第4話 ナズナ
「それよりお前、なんでそんな髪短くしたん?」
話をそらそうとなずなに問いかけた。
なずなはもう飲み終わって、氷が溶けたアイスティーらしきものをストローで吸った。ズッズッと音がする。
「私が弟やったら…駿ちゃん今も家に居ったやろ?そしたら駿ちゃんの好きな相撲さんとおんなじ高校に通えたんやろ?」
ストローを外してなずなが呟いた。
「相撲?なんで相撲の話が出てくんの?」
びっくりしてなずなをまじまじと見つめた。なずなは赤くなってそっぽを向いた。
「私、男の子みたいになるから。ちょっと根性が足りんかって、ホンマの丸刈りに出来ひんかったけど……いやらしく、おしゃれでやってます風にしてしまったけど……でもっ、もう一回気合い入れ直すからっ!髪型だけじゃなくてしゃべり方とかも男の子っぽくするから!だから、だから……」
なずなが正面から駿平を見た。
「家に帰ってきてっ!高校も編入試験受けられるやろ?駿ちゃんかしこいし。お願いっ!帰って来……帰って来いよっ!!」
ブッ!
あ、思わず吹いてもうた。なんやねん、帰って来いよって。そう言えばそんな歌、昔あったなあ……オカンが歌ってたような……
「なんでっ!なんで笑うん……笑うんじゃい!!」
やめてくれー その変な無理矢理男言葉。アカン、ツボった。
「……ご、ごめん、ごめん。いや、うん。ありがとう。真面目に考えてくれたんやんな、笑ってごめん」
ようやく笑いの発作を押し込めてなずなに謝った。
「悪かったな、気ぃ使わせたんやな。ごめんな、なずな」
なずなはうっと小さく声を出した。泣くのを我慢しているのだろう。
「確かに俺ら兄妹やけど、血つながってる訳じゃないし、もっと小さい頃から一緒やったらまた違うんやろうけど、兄妹になるにはちょっと大きくなりすぎとったからな、年も近すぎるし。お前だけじゃなくて、俺もやっぱり気ぃ使うねん。見られたくないこともあるし。家でそんなんやったらお互いしんどいやろ?だからちょっと距離ある方が俺が楽やっただけ。休みとか正月には家に帰るんやし、そんな大げさに考えんなって。別に家出でも、追い出された訳でもないんやから」
駿平の言葉になずなはそれでも納得していないかのように抗議した。
「でも、でもっ。相撲さんのことは?駿ちゃん相撲さんのことずっと好きやったんやろ?私も中学に入ってから、駿ちゃんが相撲さんと一緒に居るとこ花壇とかでよう見かけたけど、駿ちゃんスゴい笑ってたし、幸せそうな顔してたもん、相撲さんと居るとき……それやのに一緒の高校行かれへんようにしてしまった……私が……」
アカン、また泣き出しそうや。
「あのなー 俺はもともと工業高校に行くつもりにしてたから。最初っから相撲と同じ高校に行く気はなかったって」
「ホ、ホンマに……?」
なずなの上目遣いにちょっと心臓がドキッとする。やめろ、妹やぞ!
「ホンマにホンマ。そもそも相撲は他に好きな奴がおんねんから。中学の時からとっくに諦めてたし……」
「うそやっ!うそ。だってスゴい優しい目で見てたもんっ、いっつも相撲さんのこと見てたもんっ」
いや、お前こそ。どんだけ俺のこと見てんねん。駿平はため息をついた。
「とにかくっ。俺は高専を辞めへんし、高校に編入もする気ない。お前は笑かす男言葉を無理に使う必要も、坊主になる必要もない、わかったか?」
なずなはふくれた。ムスっとしたまま、また氷が溶けて水だけになった代物をストローで吸おうとする。
「新しい飲みもん注文しよう。もうそれ飲むんやめとけ」
なずなは手にしたコップを見て初めて気づいたみたいに真っ赤になった。
あーあ。これやからなぁ……家には帰られへんなぁ。
駿平とて男だ。しかもなずなは可愛い。顔も仕草も心根も可愛い。健全な男なら誰でもそう思う。でも、駿平はなずなの兄だ。お兄ちゃんだ。
流行のエロアニメみたいな展開に憧れはあるものの、実際にはそんなことが出来る訳がない。親の顔がちらつく。これ以上なずなと近づき過ぎると、本気でうっかり恋してしまったりする未来が容易に想像出来る。危険極まりない。相撲と恋人同士になれれば良かったのに、と思うのはそんな時だ。心では野口とお似合いだと認めているが、相撲がそばにいてくれれば、こんなやましい想いを義理の妹に持ちそうな自分を抑えてくれたんじゃないだろうか。そしてそんなことを考える自分にもうんざりする。ズルい奴、汚い奴。
相撲が小三の時坊主頭で少年野球に入ってきた話をなずなにした時、
「駿ちゃん、その相撲さんっていう子が好きなんやなぁ」
となずなが呟いた。ちょっと寂しそうに。なんとなくなずなが自分に好意を寄せているような錯覚に陥って、少しニヤけた後、そんな自分に凹んだ。
客観的に見れば、こんな可愛い妹が急に現れて好きにならない男が居るか!と思う。でも我が身に降りかかればそれは道理が通らない。そんな言い訳は通用しないのだ。なずなは可愛い妹。それ以上でもそれ以下でもない。そう言い聞かせながらも、駿平は三輪の戸籍に入らず、まだ秦野駿平のままだ。相撲に「ハッタン」と呼ばれたいからだ、と自分に言い訳しているが、本当のところは、なずなと本物の兄妹になりたくないからなのではないか、という疑問が湧き上がる。そして答えは出ない。
「それ飲んだら送るからウチ帰ろ。俺も今日は泊まるから」
それを聞いてなずなは一気に元気になった。うれしそうな満面の笑み。
笑ってくれてたらそれでええねんけどな、結局は。
ナズナは別名「ペンペン草」
なんでこんな別名なんだろうと野口に聞いたことがある。
「ナズナは実が三味線のバチに似てるからっていう説と、振り回して遊んだらペンペンって音がするからっていう説があって、三味線草って呼ばれたりもするで」
野口は植物オタクみたいになんでも知っている。
「あと、ナズナっていう名前の由来も二つ説があるねん。夏になったら枯れてしまうから「夏無」で「なつな」からきた説と、小さい花が可愛すぎて撫でたくなるから「撫菜」で「なでな」から来た説」
可愛すぎて撫でずにいられないなずな。うーん、聞かない方が良かった、と思った。
「駿ちゃん、相撲さんのことホンマに諦めたん?」
帰り道でなずなが横を歩きながら聞いてくる。
「うん、諦めた。相撲とはずっと友達で居る方が良い。その方がずっと笑ってくれるから」
ふうん、と呟いてなずなが早足になる。駿平の前でくるっと振り返ると
「じゃあ高専に通ってくれる方が良い。だって女の子少ないんやろ?それで女の子やったら誰でも可愛く見えるようになるってネットに書いてあったもん。私のことも可愛く見えるようになるかも知れんな」
ニッコリ笑った。
「ナズナの花言葉は「あなたに私のすべてを捧げます」やって。あんな可愛い花やのに情熱的やなー」
野口の言葉を思い出す。
高専に入れて良かった。なずなを撫でるのは少なくとも大学を卒業するまでは禁止。ダメっ!絶対!
早く帰ろう、と腕を絡めてくるなずなを見ながら駿平は、本日何度目になるかわからないため息をついたのだった。
ぺんぺん草 大和成生 @yamatonaruo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます