リヒルド4

四.

ジェリマンは照射銃を乱射した。だが、機敏に動くリヒルドには当たらなかった。リヒルドは、日頃から、中央統制警察官と同じ激しいトレーニングをしている。鍛え上げられた身体は、素早くジェリマンの銃が放つ照射をよけた。ジェリマンの銃が放つ照射は、壁を溶かし、隣の部屋にまで達していた。

リヒルドは、ジェリマンが照射した後、屈んだ姿勢から、自らの照射銃を放った。狙ったのはジェリマンの照射銃だった。高熱がジェリマンの銃に照射されると、彼の手にあった照射銃は一瞬で消えた。

ジェリマンは、手から突然、銃が消えたことが理解できないようで茫然としていた。リヒルドは立ち上がると、すぐにジェリマンの胸に照射銃を突きつけた。

そこで、リヒルドは考えた。

ザギス国中央統制警察において、この状況ならば、通常は射殺する。連続殺人及び照射銃乱射により、警察官であるリヒルド及び一般市民の命の危険性は最大値にあり、即射殺が合理的な判断であることは明白であった。だが、リヒルドは、目の前にいるジェリマンを射殺することを躊躇った。射殺する必要はあるのか、と。

すると、ジェリマンが話し始めた。

「これまで人体実験をやってきたのは、興味本位だ。ただ、若返りの実験は違うんだ。君は、ムースタウンの老人が、本当は、幸せじゃないことを知っているか? ザギス国に奴隷のように働かされて、仕事を辞めてからも、国家の秘密を漏らさないようにムースタウンに住むように強制され、死ぬまで監視されている。それが真実だ」

リヒルドは、ジェリマンの話を聞いて驚いた。だがその時、「追い詰められた犯人が語る話は、信憑性がある話ほど嘘だ」という言葉を思い出した。以前、知り合ったベテランの中央統制警察官が教えてくれた教訓だった。憩いの場で話をした老人も、ムースタウンについて、そんな話はしていなかった。だから、リヒルドはジェリマンの話を信じなかった。でも、リヒルドは続きを聞いた。何かしら気になるところがあった。

ジェリマンは続きを話した。

「あの死んだ六人の老人には申し訳ないことをした。まだ、薬が未完成だった。でも、薬が完成したら、ムースタウンの老人達は、若返ることによって、国家の監視から逃げられる。ザギス国は、DNAレベルで個人情報が把握されている。普通は逃げ場はない。ただ、若返ることによって、外見上の識別が不可能になる。ある老人が、突然、二十歳に戻った場合、データ上には、その人物は存在しない。つまり、たとえ同一人物であっても、若い頃の容姿に戻ったその人物をコンピューターは同一人物と特定できない。DNAは変えられないが、DNA識別検査を受ける機会なんて、そうあるものじゃない。だから、私の注射によって、もう一度、人生をやり直せるようになる」

リヒルドは、ジェリマンの話を聞きながら、憩いの場の老人の話と重なる部分があることに気づいた。そして、もしかしたら、まんざらデタラメを言っているのではないのかと思った。そこで、更に尋ねた。

「だが、人生をやり直すと言っても、この国の体制がこのままでは同じじゃないか? 国の体制だけじゃない。世の中が、こんなに荒廃していては、やり直しようがない。暗い人生をもう一度、生きるだけだと思うが、違うか?」

ジェリマンは、力を込めて言った。

「リヒルドさんも、知っているでしょう? ザギスの中央政府に不満を持つ勢力がもうすぐ革命を起こすという話を。その時、ムースタウンの老人だけじゃない。全ての老人に、人生をやり直して欲しいと思って、私は薬を開発しているんです」

「革命の噂は、昔からある。でも、本当に起こるのかどうか全く分からない。全く分からないことを前提にするなんて、それはあまりにも無謀だ」

そう言うと、思わず、リヒルドは笑った。

リヒルドに隙が生まれた。そして、ジェリマンはいつの間にか、ポケットに入れていた右手を静かに抜いた。右手には、注射器が握られていた。ジェリマンは胸に突きつけられていた照射銃を左手で振り払うと、右手に握られた注射器をリヒルドの首めがけて振り下ろした。寸前のところで、リヒルドはかわしたが、身体のバランスを崩して床に転がった。ジェリマンは、今度は、注射器をリヒルドの心臓めがけて振り下ろそうとした。

その時だった。

入り口のドアが蹴やぶられ、照射銃の高熱がジェリマンの頭を一瞬で焼き消した。首から上を失ったジェリマンの身体は、白衣に鮮血がしたたり落ち、その場に大きな音とともに倒れた。

リヒルドは、起き上がると振り返った。

入り口には、中央統制警察官のラウゼリが立っていた。


ラウゼリに尋ねられ、リヒルドが、先ほどの状況を説明した。

「何故、ターゲットの話を聞く必要があったんだ? すぐに射殺していれば、こんなことにはならなかった」

その言葉に、リヒルドは、

「射殺すべきかどうか迷いました」

と正直に話した。

「誰でも最初はそうだ。だが、すぐに慣れる。慣れれば、迷わなくなる。中央統制警察官になったら、事件を沢山こなして早く慣れることだ」

ラウゼリは、励ますつもりでそう言った。

でも、リヒルドは、人を殺すのに慣れることは、正しいことだろうかと思った。


ジェリマンの事件から、一月が過ぎた。今日も曇り空の下、リヒルドは、ジェット・エアカーを走らせていた。彼は中央統制警察官にはならなかった。彼は、バークタウンをパトロールしながら、ジェリマンのことを思い出していた。結局、ジェリマンは、ジェリマン自身も何をしたいのか分からないまま、死んでいったのだと思った。そう思うと、あの男も悲しい人間だったのだと思った。


それから、ムースタウンに向かうと、憩いの場に設けられた六人の犠牲者への献花台にリヒルドも花を手向けた。リヒルドの生きるこの時代に、生花は高価で買えなかった。だから、造花だった。昼時のムースタウンに人はいなかった。リヒルドは、薄曇りの隙間から僅かに漏れる陽の光を見た。そして、ジェット・エアカーをスタートさせて、再び街のパトロールに向かった。ジェット・エアカーを運転しながら、リヒルドは、人を殺すことに慣れるなんてできない。だから、俺は、志願警察官のままでいいと思った。



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リヒルド 志願警察 2256 三上芳紀(みかみよしき) @packman12

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