第30話 愛情の本当の意味
「なるほど、ゴブリンエンペラーとの対話で、ダンジョンの異変の原因を探る――ときたか。うん。いいね。悪くない方法だ。誰が考えたんだ?」
「はいっ。私が考案しました」ラヴィニスがビシッと手を上げる。「あらゆる諸問題を解決するにはまずは対話が基本となります。なのでダンジョンでの異変を解決するにも最初は対話だと思いまして、王に進言させていただきました」
実際、悪くない方法なのは確かだ。
死ねばリポップする命の軽いモンスター達。
とはいえダンジョンで生まれる存在なのだから、異変に関しては何かしら知っていてもおかしくはない。
しかし。
対等でもない――
散々、一族を殺してきた――
しかも、対話したあとに死が決定しているゴブリンエンペラーが素直に話すだろうか。
対話してみるまで分からんな、それは。
「ちなみに私とガストンも同行します。あ、もしもノネームお兄ちゃんが嫌だと言ったら引き下がるを得ないのですが……」
「そうだなぁ。単なるダンジョン攻略なら別だが、これは異変を見つけるための任務だろ。ある程度の人数はいたほうがいい。ただ、〝強い奴に限る〟だがな」
「私はクラスAダンジョンのボスなら一人で倒せるので大丈夫だと思います。ガストンはボスは厳しいかもしれませんが、それ以外のモンスターなら難なく退けるはずです」
「なら大丈夫だ。まあ、例の串刺し王ヒュラ・ドみたいなやつが現れる可能性が充分にあるが、そのときは俺が対処する。……さて、では早速行くか」
そういえば遅れてはまずいと言っていたラヴィニス。
ガストン君が今頃、ゴブリンの根城ダンジョンに向かっているのだろうか。
名残惜しいが、ミルディンは柔らかなソファから立ち上がる。
するとダニカが、
「ちょっと待って」
と制した。
「どうかしたか? ダニカ」
「そんな話聞いてそのまま帰らせるわけにはいかないよ。ねえ、そのダンジョン攻略にあたしとチームの仲間も同行していい?」
「ダニカとチームの仲間?」
「うん。いつも配信時に一緒に潜っている奴が二人いるんだけど、そいつらと一緒に。ね? いいでしょ? そんな大きなネタ、配信しないわけにはいかない」
なるほど。
配信士としての血が騒いだというわけか。
「と、言っているが……どうする? ラヴィニス」
ラヴィニスが当惑したような表情を浮かべて、
「この申し出は想定外でしたが、その決定権があるのはノネームお兄ちゃんなので、決めてもらって構わないです」
「そうか。チームの仲間のランクは?」
「二人とも金潜章。あたしには及ばないけど、強さは充分」
虹潜章の次にランクの高い金潜章。
ガストン君と同じレベルと想定すれば、全く問題ないか。
「分かった。同行を許す」
「やった、ありがと、ノネームお兄ちゃんっ。すぐにあいつら連れていくから、先にダンジョンに行って入口で待ってて」
「ああ。ラヴィニス、行こうか。ガストン君が待ってるんだろ」
「え? ガストンが、ですか?」
「ん? 違うのか? 遅れてはまずいんだろ。俺はてっきり、ガストン君がすでにダンジョンに向かっていると思っていたのだが」
「あ……」
すると、なぜか瞳をあちらこちらへと揺動させるラヴィニス。
顔も赤くしてどうしたというのだろうか。
「ラヴィニス?」
「い、いえっ。ガストンなら今から迎えに行きます。だから遅れてはまずいというのはその……さっ、先に誰かにゴブリンエンペラー倒されたら、リポップまで時間が掛かっちゃうなぁ、と思いまして……ははは」
それはあり得ることだ。
だが、ラヴィニスの不可解な態度がどうにも解せないミルディンだった。
◇
ノネームお兄ちゃんとラヴィニスが敷地から出ていくのが窓から見えた。
ダニカは軽鎧と服を脱ぐと下着姿になって、ソファに寝転ぶ。
やはりこの格好は解放感があって楽だ。
来客が来ると困るが、その予定はない。
仮に誰かが来たとしても応対しなければいい。
でも――、
例え一人であっても、女性が家の中に下着姿でいるのはしたないだろうか。
そんなことは今まで考えたことがなかった。
なのに今日に限って脳裏を過ってしまうのは、ノネームお兄ちゃんが来たからだ。
ノネームお兄ちゃんは相変わらずとても素敵で、強かった。
特にあの強さには驚いた。
今考えれば愚かでしかないが、あのときのダニカは愛情と表裏一体の憎らしさから、本気でノネームお兄ちゃんを殺そうとしていた。
そんなダニカにノネームお兄ちゃんは攻撃を一切することなく、溢れる優しさで決着を付けた。
ノネームお兄ちゃん――。
胸が、とくんと鳴る。
ここしばらく感じたことのない感情がダニカの心を熱くする。
強くなろうと決意してから、ダニカは男には縁のない人生を送ってきた。
好き嫌いとかそんなのは、強さには無意味なものと断罪して。
冒険者の何人かが言い寄ってきたことがあるが、こちらが本気で凄んだら怖気ずくような軟弱者ばかりだった。
チームを組んでいるのも男だが、彼らは仲間であってそれ以上でも以下でもない。
つまり、ダニカにとって男とは単なる異性にすぎず、特別な感情を抱くような対象じゃなかった。
なのに、ノネームお兄ちゃんは違った。
もしかしてこの胸を焦がすような愛情は別の愛情?
一一年前のときに抱いていた感情とは異なる感情?
ダニカはソファで、勢いよく上体を上げる。
「あれ? これって……」
鼓動がいつもより大きく胸を打つ。
あたし、ノネームお兄ちゃんを男として意識している……?
想定外に発露した感情に、みるみる顔が赤くなるダニカ。
そういえば、やけに大胆な行動に出たことも思い出す。
お兄ちゃんだからこそ甘えたつもりだったのだが、実はそうじゃなかったのだろうか。
湯浴みで背中を流すとかも平然と口にしていた。
今の感情に照らし合わせるなら、それはもう〝がっつきすぎ〟だろう。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいっ」
ダニカは部屋の中をいったりきたりする。
やがて止まると、
「ま、いっか。好きっていうのが伝わったのなら」
ダニカは何事も前向きだった。
覆面の剣聖として名を馳せたおっさん。全てのダンジョンを攻略したのち隠遁するが、うっかり人気配信者の映像配信で素顔を晒してしまい、図らずも表舞台にでてしまう。 真賀田デニム @yotuharu
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