束の間
「今日の講義はここまで。次回の提出課題ですが、先ほど申し上げた内容についてのレポートを持参のうえ出席するように。」
この講義は正直、僕にとっては有難い。
この講義は、あまり興味のない単位取得のための講義であるが、良くある講義最終日のまとめ試験がなく、毎回のレポート課題提出で単位が取得できる。
講義の内容自体はあまり興味がないが、僕はこの講義を取ったことを良かったと思っている。
課題の難しさもそんなに高くはなく、講義の内容と少し調べ物をしてそれをまとめて、大体1時間近くで終わらせることができるくらいだ。
いや、ほんとに有難い。
にしても、150人くらい取っているこの講義で、毎回レポートを見ている教授もすごい。
まあ、それはどうでもいいか。
この講義はこの日最後の講義であるため、
僕はすぐに図書室に行き、資料を借りて、この教室に戻ってその日のうちに課題を終わらせる。
そして、資料をすぐに返して、その日のうちに課題を終わらせるのが、この水曜日の僕のルーティンである。
「よし、始めよう。」
先ほど借りてきた図書を片手に、パソコンの電源を入れる。
この時間のこの教室は、ほとんど人がいなくなるので、課題も集中してできる。
「今日もサクサク進むな。」
「俺、就職決まったんだよー。」
「え、まじで!すごいじゃん!」
「何系なの?」
「お祝いしないとっ。」
「そうと決まれば、今から準備だなっ。」
入口の方で男女数人が楽し気に話をしている。
話の内容的に上級生か。
まあ、時々こんな感じで騒がしいこともある。
反対の入口の方では、
「昨日のドラマ見たー?」
「見た見たー。」
「まさかあの場面で、さつきが戻ってくるとはねー。」
「これからどうなるんだろねー。」
「ほんとほんとっ。」
「ドラマも面白いけど、あのCMも頭にこびりつくよねー。」
「あー、ドゥーネのCMでしょー。なんか癖になるよねー。」
「あのキャラも可愛いよねー。」
「あれねー。なんか絵本も出てるよねー。」
「なんか戦ってるやつね。」
「うちの弟がはまってるんだよねー。」
「私の妹なんかキャラのキーホルダー買ってたよ。」
「まじかー。めっちゃ人気だもんねー。」
「いや、実は私も持ってるんだわ。彼氏とお揃いで。」
「出た出たー。」
これまた数名の女子がありがちな会話をしている。
ちなみに、ドラマのことは、僕は良く分からないが、
『ドゥーネ(douneit)』というのは、ユレネイドの開発会社のことである。
~ あなたのそばにユレネイド
できない 耐えられない 取り柄ない
そんな悩みに付き合うことなんてない
あなたの やりたい 叶えたい
それを支える douneit ~
先ほどの女子たちが、揃えて声を発している。
「これこれー。」
きゃっきゃっと笑いながら話を続けている。
「どの番組見てても、流れてるもんねー。」
「それそれっ。もう耳に染み込んでるというか。」
「ほとんどのテレビ局に提供してるんだもんね。」
「何種類CMあるか知らないけど、全部これ入ってるもんね。」
「ほんとほんと。ってか、種類有りすぎー。」
「ドゥーネで働けたら、一生安泰だよね。」
「というか、ドゥーネで働いてる旦那が欲しいわ。」
「それ間違いない。」
それ間違いない、も声を揃えて言っている。
― ほんとこいつらは ―
僕は心の中で呆れながら、課題を進める。
「のんちゃーーん。」
― えっ ―
僕は聞き覚えのある声に後ろを振り向く。
「え、なんで。」
遠目であり、全く知らない人とはいえ、誰かが同じ教室にいる中での、愛称はきつい。
だけど、周りに人がいる中でそれを指摘する流れは、もっときつい。
「暇だから、私もここで課題やっていいー?」
僕が「いいよ」と言いかける前に、ずけずけと隣に座る真美。
いや、「だめ」と言っても座るんだろうけど。
気を取り直して、
「どうぞ。」と敢えて素っ気なく僕は声を掛けた。
「ありがとっ。」満面の笑みで真美はこたえる。
それからは黙々とお互いに課題に集中していた。
― 2時間後 ―
「ふいー。終わったー。のんちゃんはどう?」
「んー。もうちょっとかなー。」
実は先ほどの課題はだいぶ前に終わらせて、バイト先で頼まれたケーキ用のポップを考えていた。
「えー。じゃあ、それ終わったら今日は一緒に帰ろうよー。待ってるから。」
「ん。いいよ。後は家でやるから。」と言って、画面を見られる前にパソコンを閉じる。
「え、大丈夫なの?」
「うん。」
「ありがとっ。じゃあ、帰ろっ!」
そういって、片付けをし、僕たちは教室をあとにする。
帰り途中は、何の変哲もない会話をしていた。
「のんちゃん、えらいねー。その日のうちに課題終わらせるなんて。」
「まあ、水曜日は予定もないからねー。その日のうちに終わらせとかないと、忘れちゃうかもしれないしさ。」
「なるほどねー。」
「そんなことより、なんで僕がいるって分かったの?」
「あー。私、図書室で時々勉強してるんだけど、たまたまのんちゃん見掛けたから、追い掛けてついてきちゃった。」
「いやいや、それなら教室入る前に声かけてくれたら良かったのに。」
「まあまあ、細かいことは良いじゃないかっ。」
真美は笑顔で、僕の肩をポンポンと叩く。
「私も水曜日は、あそこで勉強しようかなー。」
「なら、僕はまた別の教室探そうっ。」
「なんでよっ!」と言いながら、
真美は笑顔で、今度は僕の胸をこづく。
「おっ。もうこんな場所だ。あっという間だねー。じゃあ、またねー。」
「おう、じゃあねっ。」
僕は何だか、懐かしい気持ちになっていた。
ユレネイド oira @oira0718
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