、国を乗っ取ったという人も、今私たちがしていることと同じようなことをしたのかもしれない。
「ねぇレン」
「ん?」
「前の銀の魔女も、こんな気持ちだったのかな」
「どうだろ」
「好きな人の役に立ちたいだけだったのかもって」
「そうかもね」
レンにはレンだけのために私の力を使ってもらいたい。
月明かりの下、彼と繋いだ手を放したくないと思った。
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