予言の勇者と禁忌の魔法

くれは

禁忌の魔法

 勇者の予言に示された少年。その村は、魔王に襲われた。

 なんとか生き延びた勇者は、幼馴染の少女とともに魔王を打ち倒す旅に出た。

 長い旅の間に、勇者は青年になった。そして、深淵に繋がる大穴の前にて、ついに魔王と対峙する。

 苦しい戦いだった。しかし、幼馴染の少女の助けもあり、勇者はついに魔王へととどめを刺したのだった。

 魔王の骸は深淵の大穴に落ちてゆく。その大穴を、勇者と幼馴染の少女は封印した。


「これで、ようやく帰れるな」


 傷だらけの勇者は、幼馴染の少女に向かって微笑んだ。幼馴染の少女は、何を思うのか静かに目を伏せていた。


「村に帰ろう。避難している村人たちを集めて、また村を建て直そう。そして……なあ、俺と結婚してほしい。家庭を持って、静かに暮らしたいんだ」


 勇者の言葉は、未来への希望に満ちていた。魔王の討伐が終われば、自由なのだと、ずっとそれをよすがにして困難を乗り越えてきたのだ。

 幼馴染の少女は顔をあげて微笑んだけれど、その笑みは、勇者の言葉への返答にはなっていなかった。


「ごめんなさい。わたしは一緒には行けないの」


 勇者は瞬きをして、幼馴染の少女を見る。自分の耳で確かに聞いた言葉が信じられずに、顔を引きつらせた。


「一緒には行けない……もしかして、村の──田舎の暮らしは嫌か? 王都で暮らしたいのか?」


 少女はゆっくりと首を振った。


「そうじゃない、あなたは覚えていないだけ。魔王が村を襲撃したとき、生き残ったのは勇者であるあなただけだった」

「そんな……だって、こうしてお前は」


 勇者は少女に手を伸ばそうとするが、少女は一歩退がってその手を拒否した。


「まだ少年だったあなたは、それで心が壊れてしまった。でも、予言に示された勇者はあなただけ……だから、禁忌の魔法が使われた」

「魔法……?」


 幼馴染の少女は、泣きそうな顔で勇者を見る。


「ねえ、おかしいと思わなかった? あなたは旅の間に成長して、立派な青年になった。なのにわたしは、旅立ったときのまま。あなたの記憶の中の、わたしのままなの」

「どういう……意味だ?」


 勇者は呆然と、少女を見つめる。少女の瞳からついに涙がこぼれ落ちる。けれどその涙は、光になって空気に溶けるように消えていった。


「『村人たちはみんな避難して無事』『魔王を倒せば故郷で幸せに暮らせる』──あなたにそれを信じさせるために、わたしの魂はあなたの傍らに縛られた。あなたはそれを信じて魔王を倒した。でもこの魔法は、魔王を倒したら、もう終わり」

「じゃあ、お前は……もう……」

「わたしはとっくに死んでいるの。そして、魔法が解けたらもう……」

「嘘だ!」


 勇者が、幼馴染の少女を抱きすくめる。


「嘘だ! だってこうして、抱きしめられるじゃないか! 触れるじゃないか! 生きてるんだろ!?」


 少女は勇者の胸で声をあげて泣いた。


「ごめん……なさい……」

「だったら、魔王なんか倒さなければ良かった! ずっと二人で旅をしてた方がましだった! やめてくれ! 俺を一人にしないでくれ!」


 勇者は叫びながら、逃がさないと言わんばかりに少女の体をきつく、きつく抱きしめる。

 けれど──この魔法はあと十秒で解ける。




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