第16話 はずれ姫の宣言
広間には既に、かなりの人数が集まっていた。広間の周辺にはマントを羽織ったシアンの団員たちがいて、警備隊に邪魔をされないよう警戒している。
「下りるぞ」
「……ええ」
演説用に設けられた台の真横に馬車は止まった。
「まずは俺が話をする。話が終わったら、馬車から出てきてくれ」
「分かったわ」
馬車の扉を開けて、アウリールが外へ出て行く。すると集まっていた人々は大きな歓声を上げた。
そりゃあそうよね。今日の彼は、いつもの何倍も美しいもの。
ただでさえ目を引くアウリールが、今日は一段と着飾っているのだ。民衆の注目が集まるのは当然だろう。
「……わたくしも、ちゃんとできるかしら」
外で、アウリールの演説が始まったのが分かる。彼はカトリーヌのように、演説の経験がないわけじゃない。
今までもシアンの代表として、幾度となく人前に立った経験がある。
「大丈夫よ。わたくしは、わたくしにできることを伝えるだけ」
そのための準備は、ちゃんとしてきたのだから。
◆
「今日は最後に、言わなければならないことがある。俺の出自についてだ」
アウリールの言葉に、民衆が一気にざわつき始めた。
昨晩の噂がまわっているのかもしれないわね……。
昨晩、暗闇の中で人々を助けるため、アウリールは派手に魔法を使った。あれはもう、魔法以外の言葉では説明できない。
まあ、魔法だとしても、規格外すぎるのだけれど。
「俺は、王家の血を引いている」
剣と剣がぶつかり合うような音が響いた。民衆の外側で、警備隊とシアンが戦いを始めている。
余計なことを言われては困るのだろう。シアンの代表が王家の血を引いているなんて、国にとっては大問題だ。
「これが、その証拠だ」
アウリールが空に向かって手を掲げる。昨晩ほどの大きさはないが、火の玉が空中に現れた。
民衆も、そして争っていたはずの警備隊までもが、一瞬動きを完全に止める。
「そして今日は、皆に紹介したい人がいる。シアンの、新しい仲間だ」
わたくしのことだわ。もう、馬車を出なければ……!
ぎゅ、と両手の拳を握り締め、覚悟を決めて馬車から下りる。その瞬間に、大勢の人の視線がカトリーヌを突き刺した。
人生の中で、これほど大勢の人に見られたことはない。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、アウリールの隣に立つ。
「わたくしは、カトリーヌと申します」
ああ、多くの人に見られるって、こんな気持ちなのね。
少しでも気を抜いたら、すぐに倒れてしまいそうだわ。
「この国の、第二王女ですわ」
ざわめきが耳に届く。同時に、先程以上に慌てている警備隊の声も。
もう、わたくし、本当に宮殿へは帰れなくなったのだわ。
でもいいの。元々、あそこにわたくしの居場所はなかったんだもの。
「わたくしは生まれてからずっと、王女としての扱いを受けてきませんでした。それはわたくしが、女でありながら、魔法の力を持って生まれたからです」
先程のアウリールのように、派手な魔法を皆に示すことはできない。
けれど、小さな土の塊を浮かせることくらいはできる。
「わたくしの魔法は御覧の通り、土の魔法ですわ」
地面に手のひらをかざし、小さな土の塊をいくつか空に浮かせる。
周囲の人と話しながらも、集まってくれた人々は真剣にカトリーヌの話を聞いてくれている。
だからこそカトリーヌも、真剣に話さなくてはならない。
「シアンと出会って、わたくしの考え方は変わりました。魔法が使えるからというだけで虐げられてきたわたくしは、差別に対抗する彼らの考え方に共感しました」
すう、と大きく息を吸い込む。
ここまでは、事前に考えていた原稿通りの内容だ。
そしてここからは、素直な気持ちを人々に伝えたい。
「昨日の夜、大きな地震が起きました。わたくしは彼らと共に救助活動を行い、その際に、魔法を使いました。魔法で、人を助けることができたのです」
大丈夫よ。みんな、ちゃんと話を聞いてくれているもの。
わたくしの気持ちは、きちんと届くわ。
「そして思いました。わたくしは、人を助けたいと。わたくしは魔法が使えるだけです。でも、わたくしにしかできないこともきっとあるのだと、そう思えました」
アウリールがちら、と視線を警備隊へ向けた。どんどん警備隊の数は増えてきている。
あまり時間はないのだろう。
そろそろ、第二王子のことを話さないと……!
