第20話 不利な戦い

「まずは小手調べと行こうか。攻撃パターンA、ターゲットは黒衣の人間だ」


 ゴーレムマスターの言葉に応じて、サイクロプスが身じろぎする。

 地鳴りのような唸り声をあげると、巨人は戦斧せんぷを右手一本で軽々と持ち上げた。

 人体を縦に両断しかねないほどの刃渡りを持つ斧に照明の光が映り込む。


 三日月型の刃の際へと右手を滑らせ、左手は柄の中ほどへ。前傾姿勢を取りつつ右足を前に出す。明らかな突撃の構え。


「っ!!」


 ネスターは即座に後ろへ飛び退く。

 巨人の左足が地面を蹴った。力強い踏み込みと共に上半身を捩じる。握りしめた斧を後ろに引きつけたまま、右足が地を離れた。


 先ほどネスターがいた場所に巨大な右足が落ちてくる。たったの2歩。攻撃を届かせるにはそれで十分だった。瞬きする間に斧頭ふとうが弧を描く。狙いは胴体だ。


 一か八か。ネスターは襲い来る刃の真下へ向けて滑り込んだ。地を這う軌道で振りぬかれた斧は間一髪、ネスターの頭上を掠めるように通過した。


 初撃を凌いだのもつかの間。巨人は逆方向に体を回転させる。間髪入れず反対側の刃で横薙ぎが繰り出された。先ほどよりは精度の落ちた大振りな攻撃。


 回避の勢いで巨人の右手側を走り抜けたネスターを捉えるには至らない。今度は足元の地面を抉るのみに終わり、ネスターはようやく巨人の間合いから脱出した。


 ――腕力も速さもリーチも規格外。これはしんどそうだ


 ネスターはじりじりと後退りながら長剣を握りなおす。すると、手を叩く音が左の方から聞こえてきた。


「いやはや、ガードを誘って体力を削る想定だったのだけどねえ。手加減させているとはいえ、今のを避けきるとはやるじゃないか。やはりキミの戦力は常人を遥かに超えているようだ」


 ネスターは正面の巨人を警戒しつつも、ゴーレムマスターの方をちらと見る。


「わざわざ話しかけて、なんのつもりだ?」


 男は一歩も動いていない上に、白衣に片手を突っ込んだままだ。


「キミの不意を打つのは難しいことじゃあない。しかし、あまり重傷を負わせると後が面倒なのさ。キミには実験サンプルとして、活躍してもらう必要があるからね」


 不気味なほどの余裕。いまだに戦うような素振りを一切見せていない。


「実験?お前のお遊びに付き合ってやる義理はないんだがな」


 ネスターは言いながら、手元が身体の陰に隠れるように剣を握る手を引いた。

 バレないように右手に魔力を込める。


「ふふ、キミの意思を奪う方法はいくらでもある。残念ながら、生け捕りにした後の自由は保障しない。それが嫌なら、もっと抵抗することだ。そいつに傷1つ付けられないようでは、私が加勢する必要すらないんじゃないかな?」


 フッと短く息を吐き、ネスターは素早く駆け出した。

 巨人を操っている奴を先に仕留める。それが得策なのは明らかだった。


「さっきから油断しすぎだ」


 あっという間に両者の距離が詰まる。

 ゴーレムマスターは薄く笑いながら、ポツリと呟く。


『術式指定・うつろ


 瞬間、彼の足元が光る。魔法陣だ。ネスターの全身に衝撃が走る。

 円陣を中心に空気が震え、ネスターの身体が宙に浮いた。


 勢いよく吹き飛ばされ、なんとか地に足を引っかけてその場に踏みとどまろうとする。それでも巻き起こった衝撃波の威力は凄まじく、ネスターははるか後方に押し戻されてしまった。


 なにが起きたのか。自分の身を確認するも、負傷はしていない。


 ――発動が速い。だが殺傷能力はなし。敵の接近を退けるための術式か


「サイクロプス、攻撃パターンBだ」


 ネスターの頭上に巨体の影が落ちる。

 見上げると、巨人が両手で握りしめた斧を振り上げていた。

 飛び退くと同時、振り下ろされた斧は大地に深々と突き刺さった。地に亀裂が走り、いくつもの拳大の石くれが弾け飛ぶ。


 とっさに体を丸めて防御態勢を取る。胴体への直撃は避けたものの、石のつぶてに打たれネスターはその場に膝をついた。

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