第25話 「好き」と「愛してる」
初めて聖女リディアと二人きりだ。緊張する。何を話せばいいのか、そもそも会話の切り出し方が分からない。
本当は聞きたいことがあるのに上手く言葉にできない。言葉を探している私より先に口を開いたのはリディアだった。
「エリアーデ。もう少し砕けて話しましょう。そんなに歳も離れていないと思うし。私はあなたのことを恩人だと思うのと同時にお友達になりたいと思うの」
「友達、ですか?」
「ええ。私ね、村にいた頃からお友達っていなかったの。聖女として街に行ってからはなおさら。あ、ルノーは別よ?」
「そう、だったん、ですか……」
意外だった。リディアは綺麗で笑顔が素敵な人なのに。私の表情から汲み取ったのだろうか、リディアが困ったように眉を下げた。
「突然ここにはいない誰かの声が聞こえるなんて気味が悪いでしょ。みんな距離を置くのよ」
「少し分かる気がします」
「もう、もっと気軽に話して」
「う、うん。わかった」
私の返答に満足そうに頷いたリディアは私の手を取った。
「エリアーデ、本当にありがとう。ルノーにまた会えるなんて、それにこれから一緒に暮らせるだなんて夢みたい」
「でも私は何度も失敗して」
「それでもあなたは私たちを救ってくれた。十分よ。だから顔を上げて?」
うつむき加減だった私はリディアの言葉に顔を上げた。エメラルド色の瞳と目が合ってまた微笑まれた。
「私はリディアに聞きたいことがあったの。ずっと聞きたいと思っていたこと」
「ん。なに?」
震える私の手をギュッと握ったままリディアは待ってくれる。
「愛しているってどんな感情?」
問いにリディアはきょとんとしている。変なことを聞いてしまったのだろうか。でも私にとってその感情は呪いを解くのに必要な鍵だ。
ルノーに愛していると言ったリディアなら私の求めている答えを知っているのかもしれないと淡い期待を抱いていた私は不安になる。
私は不安なままリディアを見た。
「あ、あー。えっと、うーん」
顔を真っ赤にして顔を一度逸らしたリディアは視線を泳がせて再び私を見て困ったような、照れているような表情を見せた。
愛しているという感情はこんなにも人の心を揺さぶるのか。私までリディアの赤い顔が伝染したように熱を帯びた。
「あのね、私の呪いを解くのに必要だから知りたかったの! 話したくなければ無理に話さなくても大丈夫だよ」
「話したくないわけじゃないのよ。ただ、何というか言葉にするのが難しいというか、照れるというか……」
撤回しようとした私を遮ったリディアは緩く首を左右に振って穏やかに微笑む。
「エリアーデは好きって感情はわかる? えっと、一緒にいると落ち着くとか、ドキドキするとかそういうのない?」
「一緒にいて落ち着く……?」
真っ先に思い浮かんだのはヒサアキの顔。彼と出会ってそんなに長くはないけれど、ヒサアキの傍は落ち着く。
私を呼ぶ声も、温かな手も、頼もしい姿も、心配する顔も。
思い出すだけで胸がざわつく。
「ふふっ。あるみたいだね」
小さく笑うリディアに反論出来なくて私は頬が熱いままリディアをジッと見た。彼女は温かな眼差しを向けながら私の頬を優しく撫でる。
「今エリアーデが浮かべた相手に抱いた感情が好きだよ。簡単に言うと、その感情がずっと大きくなったものが愛しているかな? 本当はもっと複雑なんだろうけど、それはエリアーデが見つけるべきものだからね」
「分かったような、分からないような」
「ふふっ。そうよ。愛って難しいものよ。でもねエリアーデ、あなたは解呪に近づいているわ。大丈夫。きっと彼となら」
撫でる手を頬から頭に移動させたリディアが頭を撫でながら言う。
「それは予言?」
「ううん。これは私からの言葉。そして、聖女としての最後の予言をあなたへ送るわ」
撫でる手を止めて真っ直ぐ私を見るリディアは神々しく見えた。
「呪われし魔女エリアーデ。これから先お前には困難が続くだろう。だが、己が召喚した従者のことを何があっても信じ抜け。その想いが必ずや呪いを打ち破るだろう」
