わりと冷静

「……中西くん、ちょっといいかな?」


 真尋に直で値引き交渉してこようか、などと思っていた4コマ目の講義後、なんと苗木さんに声をかけられた。驚き。

 ただ、当然ながらなにかアマイアマイ用件でないことは合点承知である。酸っぱいのかそれとも苦いのか。


「なに?」


「え、ええと、今度、サークルで飲み会があるんだけど……」


「!」


 なんという偶然、ご都合主義といわれても反論できん。そういえば苗木さんも同じサークルに入っていたんだった。


「なにか、怪しげなふいんきが漂っているから、真尋さんにも注意した方が……」


「どゆこと?」


 え、手毬じゃなくて真尋のほうを名指しで?


「うん、その……サークル内で、真尋さんを狙ってる人が、いるみたいで」


 おっと。真尋は大学が違うから、哘くんの情報では当然ここまでの話は出てこなかったが……しかし。


「へえ、真尋をねえ。あいつひょっとしてわりとモテる?」


「まあ、確かにキレイで高嶺の花っぽいし……って、それだけ? 中西くんは、真尋さんをだれかにとられてもいいの?」


「は? なんで俺が真尋を取られて嘆き悲しまなきゃならないの?」


「……」


 というかな、真尋と今さらそういう関係になれるわけないだろ。だいいち真尋に未練があるマラ……もとい、未練があるなら苗木さんに告白とかするわけないし。

 マラですらカウパーバリバリ未練勃ちなどしないレベルだ。


 ……とは思ったが、ただでさえ気まずい空気が流れてしまったので。

 俺の本音は、白濁液がのどに絡みつかないのと同じように上手に呑み込んでおくほうがいいな。


「ま、たとえ誰かが真尋を狙っているとはいえ、無理やり酔わせて乱暴とかはしないでしょ?」


「そう思いたいけど、真尋さんを狙ってる先輩って、ちょっと悪いうわさがある人で……」


「悪いうわさ?」


「うん。は、ハメ……撮り、とか、大好きらしいし……」


「それ真尋本人に言ったらいいんじゃないかな」


「気を付けるように言ってはいたんだけど、確証はないし、真尋さんのバースデー飲み会だからあまり強く出れないの」


 そういうもんなのか。

 つか貞操がそれほど大事じゃないんならともかく、大学生の飲み会ってある程度覚悟して参加するべきじゃなかろうか。もちろん性的な意味で。

 ま、フツーは飲み会のお酒一発目が『とりあえずワカメ酒』だったらドン引きだよなあ。回避方法がパイパンにする、くらいしか思いつかん。

 そして飲み会が始まってしまったが最後、シメにオタマジャクシ入りの白濁液飲み会ってか。タンパク質補給で悪酔い回避できそうだな。欠点はまずいことと飲み込みにくいことくらいだ。


 ……そう考えると、わりと健康的? とか考えてしまったことはいったん置いといて。


「そういえば、今回の飲み会、手毬と真尋が主賓と聞いたんだけど、ひょっとすると手毬はおまけなのか?」


「……そんなことはないと、思う」


 あ、そこで目が泳ぐ当たり、苗木さんも嘘がへたくそ。

 なるほど。真尋と手毬が親友っぽいポジションだから、真尋が心細くなって飲み会不参加、などとならないように手毬がキープされてる、という感じか。哀れ手毬。


 でもそれなら手毬に危機感がなくても何とかなりそうな気はするけど。


「理解した。まあ、手毬が仲良くしているサークルの人間って、吉崎っていう先輩くらいしか知らないけどね、俺」


「……えっ」


 先輩の名前を出した瞬間、なぜかそこで苗木さんが驚いた。


「その先輩がどうかしたの?」


「え、ええと、吉崎先輩って、吉崎美絵さんのことだよね……?」


「おうたぶんそうだ」


「手毬さんと、仲が良いの?」


「知らんかったん? 割と仲良さそうにに話してたよ。手毬のほうは頼れる先輩って思ってる感じだった」


「ええっ!? ……中西くんも、吉崎先輩と話した?」


「うん、少しだけ。初対面で名前は認識されなかったようだけど」


「うそっ……」


 なんか知らんけど、手毬と吉崎先輩が仲良かったり、俺と吉崎先輩が話をしたっていうところで苗木さんがびっくりしている。


「なんでそんな驚いたようなリアクションしてるん?」


「えっ、だって、吉崎先輩って有名じゃない……」


「そうなの? 俺は名前も聞いたことないんだけど、何で有名なん?」


「……百合方面で」


「はい? ……はい?」


 切羽詰まったかのようにそう白状する苗木さんの言葉は、とても嘘には聞こえなかった。むしろ『何で知らないの』みたいな視線で見られているよ。


「去年の新歓のとき、安部あんべ先輩が『要注意人物』って挙げていた人だよ……中西くんもわたしと一緒にいたから聞いてたでしょう? うちの学部でも被害に遭った人間がいるって噂だよ」


「……マジ?」


 しまった、百合に走った他人などに興味がなかったから、そんな情報記憶の片隅にすら残ってないわ。


「確かに明確な証拠はないけど……わたしも、まさか手毬さんが吉崎先輩のいるサークルに入るとは思わなかったんで……万が一、手毬さんを危険にさらさないために一緒に入ったけど、わたしがいくら説明しても真面目に取り合ってもらえなかったから」


「そういう経緯で苗木さんは一緒のサークルに入ったのね、なるほど」


「ところで、いつの間に先輩と手毬さんが仲良くなってたの……?」


「詳しくは知らない。苗木さんが気にしすぎ、ということはないのかな?」


「吉崎先輩って、基本的に他人を覚えないし、話したりしないの。無関心、って感じを貫いて。話すのは狙いをつけた好みのタイプの女子だけ」


「……」


 マジぶんぴーぴーで驚いた。

 何でそうなったのかは知らんが、ということは手毬は……吉崎先輩に狙われてるわけ? 

 俺に話しかけてきたのは、牽制するためだけ、ってことか? 確かに名前は憶えられてなさげ。


 …………


 わからん。これは手毬の貞操の危機、といっていいのかすらも。

 ま、真尋のほうはそう表現しても差し支えないかもしれんが、あっちはあっちであそこの経験豊富だからなあ。危機感がやや薄く感じられるのはしょうがない。


 それにしても、哘くんが言ってたウワサが『百合方面の意味でのヤリサー』ってことだったらどーすりゃいいわけ? フツーに男子も所属してんだろ?

 百合もほのぼのレイプもありーの、赤白ミソもクソも一緒くたみたいな乱痴気とか、大便以前にマジ勘弁だわ。

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それ、男運が悪いわけじゃない。おまえの男を見る目が壊滅的なだけだ 冷涼富貴 @reiryoufuuki

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