ところで、この広告を見てくれ。こいつをどう思う?

 真尋に名刺を渡してから二日後。

 所属事務所から連絡が俺宛に舞い込んできた。


 協議後の結論から言うと、出演OK。しかも契約料はかなり破格なお値段である。もちろん安いほうの意味で。

 まさに出血大サービス、いやこれじゃ破瓜はかのお値段か。


 真尋が必死に頑張って譲歩してくれたのかもしれないが、そういう影の事情は知る由もないから俺からはなんともいえん。


 ただし、許可が下りたのは、アイドルユニット『ファレノプシス・アフロディテ』全員ではなく、真尋一人だけだった。

 できれば、ユニット内一番人気であった『さゆり』の許可も欲しかったところだが、契約料が破格だったのだから仕方がない。


 というわけでスチール撮影当日を迎えることとなった。なぜか俺と吉崎パイセンもその場に立ち会いすることになったのだが、さっそく真尋が着るはずの衣装を手にして戸惑っている。


「……あの、この衣装、いったい……」


 まあそれもそのはず。なんせ着衣を要求されたのが赤のバニーガール衣装だからな。手に持ってるだけで期待感も股間も膨らむってもんだ。


「だいじょーぶ、絵梨香ちゃんなら着こなせる!!」


 そして吉崎パイセンはただの平社員なのになぜこんなに偉そうに発言してるのだろうか。というかなんかチーフプロデューサーみたいなたたずまいなんですけど。

 あ、ちなみに『絵梨香』っていうのは真尋の芸名な。忘れてる人も多そうだったので念のため。


「でも、なんでバニー衣装なの……」


 パイセンの言葉だけでは根拠として不十分なのか、真尋は相変わらず混乱している。うーむ。ひょっとするとアイドル的にNGなんかな?

 真剣に尋ねてみよう、真尋だけに。


「まひ……じゃなかった、絵梨香さん。コンプラ的にやばいんかな?」


「あ、い、いいえ、そういう制約は別にないけど……たぶん」


「いまどきバニー衣装なんてフツーよフツー!! 夜が始まっちゃうわけじゃないんだから!!」


「パイセンはちょっとおちつけ。確かにコスプレとしては定番ではあるけど……」


「そうよ! というかどこかのアニメでもあったじゃない、バニー衣装でバンド演奏するやつが!!」


「それ歳がバレる発言では……まあいいや、絵梨香さん、コンプラ的に不適切なら断っていいんだからな。それでなくても破格の条件で依頼してるわけだし」


 今回の『SASUKene』というアパレルブランドでは、個人オーダーを引き受けるというコスプレイヤー対象の企画もやることになってる。曲がりなりにもアパレルの一流ブランドが作るオーダー衣装、というコスプレ衣装に付加価値を持たせるのが目的の無茶な企画だ。

 まあそれのPRなわけだが、本性はともかくガワだけは清純派で売ってるアイドルに水着よりもエロティックなバニー衣装を着せるのは事務所的にどうなのか確かに不安材料。

 いくら成人済みだとしても、真尋の判断だけではためらわれるであろうことは間違いない。


「う、ううん。わたしが着ても似合ってるかどうかが不安なだけ、だけど」


 真尋がおどおどしながらそう言ってくるので、俺は即座に否定という名のヨイショをした。少しでも気分よく仕事してもらわねばならん。


「そんなの似合うに決まってるじゃないですか。こういっちゃなんですが、(実際に清純かどうかはともかく)清楚美人のアイドルが今までと違った一面を見せるのは、ファンならずともグッとくると思いますよ」


「そ、そういうもの……?」


「はい。(清楚なイメージが好きな人からはビッチ扱いされるかもしれないけど)女性が女性らしい部分をみせつけることで男性の視線が釘付けになることは間違いないですし」


「……」


「それに女性だって、美しい女性らしさを目にすることで、嫉妬する以上に羨望を抱きます。女性に『私もこういうふうになりたい』と思わせることができれば、男女問わず世間の支持を得ることができると思いますよ」


 本音を隠しつつ建前を強調するのは社会人の基本だ。

 まあ、確かに真尋は黙ってりゃ清楚系美人だし。内面が性祖系ビッチ人だったとしても、人はまず外見に騙される。

 そして、そろそろ外見に騙されたその人たちに違う一面を見せつけることが、アイドルとして一皮むけるために大事なように思う。


 あと、決して大口の仕事ではないけど。

 これがきっかけで真尋が注目を浴びるようになってくれれば、俺もうれしいという気持ちも少なからずあるもん。


「……そ、そうですか。そこまで、ゆう……中西さんがおっしゃるのであれば、チャレンジしてみたいと思います」


 正直、真尋は今さらバニー衣装くらいで恥じらうようなタマじゃないと思っていたのでちょっと意外だったが、思考回路がだいぶはぐれビッチ清純派に寄ってきたな。アイドル生活のたまものか。

 この様子なら枕営業とかもしてなさそうで一安心。得意技がピロートークとかになってしまっては目も当てられん。AVデビューの打診をYesNo枕で返答するようにはこれからもならないでくれよ。


 で、時間にして三時間ちょっと経ち、そんなこんなのうちにスチール撮影は無事終了した。


 真尋、じゃなかった絵梨香のバニー衣装のほかにも、もちろんいろんなコスプレ姿を撮影したのだが。

 結局、後ほどウェブ広告になったときにバズったのは、バニー姿のそれだったことだけは記しておこう。


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それ、男運が悪いわけじゃない。おまえの男を見る目が壊滅的なだけだ 冷涼富貴 @reiryoufuuki

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