「今の王家は、間違っています」
カトリーヌの断定に、今まで以上に民衆はざわついた。
それもそのはず。第二王女と名乗ったカトリーヌが、堂々と王家を否定したのだから。
「ロレーユを差別するだけではありません。身分によって人を差別し、そのせいで苦労している人々が多くいることをわたくしは知りました」
そうだ、そうだ、と小さな声が聞こえてくる。そしてその声が、だんだんと広がっていく。
ここへ集まってくれているのは、現体制に不満を持った者が中心だ。だからこそ、彼らが共感してくれるようなことを伝える必要がある。
「それに王族や貴族の中には、私腹を肥やすことにばかり注力している者がいます。第二王子は商人と手を組んで、塩の密売を行っているのです!」
カトリーヌが叫んだ途端、新たな警備隊が現れ、民衆を追い払おうと動き出した。シアンも対応するが、明らかに数で負けている。
「国は今、腐っていますわ!」
混乱の声にかき消されないよう、カトリーヌは一際大きな声で叫んだ。
「だからわたくしは、シアンの皆さんと一緒に、新しい国を作っていきたいのです!」
宣言した瞬間、強く腕を引かれた。いつの間にか、フリッツが隣にきていたのだ。
「そろそろ潮時だよ、カティ」
これ以上、集会を続けることはできない。カトリーヌはフリッツに手を引かれ、慌てて馬車に乗り込んだ。
◆
「よく頑張ったね。とりあえず、ゆっくり休むといい」
「はい、そうさせてもらいますわ」
屋敷に戻ってすぐ、カトリーヌは部屋にこもった。まだ昨晩の疲れも抜けきってはいないのだ。
重いドレスを脱ぎ、部屋着に着替えてベッドへ倒れ込む。目を閉じればその瞬間に、睡魔に支配されてしまうに違いない。
「もうこのまま、寝てもいいわよね?」
団員の一部は、号外を配るために王都中に出かけていったらしい。
第二王子の密売事件の詳細や、今日の集会でのできごとをより多くの人に伝えるためだ。
これからはきっと、どんどん忙しくなるわね。
だから今日はたっぷり寝て、明日からに備えなきゃ。
そう決めて目を閉じかけた時、扉が二回ほどノックされた。
「カティ」
フリッツだ。カトリーヌは慌てて飛び起き、乱れた髪を手で整えながら返事をする。
「はい!」
扉がゆっくりと開く。フリッツは右手にコップを持っていた。
「ごめんね。もう、寝るところだった?」
「はい。あ、いえ、そうなんですけど、フリッツ様のお顔が見られて嬉しいですわ」
「疲れているだろうと思って。君の侍女に聞いてね」
フリッツがテーブルにコップをおく。中身はホットミルクのようだ。
疲れた時にわたくしがホットミルクを飲むことを、わざわざマリアに聞いたのかしら?
そして、わたくしのために持ってきてくれたの?
「それと一つ、カティに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
フリッツは真剣な顔になって、カトリーヌへ一歩近づいた。
「私はずっと、過去に囚われている。これからも、過去の恨みを忘れることはできないと思う」
「フリッツ様……」
「でも、最近の君を見ていて、これからが楽しみになった」
また一歩、フリッツが近づいてくる。
「君となら、未来を見てみたいと思ったんだ」
そう告げると、フリッツはすぐに背を向けてしまった。
「待ってください!」
慌てて、フリッツの右手を掴む。
「わたくしは、フリッツ様と一緒に、未来を作っていきたいと思っていますわ!」
一瞬だけフリッツは目を大きく見開いた。そしてその後、口元に手をあてて笑う。
その表情はいつもより、ずいぶんと幼く見えた。
「そのためにも、今日はゆっくり休んで」
微笑んで、フリッツがカトリーヌの頭を撫でる。驚きのあまり何も言えずにいると、フリッツは部屋を出て行ってしまった。
「フリッツ様と、わたくしの未来……」
どんな未来が待っているのだろう?想像するだけで楽しくなってきて、目が冴えてしまう。
再びベッドに横たわっても、カトリーヌはなかなか眠ることができなかった。
【一部完結】はずれ姫、建国史上初の女王を志す 八星 こはく @kohaku__08
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