第91話 白衣の勇者、これからも頑張る
――それから月日が経ち、季節は夏。英雄が異世界から戻って十か月ほどが経とうとしていた。
英雄は渋谷駅のとある広告の前に立ち、感慨深そうにその広告を眺めていた。
そこに写っているのは、Elementsの面々である。
Elements単独ではなく、複数のディーバーがいる広告ではあったが、そこに彼女たちがいることを英雄は嬉しく思う。
この十か月で、Elementsの知名度は飛躍的に伸びた。
部活動路線が功を奏し、親以降の世代からは青春を感じることができるコンテンツとして、同年代からは親近感を得やすいコンテンツとして支持を得た。
また、息抜き動画として、踊ってみた系の動画や雑談系の動画なども投稿するようにしたところ、ターゲットとしていた若い女性のファンも増える。英雄と翔琉のイチャイチャ動画が要因だとする説もあるが……。
いずれにせよ、多くのファンを獲得することに成功した彼女たちは、今や登録者が二百万人を超えるディーバーだ。
実力的にも、危険度Aのダンジョンに挑戦できるレベルまで来ているので、彼女たちがディーバーのトップに名を連ねるのも遠くない未来である。
「いやぁ、良かったねぇ。これも塚っちゃんとヒデちゃんのおかげだよ」
英雄の隣には、社長の毛家太郎と啓子の姿もあった。三人で広告を確認しに来ていたのだ。
「うぅ、本当に良かったです」
啓子は目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭う。
「こらこら、泣くのはまだ早いんじゃないか」
「わかってるんですけど、でも~」
「まぁ、啓子さんの気持ちは俺もわかりますよ。いろいろありましたからね」
「ふむ。まぁ、でも、それらの困難を乗り越えて、ここまでやってこれたのも、塚っちゃんとヒデちゃん、そして彼女たちの頑張りがあったからだ。これからも頼むよ」
「はい!」と啓子。
「はい。頑張ります」と英雄。
しばらく広告を眺めていたが、太郎が少し疲れた表情で口を開く。
「……じゃあ、そろそろ仕事に戻ろうか」
三人で事務所に戻ろとしたところ、「あの」と英雄が声を掛けられた。
振り向くと、若い三人組の女の子が目をキラキラさせて、英雄を見ていた。
「俺ですか?」
「はい! 兄貴、ですよね?」
「ええ、まぁ」
黄色い歓声が上がり、英雄は苦笑する。翔琉との動画のおかげか、最近は英雄自身も声を掛けられることが増えた。
英雄が目配せすると、太郎と啓子が先に帰っている旨のジェスチャーをしたので、英雄は頷き、女の子たちに視線を戻す。
「動画を見ています!」
「この間の動画、最高でした!」
「いつも翔琉君をありがとうございます!」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
三人の熱量に圧倒されながら、英雄は答える。
「写真を撮ってもいいですか?」
「いいですよ」
写真を撮っていると、他の女の子たちもやってきて、次々写真を頼まれる。
(変装してきた方が良かったか)
少し迂闊だったかもしれない。
しかし、そんなことを思っているうちに撮影は終わって、女の子たちは波のように引いていった。
(これくらいなら、いらないかも)
そんなことを考えていると、再び声が掛かる。
「ふふっ、人気者ですね」
優月だった。優月を認め、英雄の表情が明るくなる。
「どうも。いや、そんなことないですよ。俺なんて所詮、翔琉のバーターにすぎませんからね」
英雄は自虐っぽく笑い、優月の後ろにいる怪しげな男に気づいた。
帽子を被り、サングラスを掛けて、マスクをしている。
それが翔琉であることはすぐにわかったが、ここでその名前を出したら、パニックになるかもしれないので、軽く会釈をするにとどめた。
「そんなことないですよ。英雄さんも十分素敵です」
「マジっすか」
