5

 中島瑠果は、仕事前に髪を切る。

 里親の元を離れて(脱走したとも言う)街中をフラフラしているところにその辺のマフィアを転々としている掃除屋クリーナーのお姉さん(おばさんと言うと怒られる)に拾われた。

 彼女は楊由美ようゆみといって、その界隈では有名な掃除屋で瑠果が野垂れ死にそうになっていたところに彼女がいたことが果たして良かったのか今もわからない。

 しかし、手に職を掴めたことは良かったかもしれない。

 髪を切ることはこの仕事を始めて少ししてから始めた習慣だ。一度切った後に仕事をした。とてもいい感じに始まっていい感じに終わった。そういう事が二度程続いたこともあってそこから始めた習慣だ。これはここしばらくの習慣だしこういうことが仕事においての験担ぎになるわけだ。問題は仕事が立て続けに来てしまった時だ。そういう時は切らないこともある。だが、決まって気持ち悪さの残る後味になるのでできれば切りたい。理髪店と美容室があるが特に切る場所を決めていない。フラッと入る時もあれば予約することもある。いずれにしても一度きりしか行かないわけだがたまに知り合いに会うこともある。

瑠果るかじゃなぁい?」

 ああ、会いたくなかった。

 いや、平時であっても会いたい人物ではない。

 クネクネと身体をクネらせて瑠果の近くにやってきた。

 うねうねして肩のしたまで伸びた髪の毛を指に絡ませながら歩いてくる。

 クラウス・リン、酒もドラッグもやるし正直トラブルメーカー。

「クラウス…」

「これから仕事?」

 「いやぁ?」と濁してみようと試みたが途中で面倒臭くなって変に曖昧に返事としてしまった。

 都会の中に身を置いていれば大人数の森の中にいれば紛れて見つけられないだろうと思うだろうが、これが違う。腐れ縁やこういったトラブルメーカーって奴らはつくづく同じ行動をどこかでやってしまう。だからこそのトラブルメーカーなのかもしれない。

「瑠果は、このあとどうするの?」

「さぁ」

 誰だ。俺の隣の席にクラウスを座らせた馬鹿野郎は。「瑠果じゃなぁい?」と言いながら隣に座っていたから店員のせいじゃない。だが、そのまま座らせたのは店員だ。違う。知り合いなら隣がいいかな?じゃない。良くない。

「僕はさぁ、ケンにこの前捨てられてさぁ?もぉ、ほぉんと踏んだり蹴ったりなのさぁ」

「ふぅん」

 クラウスの担当の美容師が彼のことを、「ああ、そういう人。」という顔をした。いや、俺は違うぞ。

「それでねぇ、最近、よくこの辺りで瑠果の仕事の話が続いていたから来てみたら会えたからさ!すごくない?」

 クラウスのクネクネしている肩にかかりそうな髪が切られて首が半分ぐらい見えてきている。

「でもさぁあ、瑠果、髪、長くない?」

 瑠果は眼を軽く臥して沈黙した。

「いつから俺はここ辺りにいる?」

「んっとぉ、二ヶ月前に最初だよね?」

「ああ、そうだな。」

 確かに二ヶ月前にこの辺りで仕事をした。

 楊由美が回してくれたマフィア関係の仕事で相手の組長を脅してくれと言うモノだった。掃除屋として楊由美から独立しても殺しだけが仕事ではないのだ。色々諸々、裏の仕事全般ができて一人前なのである。

「何回かあってぇ、一週間前が最新だよねぇ」

 右の人差し指をクルクルさせながら言った。

「二ヶ月前ならわかるけどさぁあ、一週間の長さじゃなぁいよね?」

「立て続けて仕事が入ってな、切れなかったんだ。」

「ふぅん」

 瑠果に興味を無くしたクラウスは瑠果がこの辺りの美容室や理髪店いると思って来たのだろう。寂しがり屋の彼らしい。

「ま、仕事の邪魔はするなよ?」

「しなぁいよぉ」

 「殺されたくないし」、と音を発さずに口だけで瑠果に告げた。彼はそれを見て口角を上げて返事をした。

「それにしても、よくここが分かったな。」

「わかるよぉ」

「法則を作った覚えはないが?」

「ふふ、このクラウス様にわからないことはないのさぁ」

 そう言ってクラウスの人差し指が上を指す。この感じだと宇宙の真理とかを説きかねないな、と頭に浮かび出すと、「終わりました。」と瑠果の髪を切ってくれていた美容師が言い放った。これは渡りに舟だと立ち上がりすぐに会計しに行った。後ろでクラウスが何か言っているようだが無視した。

「じゃあな、また会えたらいいなっ。」

 瑠果は良い笑顔をクラウスに向けると店を出て行った。

 しばらく歩いていると裏路地に入る細い暗い道に入った。

「やっぱり習慣を作るのは止めるべきだな。」

 しばらく歩きながらすれ違う人々を観察しながら考える。

 溜め息を一回大きく吐いて刈りあがった首から後頭部までに右手を這わせて芝生のようになった手触りを堪能して上を見上げた。

「ああ、さっぱりした。」

 止めるべきだろうかと考えた端からこの触り心地に勝てるものはないと思ってしまう。

 右の口角を少し上げて後頭部にある右手を下すと右後ろの遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえる。

 楊由美のところから独立して名が売れてきたが彼女の後ろ盾がなくなって瑠果を邪魔に思っていた人間が手を下し出した。何せ、絶対に弟子を取らなかった楊由美だ。その彼女が弟子を取った時、裏の界隈を随分賑わせたものだ。それは嫉妬も含まれていた。彼女に認められなかった者たちから瑠果は不興を買っていた。

「人間、こわぁい。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔が踊る朝に カツヤ @koizumijyun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