「ヒサアキのことを信じ抜く」
リディアの託宣は私の心に沁み込んでいった。
「さあ、戻ろう。エリアーデ」
差し出された手に自分の手を重ねると満足そうに笑ったリディアに握り返された。
友達と手を繋ぐなんて初めてで、嬉しさと照れくささが混じって私は眉を下げて笑った。
「女同士で何話してたんだ?」
「んー? 内緒。友達と色々とね。二人の用事が済んだらまた会おうねって約束したの」
いたずらっ子のように言うリディアにルノーは「そっか!」と明るく笑う。
「これを飲んだら姿が変わるんだよね?」
「うん。私みたいな魔女以外には戻せない。これから二人平穏に暮らすなら……」
「飲むよ。もう二度と彼と離れたくないもの。それにあなたが救ってくれた命を簡単に終わらせたくないしね」
リディアはそう言って小瓶の蓋を開けた。ルノーも倣って開ける。二人は互いに見つめ合って同時に小瓶を傾けた。ごくりと液体を嚥下してすぐ、姿が変わっていく。
ピンクシルバー色から甘栗色へ、エメラルド色の瞳は薄い茶色へ、ルノーの赤髪も茶色へ、瞳の色もリディアと同じ薄い茶色へと変化した。
美しい容姿のリディアの面影はなく、ごく一般的な顔立ちへと変化する。今までと異なる変化に見つめ合っていた二人は数回瞬きを繰り返して、同時に笑いあった。
その顔がとても幸せそうで私は二人をただ見つめていた。
「主殿?」
「まだ愛している、をちゃんと理解できていないけれど、なんとなく分かった気がします」
「そうですね。少なくとも彼らは互いに愛し合っているんだと思いますよ」
私はヒサアキを見上げた。彼もルノーたちを見つめて僅かに目元を緩めていた。
リディアたちは西側の村へ、私たちは東側の森へ足を向ける。
一歩踏み出す直前、リディアが私に耳打ちした。
「森の向こうには導き手の魔女と呼ばれる人がいるわ。その人も魔女狩りの対象よ。その人を救う事が出来ればエリアーデの未来を導いてくれるはずだって最後に教えてくれたから伝えておくね」
そう言ってリディアは微笑んだ。
「……呪いが解けたらヒサアキと一緒に二人に会いに行ってもいい?」
私の言葉にリディアは虚を突かれたようだったけれど、すぐに満面の笑みを見せた。
「もちろん! 約束よ。それから忘れないで。私もルノーもあなたたちが好きよ」
「リディア」
「だから、またね」
またね、も好きも初めて言われた言葉だった。私は大事なものを仕舞うようにかみしめてリディアたちに頷いた。
「うん。またね」
そして私たちは森へと向かう。途中でヒサアキが不意に私を呼んだ。
「主殿、一つお願いが」
「なんですか?」
「その、僕に対してもリディア殿と同じく砕けた話し方をして頂けませんか?」
「え!?」
「なぜそんなに驚くんですか? エリーとルイの時には出来ていたじゃないですか」
言われてみればそうだ。ヒサアキと出会ってから砕けた口調で話していない気がする。
「ヒサアキだってルイの時以外は丁寧な話し方ですよね? それと同じです」
「僕の場合は主従関係ですから、主人へ敬意を示すのは当然かと」
「じゃ、じゃあヒサアキも砕けた話し方にしてほしい」
「主殿がそう言うのなら」
「えっと、ヒサアキ?」
「うん。なに?」
自分から要求したのにルイの時とは違ったヒサアキと距離を感じない話し方に鼓動が跳ねる。
くすぐったいような嬉しいような。これも好きの影響なのだろうか?
「うぅ……やっぱり慣れないから少しずつでお願い、しま、す」
「ははっ。わかったよ」
隣で笑うヒサアキの声が心地よくて私は俯きながら小さく笑みを刻んだ。彼と一緒なら本当に呪いを解ける気がした。
目指すは森の向こうにいる導きの魔女のもと。
【第一章完結】妖精にかけられた呪いを解くまで何度もループすることになった魔女は、悪魔と契約するつもりで召喚した異世界の忍びに生まれて初めて恋をする~恋をした魔女は呪いを解いて幸せを手に入れました~ 秋月昊 @mujinamo
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