「あ、素敵と言うのは、その」と顔を真っ赤にする優月に、翔琉が何事か囁く。
それで優月は、どこか遠慮した調子で英雄に微笑みかける。
「あの、良かったら、私とも写真を撮ってくれませんか?」
「もちろん。いいですよ」
そして、広告の翔琉のそばに立ち、英雄は優月との写真を翔琉に撮ってもらう。
優月は、翔琉にとってもらった写真を見て、嬉しそうに目を細める。
「ありがとうございます」
「いえいえ、これくらい優月さんにやっていただいたことに比べたら、お安い御用ですよ。そうだ。また、近いうちにお茶にでも行きましょう」
優月とはあの後も定期的に会って、翔琉のことや翔琉との動画について話していた。
「……はい。喜んで!」
そのとき、優月のスマホが鳴って、優月は申し訳なさそうに手を合わせる。
「すみません。仕事があるので」
「はい。お気をつけて」
「じゃあね」
優月は翔琉に短く手を振ると、走り去った。
優月を見送り、英雄は翔琉に目を向ける。
「それじゃあ、行きますか」
翔琉が小さく頷く。
「私の写真は撮らないの?」
背後から声を掛けられ、翔琉はビクッと体が震えるも、英雄は気づいていたかの如く冷静に振り返る。
「今から撮ろうと思っていたんだよ」
そこに立っていたのは、全身黒コーデの女だった。サングラスをかけ、変装しているものの、有名人のオーラが滲んでいる。
彼女は、夜美彩羽。今回の広告でも中心に位置するトップオブトップだ。
彼女ともあの後にいろいろあったのだが、現在は和解し、仲良くなっている。
「ふーん。どうだか。なら、サービスしてあげようかな」
「え、べつにいらないけど」
しかし彩羽は、英雄の手を取ると、広告の自分の前に連れて行き、英雄の右腕に自分の腕を絡ませて、ピースした。
「ちょっと、これは」
「いいから、早く」
英雄は彩羽に言われるがままにピースし、彩羽のマネージャーである沙代里が撮った写真に納まる。
「ふふっ、後で写真を送ってあげる」
「そいつはどうも」
「ねぇ、これから暇?」
「仕事」
「彩羽さんも仕事です」と沙代里が声を潜めつつも、語気を強めて言った。
「そっかぁ。んじゃ、また後で連絡すね」
「ああ」
笑顔の彩羽と沙代里を見送り、英雄は苦笑する。彼女とは仲良くなったが、仲良くなりすぎているかもしれない。
腰を突かれる。翔琉だった。サングラスの奥で何か言いたそうな目をしている。
「すまん、すまん。行こう」
英雄は翔琉とともに事務所へ向かう。
事務所に入ると、翔琉はサングラスとマスクを外した。
「人気者は大変だな」と英雄。
「兄貴ほどじゃないけどね」
「いやいや、俺なんて翔琉に比べたら全然だよ」
翔琉にジト目で見られる。
「何だよ?」
「はぁ」と翔琉はため息を吐いた。
「これはゆづ姉も大変だ」
「優月さん? 何で?」
「さぁ、何でだろうね?」と翔琉は呆れたように笑う。
翔琉とは動画での絡みが増えたこともあって、かなり打ち解けてきた。だから、いつの間にか砕けた口調になっていたが、そんなことは気にしていない。
また、冒険者としても頼もしくなり、ダンジョン内の植物に関する知識は、翔琉が尊敬するアジキすら凌駕するレベルだった。これでもまだ高三なのだから、今後の成長が楽しみな逸材である。
「あれ土井ちゃんじゃない?」
英雄たちの前に、黒いジャージを羽織り、ホットパンツを履いた菜々子がいた。
「土井ちゃん!」
翔琉が声を掛けると、菜々子は振り向いて微笑む。
「あ、ひでっちと翔琉君」
「お疲れ。学校の帰り?」
「ん。まぁ、そんなところ」
菜々子は春から大学に通っている。キャンパスでも人気者らしい。
「二人でお出かけ?」
「いや、あの広告を見に行ったら、兄貴がいたから、それで」
「そうなんだ。私も誘ってくれればよかったのに」
「それじゃあ、後で行こうか」
英雄は菜々子を見て、笑みがこぼれる。
いろいろと悩んでいる時期もあったが、今はふっきれて、精力的に活動している。
