第24話

 店を出てすぐ、俺は麗華から手を放そうとした。


 さっきのはあくまで、あいつらに対する意趣返しが目的だったからな。


 それが済んだ以上、もう手を繋ぐ必要もないだろう。別に俺たちは付き合ってるわけでもないし。


 そう思っていたのだが、麗華が手を放してくれなかった。


 力づくで放そうとするも、ステータスでは今のところ負けているのでどうしようもない。


 仕方がないので、家に帰るまでこのままでいることにした。


 麗華はとても嬉しそうだった。


「そんなに手……繋ぎたかったのか?」


「だってこんなふうに手を繋いでくれるのって、幼稚園のとき以来だもん。小学校に上がってからは恥ずかしがって繋いでくれなくなったし」


 それはまあしょうがない。当時は麗華との関係を同級生にかなり揶揄われたからな。夫婦扱いされたりなんかして。


 あのときは子供ながらに恥ずかしくて仕方なかったし、本気で嫌だった。今思えばなんであんなことで悩んでたのか不思議なくらいだけど。


「それにしても……さっきのはスカッとしたよ。あいつでしょ、祐希くんに酷いことしたのって」


「ああ。あいつともう一人。まあ、他にもいろんな奴からいろんなことをされたがな……」


 ただまあ、今となってはそれももうどうでもいいことだ。


 ジョブを得て、強くなる前は憎くて憎くて仕方なかったけどな。


 もっとも、中道と朝山に対する恨みはまだ晴れていない。


 結局はあいつらが主犯なんだし、そもそも恨み以前に中道は今後警戒しなければならないだろう。


 あいつがなぜ、俺に対して数々の嫌がらせをしてきたのか正直よくわかってはいないんだが、それでもあいつに恨まれるようなことをした覚えはない。


 それなのにあんなことをするような人間だ。今日恥をかかせたことで、逆恨みしてもおかしくない。


 そして、これまでは基本非暴力的な範囲におさまっていたが、今後もそれが続くとは限らない。


 特にダンジョンの中では要注意だ。


(まあ、来るなら来ればいいさ。そっちがその気なら、俺も一切容赦するつもりはないけどな)


 ただ、中道のバックには四大ギルドの一つ――ケルベロスがついているということは忘れてはならない。


 個人としては俺の方は中道より強くても、四大ギルドをまるまる敵に回せばひとたまりもない。


 まあこっちから仕掛けるつもりはないので、向こうが中道の味方をするかどうかはわからないが……。


 それでも、敵に回ると想定して今後は動いた方がいいだろうな。


「でも意外だったな。祐希くんって、ハンターだったんだね」


 結局、麗華より強くなるまで隠し通すっていう計画はダメになってしまったな。


 でも後悔はしていない。そんな計画よりも、麗華の前で情けない姿を晒すことの方が我慢ならない。


「どこのギルドに入ってるの?」


「あー……その話は家に帰ってからだな」


 それから他愛もない話をしていると、すぐ家に着いた。


「実は俺……ギルドには入ってないんだ」


 中に入ってすぐ、俺は麗華にそう切り出した。


「え? どういうこと?」


 いまいち話が飲み込めていない様子の麗華。


 まあ、そりゃあそうだよな。俺は飲み物を用意すると、麗華にソファーに座るように促した。


「信じられないかもしれないが、俺は数日前に二次覚醒したばかりでな。それまではずっとジョブなしだったんだよ」


「ええ!? でも、あの屑ゴリラって”剣聖”でしょ? しかもケルベロスに入ってるって……」


 希少なジョブを持ち、しかも有力ギルドによって大事に育てられたハンター。


 それに数日前ジョブが覚醒したばかりの人間が勝つ。


 それはあまりにも非現実的な話だ。


 たとえるなら……将棋のプロに、数日前にルールを覚えたばかりの初心者が勝つ。そんな感じだろうか。


「どうも俺のジョブはかなり特別みたいでな……」


 俺はジョブ”ダンジョン生活者”のことを麗華に話して聞かせた。


 彼女はたいそう驚いていた。


「……とんでもないジョブだね。本人にしか見えない触れられない専用のダンジョンを作るっていうのも凄いけど、なによりステータスの上がるペースが尋常じゃない。ボクたちみたいな最上級のジョブを持ってるハンターは、ステータスの伸びに補正がつく。だからステータスの伸びに関してはボクたちが一番だと思ってたんだけど……ボクから見ても祐希くんの伸び方はちょっと異常かな」


