吾輩は猫であるぞ!~ある猫の復讐恋奇譚~

あやとり

吾輩は猫であるぞ!~ある猫の復讐恋奇譚~

 

 吾輩は猫である。食う物がなく、死にかけである。

 そんな吾輩が河原で死ぬ瞬間を待っていたときだ。


 「お前、腹がすいているのかい。こっちへおいで、食い物をわけてやろう」


 目を開けると、人間の娘が握り飯を差し出している。吾輩は夢中でその飯にかぶりついた。

 どうやらこの娘、訳あって一人旅をしているらしい。女の一人旅はさぞ危なかろう。吾輩は一食の恩義に、この娘の用心棒をしてやることにした。

 

 「猫や、見てごらん。川の水が澄んでいるねえ」

 

 「おお、猫や。花が咲いているぞ。美しいなあ」

 

 「可愛い猫や。今夜は月が綺麗だなあ」


 娘は変わっていた。どんな小さなことにも心を動かし、脚を止めて吾輩に見せた。危なっかしい娘だ。娘や、吾輩がどんな悪漢からも守ってやろうぞ。吾輩は月を見上げながら、「にゃあ」と答えて見せるのだった。


 一人と一匹の歩幅が合ってきた、そんな日の事だった。

 

 「猫や、今日食べる野草を探そうねえ」

 

 娘はそう言って藪の中へと入っていこうとした。

 

 いけない、娘!そこは危ない!

 

 「どうしたんだい、そんなににゃあにゃあ鳴いて」

 

 娘よ、その場所から離れてくれ!

 

 「あいたっ!」

 

 娘!

 

 見ると、娘の足に蛇が噛みついている。こいつは毒蛇だ!

 

 娘から離れろ!


 吾輩はしゃあっと吠え、蛇の腹に嚙みついた。さすがに蛇も参ったのか、娘の足から離れて逃げていく。

 

 娘よ、大事ないか⁉

 

 吾輩は娘に駆け寄る。娘の体はぴくぴくと痙攣していた。その目はうつろで、口からあぶくを吐いている。吾輩では娘を助けられない。

 

 娘よ、今から人を呼んでくるから待ってておくれ。

 

 駆けだそうとした吾輩を、娘が止めた。


 「おお、猫や。可愛い猫や、こちらに来ておくれ……」

 

 どうした、娘!


 吾輩はもう一度娘に駆け寄った。本当は人を呼ばなければならない。だが娘の声は、どこまでも吾輩を求めていた。


 「あたしはもうだめみたいだ……」

 

 やめろ、そんなことを言うでない!


 「ああ、猫や。可愛い猫や。どうかお前だけでも生きておくれ」

 

 何を言うか、娘!

 

 「ああ、猫や。可愛い、あたしの、猫や」

 

 娘は最期にそう言うと事切れた。残ったのは、一食の恩義すら返せなかったみじめな雄猫一匹だ。

 吾輩は怒りに打ち震えた。娘に噛みついたあの毒蛇に。娘を止められなかった吾輩に。娘を守れなかった情けない吾輩に!

 

 おお、娘よ。可愛い吾輩の娘よ。待ってておくれ。


 吾輩は「にゃあ」と娘に声をかけると、藪の中へと飛び込んでいった。

毒蛇はすぐに見つかった。彼奴を見つけた吾輩は名乗りを上げる。

 

 そこの毒蛇よ!前へ出てくるがいい!吾輩は猫であるぞ!

 

 毒蛇は吾輩の名乗りを聞き、表へ出てくる。

 

 やや、貴様は猫ではないか。この腹の傷の恨み、晴らさでおくべきか!

 

 吾輩らはしゃあっと声を上げると、牙を剥き、怒りのままに組み合った。

 そして今、吾輩の目の前には首を嚙み切られて事切れた毒蛇が転がっている。

 

 やったぞ。娘や、愛しい娘。お前の仇は討ってやったぞ。


 吾輩は娘の元に戻ろうとした。だが、すぐに足がもつれ、倒れてしまう。見ると、吾輩の体も傷まみれだった。口からあぶくが出る。四本の足ががたがたと震える。蛇の毒に侵されている。愛しい娘を死に追いやったのと、同じ毒だ。

 娘と同じ死に様を迎えられるのであれば、それもいいだろう。

 吾輩は死に逆らうのをやめる。

 ふと思う。吾輩が人であれば、娘を助けられただろうか。

 吾輩が人であれば、娘を止められただろうか。

 吾輩が、人の雄であれば……。

 

 吾輩は、猫である。

 吾輩は、猫である。

 吾輩は、猫であった。

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吾輩は猫であるぞ!~ある猫の復讐恋奇譚~ あやとり @ayatori0331

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