第11話 きっかけは愛称

 レンの身体は突然、私の視界から消えた。そのすぐ後、何かが壁にぶつかるような音。


「えっ……」

 

 事態を把握できないまま、慌てて視線を巡らせる。レンの姿を見つけるのに時間はかからなかった。私から見て右側、壁にもたれかかるように倒れている。さっきの音は、彼が壁に激突した音だとわかった。


「レン!」

「来ちゃだめだ!」


 駆け寄ろうとした私に、レンは左手を上げ強い言葉で制止する。彼の右腕が普通では考えられない方向に曲がっていた。


「レン!」

「声を上げるな。狙われている」


 その言葉にはっとして、私は両手で口をふさいだ。どんな手段を使ったかはわからないけど、何かしらの攻撃を受けている。目標はレンなのかもしれないし、私かもしれない。


「まずは外套を着てくれ。いつ次が来てもおかしくない。急いで」


 レンが小声で呼びかける。私は口を押さえたまま頷いた。


「こちらの位置をどうやって把握しているかわからない。魔力か、音か」


 レンの怪我は心配だけど、ここで私が取り乱したらもっと酷いことになる。隠した唇を軽く噛み、そばに行きたい気持ちを抑えた。


「石のようなものが落ちているだろ? これが飛んできた」

 

 外套を体に巻き付けた私は、レンの足元に目をやった。言う通り、丸っこい形の物が落ちていた。多少のデコボコがあって、大きさは赤ちゃんの握り手くらいだろうか。レンが吹き飛んだ方と反対側の壁を見ると、ちょうど同じくらいの穴が開いていた。


「これは?」

魔鉱まこうだね。魔力に反応するように、何種類かの金属を混ぜて作る」

「投げた?」

「いや、そんな威力じゃない。何らかの魔術だと思う」


 魔鉱と呼ばれたものを改めて見つめた。言われてみれば、わずかに魔力を感じる。手段はわからないけど、魔術が使われた証拠だった。


「誰が、こんなこと?」

「わからない。ただ、魔鉱は地方のゴロツキみたいな魔術師が持っているようなものじゃない」


 つまり、魔鉱を持っているということは、昼間の連中の仲間ではないということだ。ならば、誰が何の目的で攻撃しているのか。考えられるのは、ひとつしかない。


「それって……」

「今はそんな話をしている場合じゃない」


 レンが私の思考をきっぱりと打ち切った。その通り、今は対処を考える方が優先だ。


「頼みがある」

「いいよ」

「これをやった魔術師を探してほしい。やってみたけど、ちょっと、探しきれなかった」


 目を凝らすと、レンの額には大量の汗が浮かんでいた。魔術を使うには精神の集中が必要だ。右手に大けがを負っている状態では、まともに使えるわけがない。そう考えると、やってみただけでもすごいことだ。


「任せて」


 レンに頼られた。喜んでいる場合じゃないのはわかっているけど、その事実は嬉しかった。

 私は目を閉じ、周りを漂う魔力に意識を向けた。


 近くには村の住民や家畜が放つ、わずかな魔力だけ。村の外まで範囲を広げても同じだった。魔鉱をものすごい速さで飛ばすような力は感じない。


「見つからないよ」

「遮断してるのかもな」


 確かに、私が着ている外套のようなものがあれば、探し当てることは不可能に近い。どうすることもできない状況に、私は焦っていた。頼ってもらえたばかりなのに、何の役にも立てなかったことが悔しい。


「仕方ない。移動しよう」

「どこへ?」


 レンが右腕をかばいながら、ゆっくりと立ち上がる。こころなしか、レンの息遣いがだんだんと荒くなっている気がした。軽く上げられた左手は、さっきと変わらず私に来るなと言っているようだった。


「方向だけはわかってる。なるべく間に建物を挟むようにして、村から出る」

「そのあとは?」

「隠れながら、魔術師を探す」


 足が無事なのは幸運かもしれないけど、怪我人を連れて走り回るなんて無理がある。それでも、レンの意志は強いと感じられた。


「俺はあっち、君はそっち。いいな?」


 レンはそれぞれ逆方向を指差す。別々に逃げるつもりみたいだ。私の返事を待たず、レンは小屋の扉を開けた。


「いくぞ!」


 掛け声は澄んでいてよく通った。そして、レンは魔力を放出した。それでようやくわかった。レンは、おとりになるつもりだ。私に考える時間を与えずに動いたのは、反論をさせないためだったのだ。


「ばか! また君って言った!」


 そんなことさせない。置いてなんて行かせない。二度と君なんて呼ばせない。

 私はそれ以上に考えてはいなかった。だから、身体から魔力が溢れ出たのも偶然だ。


「なっ?」


 レンが驚きの声を発した。私の魔力はそれも、村人たちも、村の周辺も覆い尽くす。


「そっか、そうだったね」

  

 ようやくわかった。わかってしまった。とても簡単なことだった。

 普通の魔術なんて使う必要はなかった。私は銀の魔女。人が人として扱う技術の枠には入らない存在だった。

 

 魔術師を見つけたいのなら、魔力を広げた範囲にある、別の魔力。この中から探せばよかったのだ。


「いた」


 相手はすぐに見つかった。ちょうど昼間にレンが戦った山の中腹に、魔術師が二人いた。魔力を遮断する外套を着ていても、隙間から漏れ出ている。私にはそれが、手に取るようにわかった。

 そして、次の攻撃を準備していることも。

 ひとりが目標までの空気を歪ませて、魔鉱の通る道を作る。そこに向けて、もうひとりが魔鉱を魔力で反発させる。とても高度な魔術だろうけど、やっていることは単純だった。


「レン、次が来る!」


 私の魔力に気付いたようだけど、彼らは行動を止めなかった。鋭い意志を感じる。きっと、レンに負けず劣らずの魔術師だ。


「ユーナ、逃げろ!」


 レンが必死に私の愛称を叫ぶ。実はかなり嬉しい。

 単純に嬉しいのもあるし、銀の魔女でもちゃんと人間の女の子なんだと実感できる。


 乙女心には関係なく、こちらを狙う魔術師の魔力が高まっている。もういつ攻撃されても不思議じゃない。

 うん、大丈夫。今の私ならきっとできる。私はふらつくレンに駆け寄った。


「レン、見てて」


 私は少しだけ、周囲に魔力を展開した。

 飛んできた魔鉱は、私たちの目の前で動きを止めた。

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