第28話 この世界は『インラン』の第三シーズンのようです

「私がクリフォード様の育成ルートの攻略対象になったぁ?!なんでですか?!」


 ビビアンの素っ頓狂な声が響き渡り、リリベラは慌てて後ろを振り返った。すぐ後ろにはクリフォードとランドルフがいて、今のビビアンの声は聞こえているだろう。


 リリベラはビビアンからこの世界は『イングリッド王立学園〜貴族令嬢を攻略せよ!』というエロを題材にしたゲームだと聞いている。そして、自分はそのゲームの中の『攻略対象』という、いわゆる成功したら与えられる景品のような存在だということも。


 最悪、この世界がエロゲーの世界だとランドルフにバレるのはまだいい。問題は、リリベラがゲームの攻略対象だということだ。


「だからさ、さっきの後夜祭でクリフォード殿下とダンスをすることが、攻略対象決定の証なんだって。これから一年半かけて、クリフォード殿下はビビアンちゃんを攻略できればゲームクリア。できなかったら……」

「できなかったら?」

「第四の隠し主人公がでてきて、ゲームのリスタート。攻略対象は変わらないから、ビビアンちゃんは隣国の王太子に猛アタックされる。これはどんなパターンでも結ばれるのは決定で、幸せ両想いエンドから、ヤンデレ監禁孕ませルートまで。頑張れビビアンちゃん!」

「……」


(ビビアンが隣国の王太子に連れ去られる?監禁って?孕ませってどういうことですの?!)


「どういうことですの?!」

「お嬢様……。はぁ、クリフォード様達まで……」


 思わずリリベラは叫んでしまい、振り返ったビビアン達とバッチリ目が合う。もちろん、後ろにいたランドルフ達とも。


「なんの話をしていたのかな」


 口元には笑顔を浮かべているが、目元が全く笑っていないクリフォードがいた。


 ★★★


「それで、リリとビビアンがそのエロゲーとやらの攻略対象だって?」


 全員で生徒会室に移動し、そこでビビアンから全て説明された。たまにスチュワートの解説付きで。クリフォードにしたらお伽噺のような信じられないような内容だろうが、落ち着いて話を受け入れていた。


 ビビアンだけではなく、ランドルフもスチュワートも転生者であること、この世界が『イングリッド王立学園〜貴族令嬢を攻略せよ!(略してインコウ)』の第三シーズンであることを聞き、誰よりも驚愕したのは……リリベラだった。


(聞き間違いじゃないですわよね?ランディも転生者?しかも、私を攻略する主人公の一人?)


「リリ、大丈夫?」


 ランドルフがリリベラの隣から顔を覗き込む。


「……ランディは、私がエロゲーの登場人物だと知っていましたのね」


 リリベラは、恥ずかしくて今すぐ逃げ出してしまいたかった。ランドルフの顔が見れなくて、ただひたすら俯くしかない。


「いや、そうだけれど……」

「……いつから」

「この世界のことを思い出したのは、君に会った八歳の時。君が、リリベラ・レーチェだって自己紹介してくれた時、このゲームの記憶も思い出したんだ。ただ、僕は第二シーズンしかしていなくて、そこでは名前しか出てこないモブだった。モブってわかるかい?」


 リリベラはコクリと頷く。ランドルフは、そんなリリベラの手をそっと握った。


「ビビに教えてもらったから」

「僕の前世の記憶では、君はこのゲームのヒロインで、ヒーローは僕じゃない。ただのモブだったんだ。どれだけ絶望したと思う?」

「絶望……したの?」

「そりゃそうだよ。僕は前世ではオタクなゲーマーだったけど、エロゲーに手を出したのはリリベラに一目惚れしたからだ」

「私?」


 リリベラが顔を上げてランドルフの顔を見ると、ランドルフの煉瓦色の瞳がリリベラを真摯に見つめていた。


「ゲームの途中に入った広告のリリを見て、衝撃を受けたんだよ。なんて綺麗で完璧な女性だろうって。すぐに『インラン』について調べたよ。で、第一シーズンの内容は気に入らなかったから、第二からプレイしたんだ。君のストーリーを進めていくうちに、僕は君のことを本気で好きになったんだ」


