身体に開いた大きな穴が
高黄森哉
二人
八月八日
今日から日記をつけることにした。理由は友達のお腹に穴が開いたからだ。彼女は秘密の場所で、それを私に見せてくれた。私だけの綺麗なお腹を盗まれた気がして、最初は腹が立ったが、今は変哲な状況を楽しんでいる。
そのお腹は空っぽで、穴の内側を覗こうとすると、身体を貫いて、向こう側の景色が見えてしまう。不思議なことに断面もそうだ。穴の側面を通して、彼女の体内を覗こうとすると、身体が透過して、壁が見えるのだ。病院へ行くことを強く勧めたが、彼女は、恥ずかしいからという理由で拒絶した。
九月九日
さて、友達の、お腹の穴は、徐々に拡大しているようだ。先月は、こぶしが入るほどだった穴は、今では頭を入れることが出来る。友達は、向こう側へ落っこちて、帰れなくなるんじゃないか、と心配するが、お腹に穴が開いても医者に行かない、あんたの方が、私は、よっぽど心配だ。
十月十日
お腹の穴が、脇腹ギリギリまで拡大した。現代美術みたいで、ちょっと不安定である。彼女は、このまま穴が大きくなり続けたら、身体が真っ二つになるかもしれない、と騒いでいたけれど、現状を見る限り、そうはならないような気がする。そんなことより、食道から入った食べ物が、空白を経由して、腸へ送られることのほうが、私は興味がある。
十一月十一日
ついに、彼女は真っ二つになってしまった。私の予想通り、彼女の上半身は、宙に浮くようにしている。まるでセキバンキみたいだね、と茶化すと、セキバンキがわからない、と返された。同級生から、くびれがきれいだね、と触られそうになって、大慌てする彼女が、今日のmvpだ。
十二月十二日
上は胸のあたりまで、下は腰のあたりまで、穴が進行した。彼女は、スカスカになった体の真ん中を、針金で支えることで、なんとかごまかしている。私製なので、うれしいことに、グラマラスになっている。友達は、整形みたいでいやだ、とごねていたが、彼女は図工の成績がゼロなので、美術部の私に逆らうことは出来ない。彼女の急成長は、クラスをざわつかせた。
十三月十三日
彼女がマスクをするようになったのは、顎まで、飲み込まれてしまったからである。さすがに、しゃべれないと、ちょっと寂しい。私たちの会話は、一方向的になった。彼女は、目が飲み込まれたら、何がみえるのか、もしくは見えなくなるのか、といったことを、ノートで、しきりに訴えてくる。私は彼女のことを尻目に、粘土をこねて、新しい顔を作り始めた。
十四月十四日
まだ肌寒い。彼女は、手の掌と、髪の毛、足首だけの存在になった。彼女は、ペンで何かを書こうとするが、それを私が判読することは出来ない。本当に助けが必要な人は、助けを出すことが、難しい。
また、ひげ文字のために、怠けていると思われて、先生に怒られたりするのは気の毒だ。掌の震えから、彼女が泣いているのが見て取れるのだが、石膏で出来た顔は、ピクリともしない。これが、涙を流さずに泣いている人、というのか、としみじみ思った。表面に出さない苦しみは、永遠に汲まれることはないのである。
十五月十五日
彼女はついに消えてしまった。誰からも気づかれることはなく、いなくなってしまった。私は、彼女の模型に話しかけたりすることで、なんとか、それをごまかしている。今日も、彼女を保健室へ運んで、寝かしつけた。両親には私の家に泊めていると説明している。
それにしても、私の友達はどこにいったのだろう。消えてしまったのか、はたまた、見えなくなっただけなのか。あの穴も消えてしまったのだろうか、それとも、今も拡大を続けて、いつか世界を覆ってしまうのか。なんだか、彼女が私のそばに立って、べそをかきながら、何か大事なことを訴えているような気がしてならなかった。
身体に開いた大きな穴が 高黄森哉 @kamikawa2001
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