プロジェクトN

ラム

二階堂の場合

(あーあ、テレビもネットもつまんねえ)

(うわ、こんなクソみたいなツイートが10000もいいねされてる。馬鹿ばっかだな)


 彼の名は二階堂。いわゆるニートだ。


(働くなんて馬鹿のすることだ。俺のプロジェクトNを舐めるなよ)


 プロジェクトNは、プロジェクトNEET……

 ではなくプロジェクトNikaido の略らしい。

 本人は働く意志が皆無で、最悪生活保護に頼ればいいと考えている。

 要は親のスネをかじれるだけかじり、国に背負ってもらうだけ背負ってもらう計画。


(だがそれだと俺の存在が薄れるのは由々しき事態だ)


 二階堂は承認欲求が強く、周囲から賛美されたいという願望があった。

 しかし子供の時から努力が嫌いだった彼にはそのための努力も能力も見受けられなかった。

 そんな彼は掲示板で周りの人を煽り、雰囲気を悪くして、争い合わせることが趣味だった。

 自分の掌の上で人を踊らせているような錯覚が快感らしい。

 そのため彼の掲示板での名前の肯定ペンギンは恐れられた。

 しかし掲示板でその名を轟かせるだけでは彼の承認欲求は満たされなかった。


「ったく、この世界はくそつまんねえ。俺が面白く塗り替えられたらなぁ……」


 ──翌日

 母が上機嫌で台所で卵を焼いている姿をを見かける。

 母は多忙で、また二階堂に愛想を尽くしており、自分で料理するなどまず見られない光景であった。

 

「あ、起きたの? 今出来るからね」

「なんで料理してるんだ?」

「あんたに感謝してるからよ」

「え? 俺何かしたっけ?」

「産まれてきてくれただけで嬉しいからね」

「はぁ? 気持ちわりぃ……あ、コンビニ行ってくるから金くれよ」

「気をつけてね」

(あれ、いつもなら渋るのに……)


 二階堂はコンビニへ行き、母親のお金でタバコと缶チューハイを買う。


(お袋、どうしたんだ? ボケるには早いし)


 その時、男に声をかけられる。


「あ、二階堂!」

「え、お前は……矢崎?」

「そうそう! 高校一緒だったよな!」


 二階堂は、確かに矢崎とはクラスメイトだったが、会話したことはなかった。

 そもそも二階堂には友人はいなかった。


「二階堂、お前の友人だと思うと俺も誇らしいよ」

「はぁ?」


 矢崎が友人を自称する理由も、誇らしいという理由も検討もつかない。


「スマホ持ってるよな? 連絡先交換しよう」


 そして矢崎はスマートフォンを取り出し、二階堂からも借りてシェイクすると、連絡先を交換する。


「じゃあな。何かあったらいつでも連絡してくれ」


 そう言って矢崎は去った。


「……いったいなんなんだ?」 


 この日を境に、二階堂は何故か何もしていないのに賞賛されるようになった。

 

「おや、二階堂さんところの……相変わらずいい男だねぇ」

(向かいのおばさん……前は働かない俺に嫌味言ってたのに)


 二階堂は、高い承認欲求の割に周囲からの評価は低く、本人はそれを不当に思っていた。

 しかし今は承認欲求が満たされつつある。 


(だが何もしてないのにちやほやされるのもなんだかなぁ……)


 そして二階堂は今日も母親のお金でコンビニへ向かう。


「あ、店員さん、いつもの1つ」

「はい」

(この店員さん、凄い美人なんだよなぁ……こんな彼女がいればなぁ)

「80円のお返しです」

「どーも…?」


 その時、お釣りと一緒に、紙を渡される。


「私の連絡先です。よろしければ……」

「え、あぁ……」

(マジかよ、こんな美人が俺のこと好きなのか……!)