(「ゲームの中のリリベラちゃんにマジ惚れ?」

「ランドルフ様の前世は、二次元に恋する二次コンだったみたいですよ」

「マジ?オタクの鏡だな」

「気持ちはわからなくないですね。私もリリベラ推しでしたから」)


 ランドルフが真剣に話している前で、ビビアンとスチュワートがボソボソと会話し、それにヤキモチをやいたクリフォードが間に割り込む。


「君にふさわしい人間になりたくて、僕は……。僕はリリのことが大好きだ。攻略対象だからとかじゃなく、前世から君のことが好きなんだ」

「ランディ……」

「実は、レーチェ公爵にリリベラの婚約者として認めてもらうには、学園を卒業するまでに、二つ以上の学部の卒業見込みをもらうという条件が出されていたんだ」

「そんな話を?」


 ランドルフはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「そして、今朝論文を提出したことで、その条件をクリアした」

「全く、執念の男だよ。じゃあ、僕の婚約者候補筆頭の肩書きは返上しないとだな。まぁ今日のダンスでビビアンが僕の婚約者になったって噂が流れるだろうけど」


 クリフォードは、ランドルフが今朝論文を提出したことを知っていたのだろう。だからこそ、ビビアンに対して攻めの行動に出たに違いない。リリベラにとってはクリフォードが、クリフォードにとってはリリベラが、異性を退ける絶大なる魔除け札のような役割りをしていたから。


「それはないです。だって、誰も私だって認識していませんでしたから」

「そうかな?そこの彼がビビアンの名前を呼んだ時に、すぐ近くにマイヤー夫人がいたけど」


 ビビアンの顔がヒクリと引き攣る。


「あのアマラ・マイヤー伯爵夫人ですか?」

「そうそう、あのマイヤー伯爵夫人」


 マイヤー夫人と言えば、小太りで陽気なおばさんなのだが、とにかくおしゃべりで有名だ。彼女に秘密を守るという概念はなく、「ここだけの話……」が免罪符だと思っている節があり、彼女に秘密を知られたら、次の日には王都中に広まっていると思ってよかった。


「明日には、クリフの婚約者はビビアン・ブラウン男爵令嬢って、マイヤー夫人談として号外が配られるんじゃないかしら」

「有り得そうで怖いです」


 ビビアンはコメカミをグリグリやりながら、自分の浅はかな行動を呪いたい気分だった。


「まぁ、ビビアンちゃんもリリベラちゃんも、ちゃんと攻略されないと隣国王太子にお持ち帰りされることになっちゃうから、とりあえずは三年になる前までには、ちゃんと攻略されなね。そんじゃ、俺はレディ達を待たせているから」


 スチュワートがヒラヒラと手を振りながら生徒会室を出て行こうとした時、クリフォードがスチュワートを引き止めた。


「ちょっと待って。最後に教えて欲しい。攻略の成功とは何を持って言うんだい?婚約?王族の結婚はさすがに一年半では難しいのだが」

「やだなあ、クリフォード殿下。この世界が何の世界か忘れたんですか?」


 スチュワートは扉の所で振り返ると、チッチッチッと指を振る。


「ゲーム?」

「エロゲーですよ。ア・ダ・ル・ト・ゲーム。攻略成功とは、つまりはセックスすることです!」


 つまり、三年生になるまでに、リリベラはランドルフと、ビビアンはクリフォードと関係を持たないと、隣国の王太子に攻略されて隣国にお持ち帰りされるということらしい。


 男性陣の覚悟と、女性陣の驚愕で静まり返った生徒会室を後にしたスチュワートは、今日攻略できる女子の元に駆け足で向かった。



 ▶▶▶第一部 完◀◀◀



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エロゲーの攻略対象?!攻略させるわけないでしょう! 由友ひろ @hta228

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画