ダイニングテーブル

@rikeidajgajusei

第1話

「ただいま」と私はドアを開け、呟いた。靴を脱ぎ、鞄を置き、キッチンに向かった。電気を付け、薬缶を火にかけ、茶を淹れる。夜は十時頃だろうか。遅いながらも夕食の準備を始める。ニンニクとエシャロットを微塵切りにし、香りが立つまで炒める。トマト缶とコンソメを加え、トマトソースを作る。鍋で湯を沸かし、スパゲッティーを茹でる。トマトソースの味見をしながらパセリとバジルを加える。私は味見をし、「美味しい」と呟く。スパゲッティーをソースと和え、白い皿に盛り付ける。パスタをダイニングテーブルに置き、湯呑みに茶を入れる。椅子を引き、席に着く。「いただきます」と言いフォークを手に取る。私はふと、テーブルの対面を見てしまった。視界に入るのは窓に映った自分の顔だけだった。最後に人と夕食を共にしたのはいつだったろうか。忙しすぎる日々に忙殺され、人と関わる事を必要最小限にしてたツケが回ってきたのだろう。私も好き好んで一人で夕食を食べているわけではない。夕食を共にしたいと思う人ですらいる。もし、君が私の帰りを待っていてくれるならば。もし君が私と夕食を共にしてくれるならば。もし君が私を愛してくれるならば。もし、君の笑顔を見ることができるならば。私はフォークを置き、ダイニングテーブルを後にした。電気を消し、寝室に向かい、服を着替え、冷えたベッドに潜る。私は「おやすみ」と呟き眠りについた。私はただ、「ただいま」に「おかえり」と、「おやすみ」に「おやすみ」と君に返してもらい、二人前の夕食を作り、君と共に「いただきます」と言いたい。明日も早い。もう寝よう。

 アラームの音で目が覚める。私は「おはよう」と呟く。もちろん「おはよう」と返してくれる君は隣にいない。シャワーを浴び、着替え、朝食を食べにキッチンに向かう。昨日残したスパゲッティーが目に入る。スパゲッティーをゴミ箱に捨てて、コーヒーを淹れるために薬缶を火にかける。胡桃パンをトーストにし、苺ジャムを塗り、コーヒーをマグに注ぎ、ダイニングテーブルに並べる。私は席に着き、「いただきます」と呟く。トーストを食べ、コーヒーを飲み、大学に向かう。ヘッドフォンでパッヘルベルの「カノン」を聴きながら家を後にする。「いってきます」と呟くがバイオリンの音色しか聞こえない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイニングテーブル @rikeidajgajusei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