第3話 大体の元凶

「ただいまー。姉ちゃん今日のご飯なにー?」


 家に帰って制服を脱ぎながら、リビングにいるであろう姉に問う。


「アジフライと煮物」


 うむ、聞いただけで涎が出てくる。けど、姉ちゃんが和食って珍しいな。

 脱いだ制服を洗濯機に入れ、パンツとシャツの状態でリビングに入る。


「おかえり、あっくん」


 少し遅くなったので、すでに姉ちゃん——百瀬柚子が台所で料理をしていた。

 ピンク髪のハーフツインに地雷系メイク。服はピンクのブラウスに黒のスカートとがっつり地雷系だが、やけにエプロンが似合う。


 見た目こそ最近の地雷系といった感じだが、中身は普通に夕飯の支度をしていてくれるいいお姉ちゃんだ。

 まあ、たまに裏垢で病みツイしてるけど。


「うお、いい匂い」

「そうでしょ。和食初チャレンジだけど、結構うまく出来たと思うよ。もうすぐ出来るから座って待ってて」

「うい~」


 姉ちゃんは一応大学生なのだが、講義で帰りが俺より遅くなる日以外は基本こうしてご飯を作ってくれる。

 中学卒業後すぐに一人暮らしを始められただけあって、家事スキルは高く、ご飯はいつも美味しい。


 しかも、ちゃんと栄養バランスも考えられた食事だ。

 これだけ家庭的な料理が作れて容姿もスタイルもいいのに、なぜか彼氏がいない。そんな時間無いと言っているが、にしても不思議だ。


 ぼーっと夕食が来るのを待っていると、すぐに美味しそうなご飯が運ばれてきた。

 アジフライ、煮物、サラダ、味噌汁、お米。


「うお、美味しそう」

「そうでしょ。初挑戦だけど、上手く出来たと思うよ」

「へぇ、楽しみだわ。いただきます」

「いただきます」


 ……うん、美味しい。中学生の頃、母さんに「一人暮らししたいから料理教えて!」と言っていたが、にしても美味しいな。


「どう? 味付けとか大丈夫そう?」

「うん、美味しい。濃すぎず薄すぎず、いい塩梅だと思う」

「よかったー。あっくんの好み的にも大丈夫?」

「うん。これくらいの味付けが好きかな」

「それならこれからもちょいちょい和食も作っていこうかな」

「へぇ、そりゃ楽しみ。そういえば、肉じゃがとか食べたことなかった気がするな」

「あー、確かに。じゃあ明日作ってあげよう」

「楽しみにしてるよ」


 この姉、家事はダメダメだと思われているらしいが、実のところ結構できる。女子力というか、もはや主婦力が高いとか、そんなレベルだ。

 まあ3年も一人暮らししていりゃそうもなるだろうが、中学生の頃から「一人暮らししたいから!」と家事を教わっていたし、納得ではある。


「けど肉じゃがかぁ。あっくんどんな味が好きだっけ」

「どんなのが好きって程色々食べたわけじゃないけど、まあお袋のの味って感じの味が一番好きかな」

「うーん、あんまし覚えてないけど……まあ作ってみるね」


 何かとスペックが高く、家事スキルも高い姉ちゃんの料理、楽しみだ。本当は俺ももっと料理をした方がいいのだが……美味しいのでつい甘えてしまう。


  ◇◆◇


 夕飯を食べて真央さんに頼まれた背景を完成させ、俺はのんびり風呂に入っていた。

 防水ケースにスマホを入れて、軽くソシャゲの周回をする。なぜか風呂でゲームをするといつもより捗るんだよな。

 まあ、今はだらっだらボックスを眺めているだけだが。

 そうしていると、配信開始の通知が来た。すぐその通知から動画サイトに飛ぶと、オープニングが流れ、それからピンク髪にアイドルらしい衣装の立ち絵と、雑談用の背景に切り替わる。


【凸待ち】200万人記念! オススメ商品総額200万円まで買う【三廻なゆた】というタイトルで、すでに同時接続数は5万人以上。

 個人勢でありながら企業勢と遜色ない活動で、圧倒的人気を誇るアイドル系VTuberの記念配信というだけあって、勢いが凄い。

 同接はもちろん、SNSでもトレンドに入っている。


『どおも~。地球の皆こんなゆた~。弟が200万人おめでとうって言ってくれなくてちょっと寂しい三廻なゆたでーす』


 聞きなれた——何なら毎日家で聞いている声での挨拶。誰あろう、この三廻なゆたの中の人こそ、俺の姉ちゃんである。


『一番に言ってくれるの期待してたんだけどお姉ちゃんちょっと寂しいな。なのでその寂しさを埋めるべく——え、あ、待って、もう来た。——うん、じゃあ自己紹介どうぞ』

『弟くん見てる~? 弟くんの大事なお姉ちゃんの初めて奪っちゃった~。どーも、最近事務所と喧嘩してフリーになった天音沙耶でーす』


 とんでもない挨拶と共に通話に入ってきたのは、沙耶だった。もちろん、俺の友人で幼馴染の沙耶だ。


『なゆ姉200万人おめでと~!』

『沙耶ちゃんありがとう~! えー、一番最初に来てくれたのめっちゃ嬉しいんだけど。何なら弟より早いよ』

『あの子の事だしサプライズ的にお祝いしてくれるんじゃない? 素直ないい子だし』


 何があの子だよ。タメだろ沙耶は。

 沙耶は俺を『弟みたい』とよく言うが、大体それは姉ちゃんのせいだ。沙耶だけじゃない。唯華や真央さんも俺をそう見るのは、大体姉ちゃんのせいである。


『それもそっかー。なんやかんや100万人行った時も電話くれたりしたし』

『誕生日の時とかさ、絶対電話くれるくない? あとちゃっかり何かしらプレゼントとか送ってくれるよね』

『それなー。毎年律儀にそう言うことしてくれるとこ、ほんと可愛いよねー』

『可愛いよねー。割とツンツンしてるとこあるけど、そういうとこめっちゃ素直だもん!』


 本当に沙耶は俺を『友達の弟』としてしか見ていないらしい。

 姉ちゃんと仲良くなった奴は、姉ちゃんが弟トークをするせいか、大抵俺の事を弟扱いするようになる。そのせいで何度失恋したことか。

 配信でもリアルでも、弟が弟がって話すのをやめてほしい。小学生の頃ならともかく、俺ももう高校生なのだ。一応高校デビューしたわけだし、俺は今度こそ普通の青春を送りたい。

 だから、頼むからそろそろ人前でも弟扱いするのをやめてほしいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の青春はアイドルな姉に支配されている おるたん @cvHORTAN_vt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