第3話 あの出来事

 駿平が中学3年生、なずなが中学2年生になったある日。

 突然スコールのような土砂降りに見舞われて、学校帰りの駿平はずぶ濡れになった。とにかく風呂に入ろうと、びしゃびしゃの制服を玄関で脱ぎ、Tシャツとトランクスだけという姿で風呂に向かった。そのまま脱衣所でTシャツを脱ぎ洗濯機に放り込んだ瞬間、風呂場の戸が開いて素っ裸のなずなが出て来た。

 二人で見つめ合ったまま時が止まる。「きゃあ」

というなずなの悲鳴で駿平は我に返った。

「ご、ごめんっ」

叫んで慌てて脱衣所から飛び出した。そのままトランクス一丁で自分の部屋に駆け込む。ど、どうしよう……身体が震えた。なずな……大丈夫かな…でも顔を見に行くことは出来ない。今だけでなくこれからもまともに顔を合わせることが出来るだろうか。謝っても許してもらえないかもしれない……三輪さん、お父さんが知ったらどう思うだろう……せっかく家族になれたのに、俺のせいで台無しだ……


 その時、部屋をノックする音がした。

「しゅ、駿ちゃん」

 なずなっ!

 部屋の扉に突進したがドアノブを握ったままで急に動けなくなった。

「駿ちゃん?」

 扉の向こうでなずなの声がする。

「な、なずな、ごめんっ。俺びしょびしょで焦ってて風呂場に誰か居るんかちゃんと確認してなくて……わざとじゃないねん、ホンマに、信じられへんかもしれんけど、ホンマに知らんかってん……ごめん、ごめんな」

 なずなの顔が見れない。卑怯者みたいに扉を閉めたままでひたすら謝った。

「わざととか……そんなん思うわけないやん。それより濡れたまんまやろ?お風呂入って。私もう出たよ」

 なずなの言葉にドアノブをゆっくり回した。ドアの隙間からうかがうように覗くと、なずなと目が合った。

「ごめん、ホンマに、ごめんっ!!」 

 扉を開けてなずなの前に立つと駿平は思いきり頭を下げた。

「もう……いいってば。別に減るもんやなし」

 笑いを含んだなずなの声に恐る恐る顔を上げると、湯上がりで髪が濡れたまま、少し頬が高揚したなずなの笑顔があった。

「なずな……」

「びしょびしょやんか、駿ちゃん。風邪引くで、早くシャワー浴びておいでって」

 なずなの明るい声に急かされて駿平は風呂場に向かった。

 シャワーを浴びながら考えた。平気そうにしてくれたけど、絶対にショックやったやろう。それやのにあんなにがんばってなんともないフリをさせてしまった……


 その1週間後、駿平は三輪さんと母親に高専に行きたいと告げた。

 高専は5年間ある、そのあと大学へ編入すれば更に3年。この家から離れて居られる。

 なずなはそのことを聞いて一瞬顔をしかめた。泣きそうに見えた。でもすぐに笑顔になった。

「勉強大変なんちゃう?大丈夫なん?」

と冗談ぽく冷やかした。

「舐めんなよー まあ見とけ、俺様の本気を」

 なずなは「はいはい」と言って笑った。なんだか胸が痛くなる笑顔だった。

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