 こうして二階堂には一葉と言う恋人まで出来た。


「みんな俺の価値に気付いたか……! そうだよ、俺ならこれくらい評価されて当然なんだよ!」


 自室であえて考えを口にした。

 だが本心は別のところにあった。


(何故俺なんかがちやほやされるんだ? 俺はなんの価値もないニートなのに……怖い、不気味だ、一体なんなんだ…)

「はは、自分の才能が怖いぜ!」


 しかし二階堂は不安を押し殺すように強気な発言を見せた

 そんな時にメールが届く。

 企業からの求人情報だった。


「あぁ、そう言えば昔嫌々登録したっけ。どうせ大したことない企業からだろ」


 しかし内容を見て目を疑う。

 名前を知らない人はいない、日本随一の製薬会社からのスカウトだったからだ。

 面接も何も無しに是非入社して欲しいと。


「そんな馬鹿な……何故俺が? でも年収高いし福利厚生も凄い充実してるな……」 


 そして二階堂は躊躇いつつ、入社した。


「一流企業にまで勤めて俺は勝ち組じゃねえか……! 自分の才能に震えるぜ!」


 二階堂が入社し、それなりに時間が経った。


「今日も俺の辣腕を振るってやるか!」


 しかし二階堂は口だけでろくに仕事が出来なかった。


 ある日、上司に厳しく咎められる。


「なに、君こんなことも出来ないの?」

「は、はい、すいません…」

「すいません、ねぇ…もういいや、帰っていいよ」

「はい、お疲れさまです」


 そして二階堂は言われた通り会社を後にする。


「くそ、俺がスカウトされた天才だからって妬んで面倒な仕事押しつけやがって……」

 

 二階堂は一葉と暮らしているマンションへ帰宅する。


「お疲れさま」

「ただいま。一葉、仕事が一段落したら結婚しよう。収入はあるから」

「嬉しいわ。でも二階堂くんならもっと出世できる。私のことより仕事のことを考えて」


 言い方が引っかかった。

 まるで仕事だけをさせたがっているかのように。


(いや、考えすぎだ。はあ、明日はまた嫌みな上司と仕事か…)


 翌日、二階堂は重い足取りで出勤する。

 しかし先日叱りつけてきた上司は見当たらなかった。


「あれ、上原さんはどうしたんですか?」

「あぁ、気にしなくていいよ。それより二階堂くん、君にはもっと上のポストを用意してある」

「本当ですか!」

「あぁ。君には期待しているよ」

「はい!」


 二階堂は上機嫌で帰宅する。


「一葉! 俺、出世したよ!」

「ほんと? 流石二階堂くん! パーティー開きましょうよ!」

「そんな、大袈裟な……」


 しかし一葉の意志でパーティーは開かれた。

 パーティーには矢崎を始め、多くの友人が参加した。


「流石だな、二階堂! まあお前ならこれくらい当然か」

「はは、ありがとう」

「二階堂くんは自慢の彼なんだから!」

「そう言ってくれると頑張れるよ」

(なにもかも偽りだらけな気がするけど、幸せだからいいんだ……)


 二階堂は、幸せを噛み締めようとするも、咀嚼しきれなかった。


──


「承認欲求の強い無職者の社会適合実験……高いコストをかけましたが、期待以上の成果は現時点では見られません」


 そう語るのは……白衣に身を包んだ一葉。


「我々の傘下の企業に勤めさせ、名前だけのポストを与えましたが想定を下回る結果です。プロジェクトNを徹底出来ずに叱咤した者は謹慎処分にしました」


 同じく白衣に身を包んだ矢崎が語る。


「承認欲求の著しく高い被験体の欲求を満たせば自己肯定感も高まり、目覚ましい成果をあげる……なかなかそうはいかないようね」


 その声の主は、二階堂の母だった。


「実験はもう数年は継続する予定だった。その作用次第で適用範囲を拡大したけど、実験の成果が芳しくなければ近いうちに打ち切りましょう」


──


「一葉、ただいま。出世したしそろそろ結婚も……」

「まだ駄目。二階堂くんはもっともっと登り詰めるんだから」

(でも十分上のポストにいるのに……なんで一葉は結婚を避けるんだろう?)

(まあいいや、幸せだから……幸せ、だよな……)


 二階堂には幸せだと信じ込むしか選択肢がなかった。

 強烈な違和感に苦しみながら……

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プロジェクトN ラム @ram_25

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