木陰の休息
気がつくと私は古いヨーロッパの大学の校舎の中にいた。
「ほら、急がないと授業に遅れちゃうわよ!」
仲良しの友達の一人が綺麗なブロンドのカールした髪の毛を揺らしながら私に呼びかけた。周囲の子たちはまるでフランス人形のように白い肌に青や緑の目、そしてブロントやブラウンの美しい髪の毛を揺らしていた。手には古めかしい古書のような本を数冊か変えており、私がそこには読んだことのない文字が書いてある。でも、どれも懐かしいものだった。気が付けば私もその子たちと同じドレスを着ていて、歩き慣れないブーツのヒールを鳴らしてコツコツと歩いていた。
「今日、あの先生の日よ!」
「ああ、あの先生か〜私、あんまり好きじゃない」
「見た目は結構良いと思うんだけど」
…あの先生って誰だろう。
私はここのことをよく知っているが、全く知らない。
「ほら、席につけ〜」
――あの人を私は知っている。
綺麗な秋色の髪に、澄み渡るあの草原と海が混ざったあの目の色。
間違いなくあの人だ。少し雰囲気が違うけど。
彼の整った髪型、灰色の古めかしいセーターにベージュのズボン、飴色のブラウンの革靴はこの時代が私の時代では決してないこと物語っていた。
彼はチョークを取り出すと、黒い黒板にスラスラと文字を書き出した。
彼は私よりもいくらか年上で、どうやらここでは新米の教授として働いているらしい。的確な説明と聡明な指導。テンポよく進む授業は聞いていて飽きない。
ああ、そうだ。私は彼の授業が大好きだったんだ。
「――今日はここまで。僕は今日は忙しいからあとは各自自分たちで勉強してくれ」
「「え〜」」
「だらしない声を出さない。先生は忙しいんだ。今月中に研究論文を2本も書き上げないといけないんだ。わかってくれ」
そう言うと彼は鞄に資料を詰めて足早に教室を出ていった。
私は彼のそんな研究熱心なところ私は案外好きだった。
でもそれとは裏腹に「良い男なんだけど、あれがね〜…」と友達の一人が頬杖をついてため息混じりに言った。
友達と自習を終えて中庭に出ると、中庭の中央の木下に彼がいた。
顔に開いた本を載せ、木陰で寝転んでる。本の表紙に葉の影が写っており、この時期ならではのそよそよとした心地良い音を奏でていた。それはまるで本の上でダンスを踊っているようだった。
「やぁ、そこの誰かさん?」
いきなり声をかけられ体がビクッと震える。でもどうやら彼は自分だとはわかっていないようだ。私は悩んだ末にこう言った。
「…今日は忙しいんじゃなかったの?」
「うん、見ての通り僕は今とても忙しいよ」
彼のその言葉は私をなぜか笑わせ、私の笑い声は彼を笑わせた。
私は彼の横の草むらに腰掛け、次の授業まで教科書を見直すことにした。
そよぐ風に私の深いブラウンの長い髪の毛が揺れる。
隣では彼のあの見覚えのある美しい髪の毛が揺れていた。
ただ何気ない日常の、何気ない一瞬。
でもその瞬間がとても永遠で尊く思えた。
もう覚えていない、遥か彼方の私たち。
――私たちって?
***
目が覚めるとキラキラと朝日が目を掠めた。
あの時と同じ、心地よく木の葉が鳴る季節。
――ここは、どこだっけ?
一瞬、夢の中が現実で現実が夢かと思うほど私の頭はまだあの光景を忘れられないでいた。そんな私の耳に聞き慣れた着信音が響く。
そこには私が何度も夢の中で呼ぼうとして呼べなかった彼の名前があった。
(終)
金色の水面と君の声 シンヤ レイジ @Shinya_Leyzi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます