8話

【有名コスプレイヤーえなりん、ダンジョン内にて(ほぼ)裸の男性に襲われてしまう。】


 〇月13日、コスプレイヤーとして活動しているえなりん氏が自身のダンジョン内でのライブ企画配信中にほぼ裸の男性に抱きしめられる事件がネットを騒がせた。

 山梨県管轄ダンジョンの俗称山梨水族ダンジョン(正式名称:山梨県第9中規模ダンジョン)の最奥フロア、空中水族館にてダンジョンボスの覚醒により異常現象が発生。

その混乱の中でほぼ裸の男性に抱きしめられたえなりんの様子が配信を見ていた彼女のファンの怒りを買い炎上。

一部、救助の為の緊急避難であったと擁護の声があるがネットは批判一色となっている。

以下ファンの声

【ダンジョンという治外法権の場でどさくさに紛れて女性に痴漢するという恥ずべき行為。言い訳もセクハラ親父丸出しの加齢臭する見苦しい言い訳過ぎて不快。】

【姫の覚醒周期から完全にずれてるし、この変態がなんかしたんやろ。高レベルのえなりんをそもそも触ってまで助ける必要あった?】

【ダンジョンで水泳トレとかイミフ。ダンジョンで筋トレてwww、もっとましな言い訳しろ】

【えなりんのファンとしては、彼女が今回の件で心に傷が負わない事を願います。】


えなりんは今回の件については自身のSNSアカウントで男性の救助に感謝しており、自分の配信上での態度が男性に誤解を招いてしまい申し訳ないといった旨を伝えた文章を投稿している。


また、今回のダンジョンボスの不測の覚醒について県は調査チームを結成し………


僕は喫茶店でネット記事を読みながらコーヒーを飲む。

昨日の事がネットニュースを騒がしている様だ。

ネットは僕に対して批判的な物だ。


「む、むふふ、う、うまくいった、やったやった…!」


しかし、目の前に座る伊藤君は今回の流れは予想通りだったのか満足気だ。


「狙い通りにいったのかな?」

「うん!…あっ、大きい声出してごめんなさい………。こ、これでネットの注目を集める事が出来ました。話題性がある内に今度は私のアカウントで配信を行います。既にチャンネル名も変えました。」


そういって彼女は携帯の画面を見せてくれる。

彼女のゲーム配信アカウントは今、【ダンジョン筋トレチャレンジ】として生まれ変わった様だ。

彼女は顔に薄っすら笑みを浮かべて僕に今後の説明を始める。


「さ、最初の配信はダンジョンで筋トレ配信をするという体でスタートします。そこから視聴者を増やしていって高難易度ダンジョンの縛りプレイ配信に移行します。」


視聴者がいなければ僕の特性を発揮出来ない。

3000人に見られていた時の僕は自分の肉体に凄まじいバフが掛かった事を体感した。

あれがあれば推奨レベル50~60のダンジョンでも武器なし、装備なしでなんなく活動出来るのではないかと思う。

そのためにも視聴者稼ぎをしなければいけない。


「予想通り、今、私達は批判を受けています。最初は誤解を解くという言い訳で配信を始めます。た、多分荒れる配信になると思うけど、人はいっぱい来る、と思います…。」


 その他にも彼女は悪評を好評に徐々に変えていくプランについて説明してくれた。

 彼女の方法は邪道なのだろうが真剣に僕を有名配信者にする意思を感じ取った。


「凄いじゃないか伊藤君。」

「え、えへへ。ま、まあ炎上系配信者の方法をパクっただけで、私が一から考えたわけじゃない、ですけど…」


僕が褒めると彼女は照れた様に笑う。


「ほ、本来なら、少し時間をおいて配信始めた方が効果的だ、だと思いますけど…」

「うん、僕達には時間が無いからね。早速明日から始めよう。」

「は、はい…、明日の配信するダンジョンと配信内容を決めていきましょう………あ、あと横山さん」


僕達には時間がない。

成功に浮かれる暇もなく次の配信の相談を始める。


「うん?どうしたの?」

「は、配信上ではカメラマンの私は横山さんのい、妹って設定でお願いします…」

「なんだって?」


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「はぁい、皆さんこんにちわ☆えなりんでっす!」


:えっ!

