ドジョウのおでんは社会学

朽木桜斎

朝までダラダラと生ビールを飲みたいテレビの生放送現場にて

「わたしが着想した『ドジョウのおでんモデル』によりますと~、お~……要するに~、う~……人間をドジョウに~、い~……そして社会をおでんにたとえると~、え~……すなわち~、あ~……現代における状況は~、む~……説明することが~、も~……可能なのです~、ま~」


 こまじゃり大学の千々松ちぢまつ名誉教授は、このように間を置きながら、自身が専門とする社会学の理論を語った。


「するとですね、先生。ドジョウがあっちっち~になったおでんの具にもぐりこむがごとく、国民の動向は把握できるという寸法なわけですね?」


 逆サイドに座る政治評論家・与謝野よさのバターパック氏が受けて質問を返す。


「しかるに~、い~……しかり」


「するとですよ、先生。おでんの具をすべて豆腐にしてしまえばあるいは、ドジョウすなわち国民の掌握は、効率を最大化できるのではないでしょうか?」


 二人の議論を受け、与党おっとっと党の議員・音無八幡宮おとなし はちまんぐう氏が声を上げた。


「千々松先生、すぐにでもその理論を体系化し、政策として組みこみましょう。さすればふむ、インフレデフレスタグフレはすかさず解決できるであろう」


 すると野党やっとっ党政治家・薊刑部あざみ ぎょうぶ氏が反論する。


「お待ちください。あなたがたのおっしゃっていること、とうてい正気とは思えない。第一、ドジョウのおでんとはドジョウに対する虐待行為とも取れます。あなたがたはドジョウの気持ちになったことがあるのですか? あっちっち~になったおでんの鍋の中! われわれは石川五右衛門ではないのですよ!?」


 音無議員は小バカにしてほほえんだ。


「はっは~、薊先生! しかしドジョウは食べるとおいしい! 食事を取らなければ人間はどうなりますか? それともあなたは、霞でも食べて生きているのですか? 薊だけに! ぷぷうっ!」


 このように言って、ゲラゲラと笑った。


「音無先生! いまのはひどい侮辱ですよ! 確かにわたしの実家はわたあめ屋です! しかしそれとこれとは無関係だ! あなたこそドジョウのおでん理論を悪用し、自分のふところに入る内部留保を十倍二十倍、いや、百倍にしようともくろんでいるのでしょう!? この悪徳政治家め!」


「聴き捨てなりませんなあ、薊先生。現代日本の凋落はすなわち、あなたがた野党のふがいなさにある。人のせいにするのはよくありませんよ? それこそおでんの具にでもなるのがお似合いだ。わはは!」


「くき~っ! 言わせておけば!」


 進行役の霧絵きりえ・エレイソン氏が仲裁に入る。


「まあまあ、両先生。何はともあれ、百聞は一見に如かずです。ドジョウのおでんをいただいてみようではありませんか」


 このように提案をした。


「何を寝ぼけたことを。こんなときにドジョウのおでんなど食っている場合ですか!」


「しかるにすかるにセクンダデイ。われわれの有益な議論を邪魔しないでいただきたいですな。わ~はっは~!」


 二人の議員はあいかわらずきな臭い雰囲気だ。


「まあ確かに~、い~……腹はわしも~、お~……減ってきたかのう、わ~」


 千々松教授はおなかをぐうぐうと言わせている。


「するとですね、おのおのがた先生。まずはドジョウのおでんをいただいてみようではありませんか。この議論の答えはきっと、そこにあると思うのです」


 与謝野氏も乗り気だ。


「ではではみなさん、さっそくできあがったものを用意してあります。おいでませい、ど・ぜ・う……!」


 ふぁ~ふぁ・ふぁ~、ふぁ~ふぁ・ふぉ~


 霧絵氏が宣言すると、テーマ曲とともにステージの中心から、ぐつぐつに煮えたおでんの鍋がせり上がってきた。


「あ~れっ、きゅいじ~ぬっ!」


「いや、もうできとるし。言ってみたかっただけやろ?」


 彼女は奈良出身のADにツッコミを入れられた。


「うわ~、なんておいしそうなおでんでしょう」


 霧絵氏は湯気の奥でしたり顔をしている。


「それではドジョウを入れますね。秋田県は八郎潟町から直送した新鮮極まる食材ですよ」


 ブロンズシェフのたけさんが、獅子舞のような歯をカチカチといわせて誘った。


「ああ、なんて残酷なことを……!」


 薊議員は内股でがくがくと震えている。


「はあっは~! これは傑作だ! 見なさい! ドジョウがもがき、苦しみながら豆腐の中へと入っていく! まるでドジョウが国民のようだ! いや、国民がドジョウのようだ? あれ? あれれ……」


「わしの生まれた~、あ~……土佐でも~、う~…‥ああ、あれはウナギじゃったかいの?」


 千々松教授はいいかげん、ゆっくりとしゃべるのが面倒になってきた。


「するとですよ、みなさん。これでわれわれの空腹先生ムシュー・ラペティも平穏無事に解消できると」


 与謝野氏はよだれを垂らしている。


 ドジョウの大群はあっという間に、おでんの具へと変換されてしまった。


「さあさあ、みなさん。熱いうちにいただきましょう!」


 こうしてみなは箸を取った。


「う~ん、このプリプリの食感……!」


「たまりませんな」


「お出汁も最高ですね」


「うむ、確かにうまいですな……」


 たちどころに4人はハッピーになった。


 スタッフたちもこぞって鍋をつつく。


「うまうま」


「ああ、幸せ……」


「うう、お母ちゃ~ん!」


 この様子は全国へ向け、ライブ配信されていた。


 番組を見た全国民も、おしなべてハッピーになった。


 愛する者を求めるがごとき感情で、みながみな、家から外へと出た。


 こうして翌日、全国のスーパーや小売店から、お豆腐がすべて消え去ったのである。


 それはあたかも、豆腐の中へと入っていくドジョウのように。


 あれ、でもなくなったのは豆腐だし、あれれ?


 そんなことはどうでもよい。


 ただ確かなのは、このようにしてこの国は笑顔になったということだ。


 そしてその年の秋、千々松教授はマーブル社会学賞を受賞した。


(終わり)

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ドジョウのおでんは社会学 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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