第1話 アラサーのバイタリティー事情



ここはどこ、私は誰、そしてそちらはどちら様。


そんな生きていくうえで必須の情報は、それからすぐに知ることとなった。



今世の・・・俺の名前は、どうやら「ギルバート」というらしい。

そして母エリサ、父アーノルドとの三人家族で、執事やメイドが住み込みで働いている、というのがここ—————ルヴェラ家の状態だった。


横文字バリバリのお名前や執事メイドの単語でそろそろお察しだとは思うが、ここは異世界である。

つまるところ異世界転生というやつだ。


そこまでに1週間ほどの理解を要した俺は、それを飲み込んだ後に更なる疑問が生じた。



「地球の方にある俺の体どうなった?」と。



そしてそちらの方の問題は割と時間がかかった。

なんせあちらの世界に帰る術はない上に、他の人に相談すらできない。


かと言って生まれて一ヶ月も経ってない赤ん坊が微動だにせずに思考しているのもおかしいので、(ちなみに俺は意地でも泣いたりはしない)近くにあるテキトーなガラガラで遊んでおく。


そして三ヶ月ほどの思考の末、俺はやっと前—————『天明渚沙』としての最期の記憶を思い出した…………と言うわけではなく、考えてもどうにもならないことに気づき思考するのをやめたのだった。





◇◇◇◇◇






「ギルバート様、ご飯の時間ですよー」

「だい」



そんな声と共にメイド服の女性が現れ、俺はとりあえず目の前の食糧にありつくために返事をする。

するとニコリと笑顔が返ってくるのと同時にミルクを渡され、一瞬顔が虚無になってしまった俺は悪くない。


メイドを雇っていることからもわかるように、ここルヴェラ家は裕福な————しかも「すごく」という修飾語がつくほどの裕福な侯爵家である。



そんな侯爵家の子供として生まれてきた俺は、時間が経つとともに『転生した』という事実を受け止めていた。

しかし、そんなことを考えながらふと思ったのだ。



『俺、将来どうしよう』と。



異世界と言えば、よく転生系のファンタジー小説が流行っていた。

まあ、端的にいうなら異世界最強ハーレム錬成系である。一概にそうとは言えないが。


だが、自分を構成している大体のプロフィールを言うならアラサーの社畜である。

もう一度言う、社畜である。


社畜だったら、異世界に転生したいなら何したいと皆さんは思うだろうか。


剣を磨いて剣士や騎士になる?

部下を従えて裏社会を牛耳る?

ハーレム作って俺TUEEE?


だがしかし、アラサーのおっさんはそれをやれるほどのバイタリティーはない。

もう一度言おう、アラサーのおっさんにはそんな気力はないのである。

備考 社畜として使い潰されたアラサーのおっさんだ。


そんなアラサーのおっさんでありバイタリティーもなくした人間が異世界無双ができるとお思いだろうか。

いや、もし仮に一億分の一の可能性でできるとしても、したいと思うだろうか。


答えは否。


たまったもんじゃない、死んでも嫌だ。いやもう死んでいるけれど。



(今世はゆっくりスローライフを楽しむんだ)



しかしながら。

そんな思いは、ある日騒音と共に壊された。


――――ドカン、と。

その音が聞こえた次の瞬間、なぜか見知らぬ男が目の前にいた。



「ふふふ、これが噂のギルバート様ですねえ」



ニコニコとした顔で知らない男に覗き込まれ、俺はひくりと顔が引き攣るのがわかる。

こいつは誰だと叫びたいのを抑えながら、俺はぐるりと顔を回した。



「だい、だー、あー?」

「すみません、少し壁を壊してしまいました。挨拶がわりなのですが、やり過ぎましたねえ」

「まあまあ、わざわざこちらまで来てくださったんだもの。少しぐらい挨拶ではしゃいでしまってもしょうがないですわ」

「エリサの言う通りです。今日はよろしくお願いします、ハイム殿」



挨拶。人んちの壁をドカンを、挨拶。


平然と挨拶と宣うこいつもあれだが、それを受け止める父も母も少しあれである。

目がどんどんと遠くなる俺をよそに、三人はきゃっきゃと盛り上がっている。


そんな俺に気づいたのか気づいていないのか、母は「あら」とニコリと笑った。



「ギルは見たことがないものねえ。この方は、王宮から来てくださったのよ」



見覚えがないとは思っていたが、まさかの王宮から来た人だったらしい。

しかしながら、こんなゆるゆるした顔を――――というか人んちの壁を壊して「挨拶がわり」と言う人が本当に王宮勤めなのかと思いながら、俺はじっと目の前の男を見つめる。

するとさらにデレリと相合を崩した二十代半ばのその男に、俺は不審な気持ちが募るのを止めることができなかった。



「こんにちは、ギルバート様。僕は、イェレン・ハイムと申します」

「ハイム様は、宮廷魔導士なのよ」

「今日は、ギルバート様の魔力測定に来ました」



母の「宮廷魔導士」と言う言葉に首を傾げながら、俺は内心気が気ではない。

俺は今からいったい何をされるというのだろう、できれば走らないのがいい。なぜなら体力がないからである。



「普通のお家は5歳ほどの方が多いのですが、ルヴェラ家は他の貴族の方達よりも早めに測定するんですよ。なんて言ったって、魔法の名家ですからね」



赤ん坊に何を言ってもわからないだろうに、ご丁寧に説明してくれる男————イェレン・ハイムに、ありがたいのは事実なので笑いかけておく。

その瞬間さらにデレデレとし始めたのを見ながら、俺は父をじっと見つめた。



「魔力測定に興味があるのか? 流石私の子だ」



違うそうじゃない。いやそれもあるけれど。


俺が不安に思っているのは、この人の家の壁をドカンとしたこの人物の魔力測定の方法である。

だがしかし、そんな俺の思いは言葉を喋れない赤ん坊の体で伝わるはずもなく、無情にもサイコパス野郎(仮)の魔の手が伸びてきた。



「ではギルバート様。失礼しますね」

「だ、だーい。あうー!!!」



次回、ギルバート死す、とならないことを信じよう。

そう思い、俺は胸の前で十字を組み、そっと目を閉じた—————







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――





えっと…………一年ぶりの更新? みたいな。みたいな…………。

あの、すみません。


次回は三月一日に更新の予定です。多分今年。たぶん。

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スキル『器用貧乏』の俺、付属スキルの『限界突破』で最強賢者に成り上がる。 沙月雨 @icechocolate

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