第12話 選択肢はふたつ、選ぶのはふたり
完全に予想通りだった。予想通りになってくれた。
魔力で飛んでくるならば、それ以上をぶつければ止められる。銀の魔女にとっては少しの魔力でも、普通の人とは比べ物にならない。地面に落ちた魔鉱を見下ろし、私は大きく息を吐きだした。
「やった、よね?」
表面上の意思に反して震え続ける膝を殴りつけ、私はレンに振り向いた。精一杯、強気の顔を作って。
「ほらね!」
「ほらって……助かったよ」
レンは怪我の苦痛に歪みつつ、呆れてみせてくれた。一度認めてしまえば、些細なところですら素敵に思えてしまう。
いやいや、違う。そんな場合ではない。さっき探知した時に見つけてしまった事実を、彼に伝えなければならないのだ。
「この村、囲まれてるよ」
「そっか、そっちか」
通常の魔術での探知は、一定以上の魔力がある者しか感じられない。でも、私がやった方法は違う。
大量に放射した私の魔力に少しでも他者の魔力が混じれば、そこに違和感ができる。違和感の数だけ人や動物がいるということだ。もちろん、狙ってやったわけじゃなくて、感情に任せた結果の偶然なんだけど。
「知ってたの?」
「さすがにないだろうとは思ってたけど、予想はしてた。最悪のパターンで」
「最悪?」
「そ、軍が動いてる」
「軍……」
軍と聞いても、想像がつかなかった。やっぱり田舎者の私には縁がないものだから。その言葉からわかるのは、暴力的で恐ろしい人の集まりということだけだった。
「ユーナをひとりで行かせなくてよかった。ありがとう」
「ううん、いいの」
「まずは、逃げないとな。何人くらい?」
私はその問いに即答できなかった。村の周囲には魔術師だと思える魔力は数人、そうではない人の魔力もたくさん感じた。十人や二十人ではなく、本当に数えられないくらいだ。
「魔術師は十人もいないくらい、他は……たくさん」
「そうか……」
事実をそのまま伝えると、レンは思案するように俯いた。
「ふたつ、考えがあるんだ。好きな方を選んでほしい」
「うん」
苦痛に歪んだ顔を上げ、レンは私に問いかけた。
「ひとつは、奴らにユーナを差し出すこと」
「狙いは、たぶん私だもんね」
軍を動かせるのは王様だけ。そんなことくらいは私でも知っている。レンの話だと、何代か前の王様は銀の魔女の力を使ったらしい。なら、王家にそれが伝説として残っていても不思議ではない。
だから、ここで大人しく私が出ていけば、それで終わりだ。もしかしたら、レンの命も助けられるかもしれない。
「もうひとつは?」
でも、私はレンの口からもうひとつの提案を聞きたかった。
「ふたりで、逃げよう。なんとかして」
言われる前から私の答えは決まっていた。レンがその選択肢を出してくれたことが嬉しくて仕方ない。
「そっちにしましょ」
「即答だ」
「正直、無謀だよ? いいの?」
私は戦いなんて知らないし、レンは大怪我。そもそもこんな人数に囲まれていては、逃げるなんて無謀すぎる。
それでも、私の心は決まっていた。
「最初から決めてたよ。レンと一緒がいい」
「そっか、実は俺も」
「同じだね」
「うん、同じだ」
レンはそれ以上は聞かずに、頷いた。
「ユーナ、周りの動きはわかる?」
「うん。ちょっとずつ近づいてる。まだ村の外だけど」
「猶予は、少しだけか」
私の魔力による探知は、止めずに続けていた。銀の魔女がいることは確実に気付かれている。なら、コソコソ隠れる必要なんてないのだ。
「逃げるしても、この腕、どうにかしないと。痛くてどうしようもない」
ここにきて、やっとレンが弱音を吐いた。こんな状況だけど、私に本音を言ってくれるようになったことには、少し感動してしまう。
「怪我を治す魔術とかは?」
「治すというか、治るのが早くなるって程度なら。しかも、魔力の消費がすごい。実は今もやってる」
レンの様子を見る限り、怪我の治療は簡単ではないらしい。魔力の消費がすごいということは、他に魔術が使えないということでもある。
逃げるならレンの魔術は欠かせない。それにこんな酷い怪我、放ってはおけない。
「じゃあ、魔力がもっとあれば、早く治せる?」
「たぶんそうだろうけど、俺の魔力じゃ……あ、そういうこと?」
「うん」
レンは私の言いたいことに気付いてくれた。ここにいるのは、魔力だけならすごいことになっている銀の魔女なのだ。
伝説によれば、愛する者に魔力を与えるらしい。愛とはいかなくても、好意を持っている相手になら少しくらい分けられないだろうか。好意だってさ。
「でも、どうやって渡すんだろう?」
「さぁ」
「さぁって、伝説には説明なかったの?」
「うん」
「うわぁ、説明不足ー」
私は頭を抱えた。軍の人は迫っているし、レンは痛そうだし、ここは私がなんとかしないといけないのに。このままじゃ、魔力を放出するしか能のない女だ。
「仕方ない、このまま行こうか……っと」
「レンっ!」
歩き出そうとしたレンの身体がふらつき、そのま地面に膝をついた。それもそうだ。魔術で治そうとしているとはいえ、あの怪我で動けるわけがない。
「いや、大丈夫。手を貸してくれると助かる」
「うん」
差し出されたレンの左手を握る。そういえば、彼の素肌に触れるのは初めてだ。
「あっ」
「おっ」
ふたり同時に声を上げた。私の魔力がレンに流れていくのがわかる。
「なんだよ、これだけかよ」
「そりゃ、説明するまでもないね」
愛する相手なら、肌が触れ合うのなんて当然だ。わざわざ伝えなくてもそれくらい、いつかはわかってしまう。
もちろん、ただ触れ合うだけではなくて、双方の意思も必要なはずだ。今、私はレンに魔力を渡したくて、レンは私の魔力を求めていた。そういうことだ。
「治せそう?」
「うん、治せそう」
私の魔力を受け取ったレンは、いつもより遥かに強く感じられた。その証拠に、妙な方向に曲がっていた右腕が、みるみると通常の位置に戻っていく。
「すごいな、これ」
「うん、でも、なんか気持ち悪い」
「そういうこと言うかなぁ」
「言っちゃった」
たぶん、少しだけ気が緩んだのだと思う。軽口が言える程度にはなっていた。だけど、そんな時間はすぐに終わってしまう。
「レン、先頭が村に入ってきた」
「わかった。着いてきて、ユーナ」
「はーいっ」
私は、力強く歩きだしたレンの後を追った。
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