第21話 傀儡

「くっ、まずい……」


「回避行動を取れ。後ろの物陰に移動」


 その言葉に従って、サイクロプスは後退を始めた。

 なぜ?浮かんだ疑問に答えるように、詠唱が響く。


『術式指定・ほむら


 先ほどの魔法陣から今度は爆炎が立ち上り、たちまち中空に炎の渦が形成された。

 ぶくぶくと膨れ上がる業火の塊は今にも爆発しそうだ。


 ネスターは立ち上がらない。身を屈めたまま、剣を握る手に力を込めた。蒼い魔力が迸り、刀身が急速に冷えて表面が凍り付き始める。


 宙に浮かんだ紅蓮の球体が揺らめくと、轟音と共に圧縮されたエネルギーが解放された。

 灼熱の壁が恐ろしい速度でネスターの下へ押し寄せる。


 ネスターは意を決し剣を上段に構えた。一気に付近の温度が急上昇し、焼けつくような熱さに汗が噴き出す。ギリギリまで引き付け、冷気を纏った剣を真一文字に振りぬいた。


 凍てつく氷点下の一閃が目の前に迫った熱波を切り裂く。

 炎の荒波を掻き分け、一瞬とも永遠ともつかない時間が過ぎ去ると、赤い視界が途端に開けた。

 辺り一面の地表は焼け焦げ、周囲には白い煙が充満している。


 ――近接、遠距離ともに強力な術式。おまけに同じ魔法陣で術を切り替える隙のなさ。このままではジリ貧だ。を使うのはできれば避けたかったが、そうも言っていられないな


ゴーレムマスターは目を細めて、辺りを見回している。

「む、少し出力を上げすぎたか。視界が……。サイクロプス、索敵開始」


 ネスターは煙に紛れ、障害物に身を隠しながらゴーレムマスターの側面に回り込んでいく。

 長剣の刃に指を滑らせると、刃先に暗い色の魔力が集まり始めた。ネスターの額にじわりと汗が滲む。


 ――今の体ではあまり多用はできない。この一撃で動きを止める


 その時、頭上からなにやら金属音が聞こえてきた。


「おや、剣士くんのお仲間かな?警備兵と戦っているのか」


 ゴーレムマスターが一瞬上へと視線を向ける。その隙を逃さず、ネスターは物陰から飛び出して長剣を投擲した。

 鈍い音を立てて、長剣はゴーレムマスターの足元の地面に突き刺さった。


「おっと、危ないな!そこにいたのかキミ。武器を捨てるとは随分思い切ったね」


 ネスターは構わずそのまま突撃を開始した。


「だが、これで終わりだ。術式指定・虚……ん?」


 一転ゴーレムマスターはうろたえ始める。


「陣が活性化しない!?なぜだ。魔力供給は問題ないはず。……いや、魔力が循環していない。まさか……」


 先ほどネスターが投げた長剣に視線を向ける。長剣は黒い魔力を帯び、その魔力は徐々に強まっていた。


「なんだこの異質な魔力は……。陣の魔力を吸っているのか!?」


 ゴーレムマスターが剣に手を伸ばそうとする。


「そこまでだ」


 紙一重でネスターが先に剣を取り上げ、走り込んできた勢いそのままにゴーレムマスターに一閃を浴びせた。


 男の脇腹に深々と刃先が突き刺さる。


「ぐぅっ!まさかここまでとは……」


 その場に膝をつくゴーレムマスター。反撃してくる様子はない。

 それを確認して、ネスターは剣に宿っていた魔力をその身に取り込んだ。

 疲労の色を隠すかのように一つ息を吐き、ネスターは動かなくなった男に声を掛ける。


「お前の役目はまだ残っている。魔王軍の目的と親玉の居場所。洗いざらい話してもらう」


 俯いていた男の口元が不気味に歪んだ。

 ゴーレムマスターは肩を震わせてくぐもった声を上げた。


「くくっ、キミ。もう私に勝ったつもりなのかい?」


ネスターは異変に気付く。


「なっ……」


力なく項垂れていた男は傷口を押さえていた手を動かす。


「残念ながら、それは大きな間違いだよ」


 長剣の刃先を素手で握りしめると、ゴーレムマスターはゆっくり立ち上がり始めた。

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魔王様、正義を執行す~偽魔王軍が暴れているので、部下のユニークモンスターと共に制裁を加えます~ 尾藤みそぎ @bitou_misogi

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