:えっ!

:今日のえなどり助かる。

:配信きた

:今日は脱ぎますか?


「今日は~、なんとぉ~………」


:どきどき

:ま、まさか?

:くるぞ…


「脱ぎまっせん☆」


:い つ も の

:帰りますね・・・

:今日こそ脱ぐと思った。


・・・・・・・・・・・・


「えーっと………えなりん、あのセクハラ事件大丈夫だった?あっ、あれネットニュースになってたよね☆SNSでも言ったけどあの人本当に助けてくれただけだからね!変なところも触られなかったし…。」


:すっごい悲鳴あげてたじゃん

:全裸の時点でセクハラ

:えなりん無防備過ぎ

:荒れるから触れない方がいいんじゃない?


「もーぅ☆本当にホントだからね?…でも、そうだね別の話しよっか♪………えーっとなになに?えなりんセクハラした奴今配信してるよ…、えっ!?マッジ!?」


:嘘乙

:htt. . . . .

:売名やめろや

:うわっ、マジだ。


「えっ?このURL?えっ、ちょっと見てもいいのかな。………あっ、本当だあの人っぽ…えっ、何やってるの、これ?」



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カメラを構えた伊藤君がこちらにサムズアップをする。

どうやら上手く視聴者の誘導を出来たようだ。

僕の身体からエネルギーが溢れていくのを感じる。

僕を見ている人が増えている。


「さて、それでは改めて説明します。皆さん初めまして今話題のマスクの変態です。」


今の僕は黒色のプロレスラーの様な覆面をしておりその他は短パン以外何も身につけていない。


「妹からネットで私が誤解を受けていると聞きました。曰く変態セクハラおじさん、とか。曰くダンジョンで筋トレする奴なんかいないだろ、とか。」


:ここどこ?

:なんか一気に人増えたな

:********

:えなりんから

:**


「な・の・で。今日は皆さんに私のダンジョン筋トレを見ていただいて誤解を解かせていただきます。」


うん、行けるな。

体の動きを軽く確認した後に僕はダンジョンのフロアに入っていく。

ねちょねちょとした感触が素足から感じられる。

東京湾沿いにあるこの中規模ダンジョンの推奨レベルは平均38だ。

その中のモンスターにヘドロゴーレムというモンスターがいる。


スライムの様な粘液質の流体で構成されたモンスターで硬度を自在に変更可能で質量での圧殺、液体での敵の機動力を削ぐなど変幻自在な行動をしてくる厄介なモンスターだ。


僕はその相手に無警戒に近づいていく。


:ヘドロゴーレムじゃん。

:なにしてんだこいつ笑


ヘドロゴーレムは僕に気づくと俊敏な動きで接近し叩き潰そうとしてくる。

両の手でそれを受け止める。

硬度が高められておりインパクトの瞬間凄まじいGが全身に襲い掛かってくる。


「皆さんご存じかもしれませんがダンジョンでモンスターを倒すといわゆる経験値という物が体内に蓄積されて様々な効果が体に現れます。それは力の増加だったり物理攻撃などへの耐性の強化などだったり。それは見た目上は変化は分かりづらいです。なので現代ではある問題があります。」


:話してる場合か?

:めっちゃ喋るやんこいつ

:*******

:NGコメント大杉わろ


ゴーレムは僕を圧殺する為に更に体重をかけてくる。

どんどん体が屈服して下に下がっていく。


:えっ、死ぬ?

:自殺配信?

:喋りながらドンドン圧殺されそうになっててウケる。

:**やセクハラ野郎

:もう死ぬよ~(顔文字)

:不謹慎だろ誰か助けに行けって

:そいつ冷気に弱いから早くカメラマン見てないで助けなよ!

:えなりんいて草。


自身の質量を高める魔法を使われ更に負荷がかかる。


「それは経験値によって力が上がりすぎて従来のトレーニングジムでは筋肉に負荷を掛けられなくなった事です!」


そして完全に関節が閉じた状態になった瞬間僕は思いっきり立ち上がってゴーレムを吹き飛ばした。

ゴーレムは吹っ飛び十数メートル上空にある天井にぶつかった。


:は?

:は?