 まあ、これからも同じように順調に伸びていくかはわからないけどな。


「それに、普通じゃありえないような大量のスキルを持てるっていう点も反則染みてる」


 これなら覚醒して数日で中道に勝てたのも納得だ、と麗華は言った。


「正直、ハンターとしては君に嫉妬すべきなんだろうけど……でも、なんか嬉しいな。自分の好きな人がとても凄いんだってわかったから」


 そう頬を赤らめて言う麗華があまりにも可愛くて、俺は思わず目を逸らした。


 わざとらしい咳払いのあと、俺は口を開く。


「これからどうしたらいいと思う? 俺のジョブの特性を考えると、ギルドに入るより一人でダンジョンに潜った方がいい気がするんだが……」


 ギルドに入ると、後ろ盾を得られるというのは大きなメリットだ(力のあるギルドであればあるほど)。


 ただ、ギルドに入ると鑑定されてしまうため、俺の能力の詳細がギルドにバレてしまう可能性が高い。


 ギルドに属する以上、味方を警戒するのはやりすぎかなと思わなくもないが、出る杭は打たれるともいう。

 

 現時点では俺より強いハンターはたくさんいるわけだし、ギルドに所属するにしてももう少し待ってからの方がいいような気がするんだよな。


「ボクも同意見。これだけ凄いジョブなら、嫉妬心や敵愾心を抱く人間も少なくないと思う。ボクですら、今までそういう経験だってそれなりにしてきてるから」


「なら、もしギルドに入るとしても今はやめた方がよさそうだな」


 あとは中道の件か。


 だが俺が話そうとする前に、麗華の口からあいつの話題が出た。


「あとあのウジ虫ゴリラ。あれも注意した方がいいと思うよ。絶対、逆恨みしてるから。もしかしたらいずれ命を狙ってくるかも」


「なんでそう言い切れる?」


 これも同意見だが、あえてなぜそう思ったのか聞いてみることにした。


 新しい気づきが得られるかもしれないしな。


「祐希くん。小学生の頃、野球の試合であのゴミと対戦したことは覚えてる?」


「覚えてるけど……それがどうかしたのか?」


「ボクの想像だけど、あのクズが祐希くんにいろいろやった一番の根本はそこだと思うんだよね」


「どういうことだ?」


「あれと対戦して、一回もヒット打たれなかったでしょ?」


「うーん……そこまではっきりとは覚えてないな。かなり抑えてたとは思うけど」


「ボクははっきり覚えてるよ。凡退するたびに凄い目つきで祐希くんのこと睨んでたから」


「まあ、勝負ごとだし別におかしなことじゃないだろ」


 普段は穏やかでも、スポーツになると人が変わるって奴はそれなりにいるからな。


「そうかな? ボクにはそうは見えなかったけどね。ちなみにこれは、一緒に応援に来てた他の女の子たちも同意見。クズは無駄に体も大きいし、いつも怖いねってそう言ってる子が多かったよ」


 そんなことが……。


 全然気にしてなかった。


 でも、たかが小学生の頃の試合でそこまでムキになるものなのか。別にこれで将来金が稼げるものでもないのに。


「まあ嫉妬だろうね。スポーツでまったく歯が立たない上に、顔でも負けてるし。他にも何か、嫉妬される要素とかなかった?」


「そういえば――中学に入ってから初めての中間テストで、俺が一位であいつが二位だったっけ。あとは……あいつと付き合ってたことももしかしたら……」


 昔の俺は誰かに嫉妬したりとかされたりとか、そういうことは全然気にしてなかった。


 ジョブなしになって朝山に捨てられて、あいつが”剣聖”に目覚めてからは人並みにそういう感情も理解できるようになったけど……。


 でも、そこからはずっと嫉妬されるよりする側だったから、まさか自分が嫉妬される側だったなんて、そういう意識はまったくなかったんだ。


「間違いなくそれだね。まあ話を聞く限りだと祐希くんに非はまったくないけど。でも、そういう常識はあの手のタイプには通用しないから。もはや別の生き物だと考えた方がいいよ」


 麗華の言い方には、かなり実感が籠っているような気がした。


「向こうでいろいろあったんだな」


「まあね。命を狙われたりとはかさすがにしてないけど」




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文字数のわりに話が全然進まなかった。

申し訳ない……。

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ダンジョン生活者~恋人に捨てられ濡れ衣を着せられた少年、チートなジョブに目覚めて無双する~ f689english @e9x31baih

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