4

新名にいなにおいが強いものを持ってくるなって何度言えば覚えるんだ。」

 郷田ごうだに言われて黄一囲ホアン・イーウェイが、ほら見ろという顔をしてくる。新名は、ムッとしてコーヒーの紙コップを煽ると飲み干して鑑識室から出て行って外のゴミ箱に入れて戻ってきた。

「よし。」

 そんな新名を見て郷田は彼に鑑識結果を出してきた。

「検視官から聞いていると思うが、死因は首を絞められたことによるものだ。それも手で。」

「怪力ですね。」

「ああ。ロボット工学三原則を忘れてしまったヒューマノイドの力じゃないと無理だろうな。」

 郷田の横にいる白衣を着たヒューマノイドを一瞥して「響子きょうこ、そこの資料を頼む。」と彼は手を伸ばして言った。

「はい。」

 資料を受け取った郷田に新名がジトっと視線を送る。

「名前、つけてるのか?」

「新名さん、つけないんですか?」

「は?つけるの常識なのか?」

 黄一囲に言われて新名は驚きを隠せない。確かに生活に自然に馴染んではいる。しかし、こういうことには未だに慣れない。

「新名、確かに俺は50過ぎたジジイだけどな、お前に比べれば若いからな。」

「けっ」

 郷田の手から資料を掻っ攫うと新名は内容に目を通していく。

「新名警部は、こちらでしょうか。」

 いかにも新人らしい言い方で呼ばれ、そちらに注目すると誰かに呼ばれたと言っている。黄一囲が代わりに聴きに行ってくれているので距離があるせいか誰に呼ばれているのか聞こえない。

「新名さん、中嶋瑠果なかじまるかが来ているそうです。」

 なんでも妹の中嶋眞璃なかじままりから連絡があって来たそうだ。なんとも律儀だとしか思えない。

「ギャラガーが死んだことは知っているのかな。」

 新名の問いに黄一囲が肩を上下して「分かりませんよ。」と言った。

 早々に瑠果のところに向かうとパーカーのフードを目深にした男性が見えた。年齢の頃は17、8歳頃、小柄だが新名よりも少し身長が高い。前髪が長いせいか目元が分かりづらい。

「初めまして、黄一囲です。こちらは、新名潤です。」

「中嶋瑠果です。妹から連絡があってきました。」

「ご足労頂きありがとうございます。早速なのですが、直近であなたの里親だったジョン・ギャラガーさんが先日亡くなりました。何か心当たりがあればお聞きしたいのですが。」

 黄一囲からの質問に瑠果が答える。何も心当たりはないがあの通りの人だから恨みは買ってるのじゃないかと言って立ち去ろうとした。

「それだけだったんですね。」

 少しがっかりした言い方をしたので疑問に思い新名がどうしたのかと尋ねると、両親を殺した犯人が見つかったのかと思ったと漏らした。

「見つけられず、すみません。」

 と、黄一囲が謝罪した。

「いえ、十年も前のことですし、あの頃はよく覚えていないですが世の中が荒れていた印象があるので、僕以外にも被害者や加害者がいたんじゃないかな。それよりも妹に何か関係があるんですか。」

「中嶋瑠果さん、あなたが捕まらなかったので探していたら中嶋眞璃さんに辿り着いただけなので気にしないでください。」

「そうですか。」

 そう言うと瑠果は会釈して警察庁から出て行った。

「何か、悪いことしてしまった感じが半端ないですね。」

 黄一囲に言われて新名はあくびをして鑑識室に戻って行った。未だに現場に行かなければわからないことがあるし、未だに資料を目を皿にして見なければわからないことがあって、中嶋瑠果本人を目の前にして感じたことはただの人だと言うことだった。

 同じ666スリーシックスと会っても互いに気付くことはないが、昔はよくオドオドする奴が多かったが、現代は変に余裕を感じる奴が増えたように思う。だが、中嶋瑠果にはそれが感じなかった。むしろ、何も感じなかった。

 パーカーもズボンもスニーカーも上から下まで普通。

 大多数の若者と同じ空気感。

 少しの孤独を感じたものの一人で生活しているなら当たり前のように感じる。

「そういや、中嶋瑠果は学校どうしてるんだ。」

「行ってないみたいです。年齢的にも経歴的にもアルバイトで生きてるみたいですね。」

 666は世の中に馴染めない人間が多い。それは親や祖父母の影響からのことも多いように思う。特異体質は目立つ。人口が増えてきたことで少しは紛れられたが昔は新名のように人が少ない人目につきにくいところでひっそりと生きていた。

 そのせいか内向的で人見知りな人間が力を持ち暴走する者よりも見つかってしまって弁明をできず追い出されたり、牢に入れられたりすることが多く潜むしかなくなってしまった。

「どう感じた。」

「中嶋瑠果ですか?普通の男の子ですかね。」

「普通過ぎることが気になるのは職業病か?」

「僕より長生きなんだから自分で考えてください。」

「へーへー」

 郷田から受け取った資料と写真を見ていく。

 写真には男の遺体。

 首にある複数の溝。切り傷。

 持ち物は財布だけ。

 自宅に遺体を持っていく必要はなかったはずだ。

 つまり、あの家に関係している人間が容疑者ではない。しかし、誰かが何かに関係していなければ遺棄場所として選択はしない。

「誰が何に・・・」

「皆様、お茶にしませんか。」

 思考に沈みそうになっていると響子がお盆にカップを置いて持ってきた。

「響子、すまないね。」

 郷田、黄一囲、自分のところに順番に置いたカップからはカモミールティの香りがしてきた。

「におい強いじゃないか。」

「俺の気持ちが軽くなるんだ。」

 響子を見つめている郷田を横目に黄一囲と一緒にカモミールティを飲み彼に断って資料を持って刑事部第6課のオフィスに向かう。

「新名警部。」

 歩いていると呼び止められた。

「中嶋瑠果さんがいらっしゃいました。」

「は?」

「中嶋瑠果さんがいらっしゃいました。」

「さっきも来なかったか?」

「・・・はい」

 新名に報告してきた制服を着た警察官も困惑している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る