:え

:やば笑

:何してんこれ


「しかし私は考えました。ダンジョンであれば筋肉に負荷を与えるトレーニングが出来るのではないかと!」


:ずっと何言ってんだこいつ


「今上空にプッシュアップしたヘドロゴーレムは身体を流体と個体に自在に変動可能なモンスターです、奴自身の魔法で体の質量を重くする事が出来ます。それをした時の比重は外のあらゆる鉱物を凌駕します!これほど負荷を掛けるのに適したトレーニング道具はないでしょう!」


:モンスターをトレーニング道具って言ってるぞこいつ

:なんだよこいつwww

:トレーニング道具動かなくなっちゃいましたよ。

:なんだあのモンスター雑魚なのかよ

:いやヘドロゴーレムはレベル40ぐらいはあるんじゃなかったっけ。

:レベルなんて当てにならないでしょ、現に一発で死んでるし。強いとしたらこいつ余裕コキすぎでしょ


「そしてヘドロゴーレムは非常に頑丈です。」


天井に衝突したゴーレムは衝突の瞬間に身体を流体に変えて身体の崩壊を防いだ。

今は天井に自身の粘着性を活かしてへばりついている状態だ。

こちらを観察して攻撃方法を練っているのだろう。

片手で手招きをする。

天井から弾丸の様なスピードでこちらに飛び込んでくる。

今の僕なら避けれる。

しかし僕はその場に留まった。

ヘドロゴーレムは質量を重化させて身体を凝固して固体にしている。

僕を再度押しつぶす気か。

受けて立とう。

僕の両手とゴーレムの片手が衝突した瞬間、広いダンジョンのフロア内に爆音が鳴り響く。

先ほどの何倍もの圧力が上から伸し掛かる。

だが僕の感想はだった。

以前の僕ならぺしゃんこに潰されていたであろう化け物の攻撃を余裕で受け止められた。


「う~ん、良い刺激だぁ!」


:こいつやば

:うっせ

:横ががら空きになってる!


ゴーレムは攻撃が受け止められたのを確認するともう片方の手を横振りにぶつけて来ようとする。

それを片足を上げて防御する。

上と横。

2方向からの圧力を僕は唯一地についている片足で踏ん張る。


:危ないって!カメラマン何してんの加勢しなよ!マスクさんも早く逃げてって!

:えなりんめっちゃ見てるじゃん

:セクハラした相手心配するとか優しい

:えなりん指示厨で草

:えなりん配信でもめっちゃ声上げて叫んでて可愛いぞ

:草


ん?何か僕を見ている人が減っているな。

まあ、これぐらいなら別に問題は…


「おっ」


:あっ、やばい。


ヘドロゴーレムは今度は身体を個体から流体に変化させてそのまま覆いかぶさってくる。

成程、このコンボを最初から想定していたのか。

初撃と2撃目で俺の機動力を奪い動きを封じた所でヘドロで僕を吸収する気か。

望む所だ、視聴者に出来るだけインパクトを残したい。

僕の全身がヘドロにドンドン飲み込まれていく。

君の敗因は透明性があった事だ。

もしもっと汚い水質だったとしたら僕を皆から完全に隠せて僕の特性の効果は切れていただろうに。


:えなりん助けに行く準備してて草

:どう考えても間に合わんやろ

:これえなりんとそのファンが叩いた所為だろ、謝罪しろよ

:いや、えなりんは擁護してたから

:死んで当然やろこんな変態

:はい、また君たちがネットリンチした所為で変態が一人死にました

:良いことでくさ


僕へのコメントは悪意のあるコメントが今は大半だろう。

それはそうだ、こんなやり方では純粋な応援なんて望めないだろう。

しかし、それが良い。

ダンジョンを開拓していく様に、逆境をいくつも乗り越えて自分を強くしていくんだ。

今日がまずその一歩だ。


「このヘドロゴーレムは質量だけでなく流体時は自身の体積を増やす事も出来ます。そしてこのドロドロとした粘性はまるでセメントの中に入ったかの様です。だから!」


:まだなんか言ってて草。

:【速報】えなりん出動。なお間に合わん模様

:断末魔か?

