守られるべき存在
ブンブン丸
第1話
あなたはいま、
なにをしていますか。
どこにいますか。
私は元気です。
あなたから出てきた時に比べると。
随分、大きくなりました。
今月で39歳です。
あなたは、39年前を覚えていますか。
私は何も覚えていません。
あの時、何が起きたのか、
それとも、何もなかったのか、何も知らないのです。
だからでしょうか。
期待の様な、不安の様な。
これだという名前のつけられない、フワフワした感情の狭間で、いまも揺れています。
あなたと同じ、大人になったはずなのに。
未だに、揺りかごに乗っているかの様な有様です。
あなたに、決着をつけようと決めました。
…話は逸れますが。
私は、本が好きです。
ヴィクトル・ユーゴーの
「レミゼラブル」は、私の人生のバイブルです。
読んだことは、ありますか。
ちなみに、子供の頃には、
「ピーターパン」が好きでした。
ずっと、子供でいられるものなら、いつかあなたが、迎えに来る日まで。
私は、時を過ごさずにいたかったのです。
先日、友人が子供達を連れて、会いに来てくれました。
とても小さく、傍若無人な、可愛い怪獣でした。
それまで、私は赤ん坊がとても苦手でした。
壊れてしまいそうで、触れるのが恐かったのです。
でも、好奇心とは何にも勝るもので。
つい、小さな手をつついてしまったのです。
その子は、壊れたりはしませんでした。
なんとも形容しがたい感触で、伝わる感情はなく、無垢でした。
そして、力とも呼べない力で。
私の指先を握ってくれました。
そう、
壊れたりなどしなかったのです。
本当はそんなこと、
するよりも先に知っていたのです。
私が避けたかったのは、傷けることじゃなく。
「守られるべき存在」というものを、リアルな感触で理解して。
自分も「こう」であったのだ、などと思い上がってしまうことだったのです。
和気あいあいとした空気の中、皮一枚隔てて、途方も無い、おかしな愛おしさと悲しみに満ちた私に。
その時、誰が気づいたでしょうか。
いつだって、そうでした。
あなたを、必要としている自分を感じる度に、その惨めさに泣きたくなるんです。
あなたを憎めば、良かったのでしょうか。
私が憎かったのは、なにより、あなたに愛されなかった自分でした。
この卑屈とも言える、しつこい感情を打ち倒すこともできず。
時に粛々とし、時に濁流の様な日々を。
ただ。
いつか、あなたが現れて、全てが精算される日が来るんだと。
そんな、一縷の望みを抱いて、あなたに恥じない自分であろうと、今日まで生きてきたんです。
39年前、あなたが抱いていた感情はどんなものでしたか。
絶望でしょうか、
嫌悪でしょうか。
愛も、少しは、あったでしょうか。
あなたは、きっと道に迷っていたのでしょう。そして、疲れてしまったのでしょう。
それ以外、何があるのでしょうか。
滑稽であろうとも。
姿も声も、何一つ知らないあなたを、私は馬鹿みたいに愛していたんです。
あなたは、39年前に手放した、あなたの子供に。
どんな出来事があったのか、なにか一つでも知っていますか。
知りたいと思ったことはありましたか。
…そう、知るといえば。
あなたは一つだけ、し忘れたことがあるんです。
それが、なんだか知っていますか。
あなたは心を残すことを忘れていたんです。
愛していたのか、いなかったのか。
それを、分かるように残さなかった事です。
それさえ分かれば、生き方を定めることが出来たのです。
愛があったならば、それ相応に。
なければ、無いで、そのように。
それが分からないことが、一番の苦悩でした。
いつか、審判の時が訪れて、どんな判決を下されても良いように。
私の半身は愛を求めて、もう半身は愛を拒絶して、生きることになりました。
両極端な二人の私は、あなたの幻影を挟んで、どちらが優先権を得るか、事あるごとに争っています。
この争いに意味が無いこと位、もう、気が付いています。
どちらが倒れ、そして生き残ろうとも、得られるものなど始めからなかったのです。
話を最初に戻しますが、
あなたに、決着をつけることにしたんです。
あなたを待つのを、もうやめようと思うのです。
私は今、どうしてか。
本当に、どうしてこういうことになったのか。
とても、満たされています。
あなたが居なくて、痛かった心は、沢山の出会いが、治してくれました。
心に開いていた穴は、沢山の人が、色んな形の愛で、埋めてくれました。
無い物を、無いと認める勇気と、あなたに頼らなくても、生きていける力を、もらったんです。
だからもう、大丈夫です。
あなたをとても、愛していました。
あなたに語りかけるのは、これが最初で、最後です。
ようやくです。
幼い私が作り出してしまった、幻想のあなたと。
ようやく、別れることに、決めました。
守られるべき存在 ブンブン丸 @bunbun-maru
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