菜々子は、近接戦に関しては同年代でも最強クラスだった。魔法の使い方に関してはまだまだ改善が必要なものの、年齢を考えれば十分すぎるほどだ。
菜々子と目が合う。菜々子はぽっと頬をそめた。
「今、私でえっちなことを考えてた」
「違うわ」
「兄貴……」
「だから違うって」
誤解を解きつつ、エレベーターに乗って部屋に向かう。
部屋の前へ移動すると、中から騒いでいる声がした。
(またかよ)
英雄が呆れつつ、部屋の扉を開けると、ソファーで絡み合っている三人の少女がいた。
英雄が入ってきたことで動きが止まり、その隙に心愛がするりと抜け出て、英雄の背中に隠れた。その顔は赤い。
「お兄ちゃん。あの人たち、おかしい」
「いやぁ、心愛ちゃんがきつくなったっていうからさ、測ってあげようと思って」と一花は悪びれも無く言う。
「そうよ! 私たちの善意だわ」と絵麻も胸を張る。
「受け取り方は人それぞれだから、気をつけなよ」
心愛もどこか楽しんでいるように見えたので、英雄は軽く注意した。
「はーい」
「わかった」
「本当にわかったんだろうな」
英雄は呆れるが、心愛と仲良くしてくれている二人には感謝していた。
二人がいたからこそ、内気な心愛も早く打ち解けたんだと思う。
心愛が日本に帰国したのは先月のこと。心愛が参加していたプロジェクトが丁度終わったので、そのタイミングで帰国した。
そして、そのままElementsに加入することに。
心愛は、最先端の冒険者スキルを学んでいたこともあり、実力は絵麻たちと遜色なかった。
しかし、諸々の事情があって、まだ正式な発表には至っていない。彼女がデビューするのを兄としても心待ちにしている。
英雄は目の前にいる一花と絵麻を見た。
彼女たちもこの十ヶ月でかなり成長した。
一花に関しては、魔法関連のスキルが飛躍的に伸びた。また、治療関連のスキルも身につき、最近では簡単な治療ならこなせるようになっているので、冒険者だけではなく、医師としての成長も期待している。
絵麻に関しては、最初に患っていた病気も完治し、今では問題なく魔法が使えている。近接戦も魔法も得意な彼女の才能は、今後もElementsに必要な力になるだろう。
二人は、英雄が職場恋愛に否定的なことが発覚したとき、独立すると騒ぎだしたが、今でもこうやってこの事務所で頑張ってくれている。
「ほら、ヒデ君も帰ってきたし、今日の打ち合わせをやるよー」と啓子。
「はーい!」
絵麻たちが楽しそうに談笑スペースに集まる。
「ほら、お兄ちゃんも行こう」
「ああ」
心愛に手を引かれ、英雄も歩き出す。
異世界から戻ってきたばかりの頃は不安なことも多かったけど、新しく見つけたこの場所で、これからも頑張っていこうと思った。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
急ではございますが、この回を持ちまして、本作品は完結とさせていただきます。
正直、回収しきれていない伏線などはありますが、
・このままだと、エタりそう。
・100話(exを含む)でキリが良い。
・作品の方向性を見直したい。
と考え、完結させることにしました。
方向性の見直しに関しては、書いていく中でブレたというか、やりたいことが多くなった結果、いろんな方向を向いてしまった気がするので、そこを一度整理したい所存です。
また、見直しといっても、この作品を直接修正するというより、この作品を叩き台として、新しい作品を書こうと考えています。そのため、この作品を叩き台にしている作品を見かけた際には、読んでいただけると幸いです。
改めになりますが、最後までお読みいただきありがとうございます!
こちらの作品はカクヨムコンに応募しているので、まだの方は、★評価していただけるとありがたいです!
それでは。
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