:ダンジョンスプラッタ動画に新作が供給されたな

:【悲報】変態ローテーションプレイで死んでしまうw←これでスレ立てて

:なにわろてんねん


全身が完全にヘドロで覆われる。

あった。

数メートル先に光輝く球体を見つけた。

ヘドロゴーレムのコアだ。


:え

:まじか

:は?

:やっぱ雑魚だろこのモンスター

:にわかは黙ってろ


僕はヘドロの中を普通に泳ぐ様に進んでコアまで進んでいく。

ヘドロゴーレムの体内はまるで比喩ではなく岩の中を泳ぐ様な物だ。

水を掻くというより岩を削り進んでいるといった方が正しい。

だが俺はその中を全く問題が無い様に泳いでいけた。

コアを握りしめてそのまま粉砕する。

するとヘドロが崩壊し僕は外に開放された。


「だからこうやって全身を鍛えるトレーニングに有効なんですよね。ちなみに筋トレ以外の目的でヘドロゴーレムと戦うときは貫通性が高い武器や魔法で一撃で仕留めるのが有効です。」


:化け物だなこいつ。レベル70ぐらいか?

:つまんな、**よ

:レベル透視きたあああああ

:こんな風にヘドロゴーレム倒す奴初めて見たわ。やばいわこいつ

:確か一般的なヘドロゴーレムの重さって25tだろ。重化魔法を使ったらもっと重いか。

:何か真面目にみてる奴いて草。

:【速報】えなりん堂々と帰宅す。


僕はカメラを構えている伊藤君の方を向く。

彼女はサムズアップをこちらに向けてくる。


「えー、どうでしたでしょうか。御覧の通りダンジョンでは高付加のトレーニングを行う事が出来ます!どうでしょう、私の様に大きな筋肉が欲しい方。ダンジョンで筋トレ配信をしてみませんか!」


:自殺教唆かな?

:馬鹿すぎ


「それでは!今後も配信や動画等で皆さんに情報を共有出来たらと思います!」


:**ね

:売名かy


伊藤君が配信を終了した。

するとすぐに彼女は僕に駆け寄ってきて抱き着いてきた。


「やったぁ!やったよ横山さん!大成功だ!これなら次も視聴者つくよ!」

「伊藤君のおかげだね。」

「ううん!全部横山さんのおかげだよ!よおし、帰ったら次の企画を早速一緒に練ろうよ!」


彼女は明らかに高揚しておりほぼ全裸のおっさんに抱き着きながら頬ずりすらしてくる。

こんな所マスターに見られたら確実に殺されるだろう。

僕は苦笑して彼女を優しく引きはがす。


「あっ、ご、ごめんなさい横山さん。嫌だった…?」

「いやいや、そういう訳じゃないんだけど。むしろ僕に遠慮がなくなってきてるのは嬉しいよ。僕達は仲間なんだからね。」

「え、えへへ…、じゃ、じゃあ遠慮なく」


彼女は何故かよだれをたらしながらまた触って来ようとする。

彼女は大丈夫だろうか、配信が成功して高揚しているのは間違いない。

僕はそれに気づかないフリをして彼女から離れる。


「ああっ…」

「じゃあ、とりあえずダンジョンから脱出しようか。マスターには夕飯は食べてくるって伝えているんだっけ?何か美味しい物を食べようか。何が食べたい?」

「は、はい!私、お寿司が食べたいです!」

「…オーケー」

「あっ、い、嫌でした?」

「いや、何故かパパ活という言葉が脳裏をよぎってね」


僕と伊藤君は会話しながらダンジョンの帰路につく。


僕達は今、苦境に立たされている。

金髪前田に脅迫されており500万もの大金を用意しなければならない。

そして今はまだ僕達に好意的な協力者はいない。

しかし状況を変えていくこの過程が僕は好きだった。

そしてどん底の状態から逆転をした時程気持ちいい物はない。

僕は隣ではにかみながら話をしている伊藤君を見る。


伊藤くん、君は僕のどん底の状態を逆転させてくれた救世主だ。

君にも今のこのどん底の状況を逆転させて僕がどれだけ感謝しているか分からせてあげたい。

そして彼女にはどん底の状態で数年もいさせたりしない。


金髪前田に設定された期限は1か月。

望むところだ。

一か月でケリをつけてやる。

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【朗報】おっさん、ダンジョンで全裸(ライブ配信中!) @kikikuki

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